第29話 連鎖反応


「そういや、まだだったな……」


 魔力レベルが3.5になって以降、俺は技能変換をしていなかったことを思い出す。


 そういうわけで、『マンホールポータル』から荷物を引っ張り出して何日かぶりに試してみることにした。


 ん、割れた皿と瓶を技能変換しようとしたらウィンドウが出てきた。


『マテリアルチェンジが強化されました。様々なものを食べ物や飲み物に変換できるようになります』


「おおっ……」


 これって、何気に凄まじい能力な気がする。


 というか大分以前、変換にチャレンジしてもダメだったやつだ。つまり、食べ物系の技能って魔力レベルが高くないとダメなんだな。まあでもよく考えたら飲食物=命みたいなもんだからか。


 確かに、飢えた人の前では想像上のどんなご馳走よりも、目の前にある白おにぎりのほうが貴重なはず。伯爵家の令息の自分ですらそう思った時期もあったくらいだからな。気力を消耗するとはいえ、すぐに食べられるのであれば価値の高い能力といえるだろう。


 テクニックの説明では様々なものを飲食物に変換できるとあるが、なんでも変えられるんだろうか? てなわけで、俺は試しに『マテリアルチェンジ』で石ころを食材変換してみることにした。


「お……」


 なんと、アツアツのに変化した。幾つもできるかと思ったら、今度は芋じゃなくて塩味のキャンディーが出てきた。何か特定のものに限定されるわけじゃなく、石に関係する食べ物が無作為に出てくるみたいだ。


 実際、コップに入った水を変換してみると、色んな味のジュースになったりワインやコーヒーになったりして、多種多様な飲み物を味わうことができた。


 これならいつでも好きなときに飲み食いできるので安心感があるし、従魔に餌をやるときも困らないな。当然だが、サバイバルのような状況なら一層効果を発揮する。


 技能変換、魔物変換、従魔変換ときて、今度は食材変換までできるようになったが、まだまだ『マテリアルチェンジ』でできることは他にもありそうだ。


「――ひっく……」


 おおっと、焼き芋を食べたことで喉が渇いたってのもあるが、ついついアルコールを摂取しすぎてしまったようだ。なんせ、水を変換するだけでバラエティ豊かな種類の酒に変わるもんだから、試しているだけでも酔ってしまった格好だ。


 ……ん、父の書斎から言い争うような怒鳴り声が複数聞こえてくる。よし、『クローキング』を使って様子を窺ってやるとしよう。


 姿を隠した状態で慎重に部屋へ近づき、扉を開けて中を覗き込むと、そこには父ヴォルドと正室シア、さらには側室レーテの姿があった。


「あなた、何を仰いますの? そんなの、納得がいくはずもありませんわ!」


「シアの言う通りです。ヴォルド様……どうしてそのような惨いことを仰るのですか……!?」


「シア、レーテ、いい加減にもうやめんか! 跡継ぎはもう、現時点ではルード以外には考えられんだろう」


 なるほど。跡継ぎを誰にするかで揉めてるってわけだ。それにしても、まさかヴォルドが俺に家督を継がせる気だとは夢にも思わなかった。それだけクロードのやつが失態を犯し続けたからっていうのもあるんだろうが。


「ルードのスキルは【錬金術】だったか……。あやつは外れスキルを持ちながら、デモンストレーションで第一王女を唸らせた。そればかりか、第一王子まで味方につけたのだ」


 うんうん。よくわかってるじゃないか。あやつって言うのが気に入らないが。


「このような状況では、表向きはあやつを跡継ぎにする姿勢を見せなければ、どうなっても知らんぞ。財産没収どころか、お家断絶、さらには一族郎党処刑もありうる。悔しいのは私も同じだから、ここは辛抱するのだ。クロードのためにも、耐えて機会を待つのだ……」


「……」


 はい、現実は想像以上にクソでした。ただ俺を跡継ぎにすると見せかけたいだけで、クロードに継がせるのは諦めてないってわけか。まあ天下のグラスデン家の当主なんだから、いくら衰えてるとはいえそうでなくなっちゃな。やり返すにも手応えがないと面白くない。


 とはいえ、俺は嫌なものを見せられたので早速仕返ししてやることにした。『クローキング』を解除して、口笛を吹きながら書斎へ入ると、ヴォルドたちが目を見開いて一斉に視線を注いできた。


「これはこれは、皆さん、外まで言い争う声が聞こえてきましたよ。随分と仲のよろしいことで」


「まあぁぁっ……勝手に人の部屋に入るなんて。ルードは本当に躾のなってない子ですわね」


「その通りです。よく聞きなさい、ルード。あなたのような不埒な兄を持つ弟のクロードが可哀想でなりません……」


「おい、ルード! 私の部屋へ入るのであれば、最低限の流儀としてせめてドアをノックしてからにするべきだろう。それとも、私たちに喧嘩を売りにきたというのか!?」


 怒ってる怒ってる。俺の作戦が成功した格好だな。思えばずっと冷遇されてたんだ。やられてばっかりでいられるかよ。原作のルードの分もやり返すのが筋っていうもんだろう。


「喧嘩を売りにきた? それが父親の言う台詞ですか。私は腐っても父上の子供なのです。ドアをノックせずに部屋へ入ったことは謝りますが、息子への暴言を考えれば些細なものでは。それと、躾について問いただす前に、クロードがこれ以上見苦しい言い訳をしないように教育するべきでは?」


「「「ぐっ……」」」


 やつらは反論できない様子で黙り込んだ。そりゃそうだろう。だが、ヴォルドだけは顔を見る見る赤らめて俺を睨みつけてきた。


「ルードオォ……私がもう少し若ければ、貴様なんぞもうとっくにこの世には存在していないだろう。それをありがたく思うこともなく、ましてや反抗するなどもってのほかだ。まさに親不孝とはこのこと……ぐぐっ……!?」


 言い終わる前にヴォルドの顔が苦悶に歪み、骨々しい手が胸元に向かって伸びる。シアとレーテが慌てた様子で彼を支えようと駆け寄った。


「あなた、大丈夫ですこと!?」


「ヴォルド様、どうかしっかりなさってください!」


「……し、心配はいらん……。い、聊か興奮しただけ、だ……」


「……」


 どうやら過剰反応したあまり持病が再発したらしい。シアとレーテに支えられ、なんとか立っているような状態だった。


 今日やられた分をやり返すならもう充分だってことで、俺はそれ以上刺激しないように無言で部屋を立ち去った。


 精々出来のいいクロードのやつに期待したらいい。それも無駄な努力で終わるはずだ。


 それにしても、父の激昂具合は相当なものだった。ここで全面的に戦うことを覚悟したくらいだ。当然だが、魔力レベル3.9の父を相手にするなら死を覚悟しなきゃいけない。


 それでも、俺の現在の魔力レベルは3.5。屋敷内ではヴォルドに次いで2番目に高い数字であり、十分な数値だ。


 もちろんヴォルドと戦えば勝つことは困難だが、だからといってすぐに負けるほど弱くはない。何度も言うが、魔力レベルは高ければ高いほど差がなくなっていく。それにしても、自分の部屋へ戻ろうとしてるのに全然前に進まない。なんでだ……?


「ルード様!」


「……あ、アイラか、どうした? 例の祠で修行してたんじゃ……?」


「きりのいいところまで上がったので、今戻ってきたんです……って、ルード様、お酒臭いですよ?」


「……ん……あぁ、ちょっと飲みすぎたみたいだ……」


「まったくもう。転ばないように私がお部屋まで送りますねっ」


「……ああ、頼んだ……」


 俺はアイラの肩を借りることになった。どうやら、自分でも思ったよりフラフラしてたみたいだな。彼女に助けられたからよかったが、下手したら廊下で倒れて眠ってしまうこともありえたかもしれないし、気を付けないと……。

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