第28話 トレジャーチェスト


「ここが、そなたが近頃まで幽閉されておったという倉庫なのか……」


「はい。その通りです、殿下」


 あまりにもシュールな光景といえるのかもしれない。


 天下の第一王子ともあろうお方が、伯爵家のものとはいえ狭く薄暗い倉庫の中まで来ているのだから。しかも、今はほとんどの荷物を運び出しているため、いつもの殺風景に磨きがかかっていた。


 ちなみに、倉庫の外では怖い近衛兵たちが睨みを利かせているため、余程の人間でない限り誰も入ってこられない状況だ。当主のヴォルドでさえも難しいだろう。


「このような埃臭い場所に恩人のルードを押し込めるとは……まったくもってけしからん! もし余がこのような侮辱を受けようものなら、全員八つ裂きの刑にしても飽き足りぬくらいだ。ルードよ、そなたが望むであれば一向に構わんぞ?」


「いえいえ、それは……」


 さすがは暴虐の王子。冷血の王女の兄なだけあって、完全に同じではないが発想が似通っているように思える。傍らにいるアイラもそれを聞いて恐怖を通り越したのか苦笑いを浮かべていた。


「どうした、ルード。その程度では物足りぬと申すか?」


「……いえ、滅相もございません。大変恐縮ですが、冷遇された件についてはあくまでも自分の手でやり返したいし、殿下の手を汚すわけにもいかないと思ったんです」


「おお、それは中々の気概ではないか。さすが、このような場所に閉じ込められてもめげなかっただけある! ますます気に入ったぞ……」


「そ、それはどうも……」


 俺が戸惑ってるのがわかるのか、アイラが可笑しそうに口を押さえて笑ってるのが納得いかない。いや、王子に気にいられるのはそりゃ嬉しいんだが、半端ないプレッシャーなんだって。


「ルードよ、改めて礼を申す。マズルカの機嫌がよいのはそなたのおかげだ、妹がお冠だと余は頭が痛いのだ。敵対者も多い立場だというのにいつの間にかフラフラと外を彷徨し、そのたびに行方不明者が増えることも珍しくないゆえ……」


「……」


 第一王子がいかにも悩ましそうに頭を抱えている。俺自身も謁見の間で実際に肝を冷やしただけに、その気持ちがよくわかる。


 それにしても、俺がいくら伯爵令息が相手とはいえ、殿下はやたらと腰が低いように感じた。彼は成人した第一王子であり、王家のトップである陛下に次ぐ存在なのに。


 暴虐の王子という異名を知っているだけに、その物腰の柔らかさが逆に怖くなるんだ。まあ八つ裂きという言葉は既に出てるが、彼が本当に怒ると言葉じゃなくて直接的な行動に出るからな。


 マズルカにしてもそうだが、王道プレイをしていれば王家と敵対することもない。なので、プレイヤーがゲーム内でその脅威を知る場面はそう多くないんだ。


 それどころか、普段は一般人と接するような人間ではないため、どういう人間かはキャラクターの説明か、あるいは一部の特殊なルートを進んだりそういった動画を見たりすることでしか知りえない。


 俺はどうかというと、仕事の合間に暇潰しがてらよくそういったものも見ていたので、大体の設定は知っているんだ。


『暴虐の王子様に虐殺されたひ』、『ローガ鬼威惨万歳!』等、配信動画が弾幕コメントで埋め尽くされる程度には人気のキャラクターだってことも。


 とはいえ、じゃあ彼らについて完璧に知り尽くしているかっていうと、それはどんなプレイヤーでも絶対にありえないと断言できる。そもそも、ゲームとリアルは違うわけだから。


 なので俺は、ローガにどういう人間なのか直接尋ねてみることにした。もしそれで彼の逆鱗に触れたとしても、即死を免れた上で一分以内なら『マンホールポータル』で質問する前に戻れるわけだからな。


「殿下にお尋ねしたいことが……」


「……ん、どうしたのだ? ルードよ、そう畏まらずともよいぞ。余のことは友人だと思ってなんでも尋ねるがよい」


「そ、それじゃ、遠慮なく……。殿下はこれまで、どのような人生を送られてきたのか気になりまして……」


「……な、何? 余のことをそんなに知りたいのか」


「は、はい」


「む、むうううぅ……!」


「……」


 な、なんだ、殿下の顔つきが急に変わったぞ。豹変したかのように不機嫌そうに唸っている。もしや、詮索されていると思って気分を害してしまったのか……。


「余は……余は誠に喜ばしいぞ!」


「え……」


「余はこのような立場であるから、心を許せる友人など容易く作れるはずもない。ゆえに、そういった他愛のない話も軽々しくできなかった。よって、余は甚く感激しておるのだ……」


「そ、そうなのですね……」


「うむ。余の情報を調べたいのだろう?」


「さすが、殿下。バレてたんですね」


「無論だ。勝手に覗くようであれば、その場でそなたの首を刎ねていたかもしれんが」


「……」


 やっぱり……。それを聞いたことで許可を貰っても二の足を踏んでしまうが、王子の気が変わらないうちに調べさせてもらおう。



 名前:ローガ・ダムディアス

 性別:男

 年齢:22

 魔力レベル:4.7

 スキル:【魔導剣】

 テクニック:『魔力変換』『四大属性付与』『溜め』『ソードダンス』『剣風』『諸刃の一撃』



 魔力レベル4.7か。5.0のマズルカにはやや及ばないものの、さすが彼女の兄なだけある。


 彼も【魔導剣】という魔力レベルが3になる大当たりスキルを持っていた。当たりスキルの【魔法剣】でさえデフォルトは2だからな。その完全上位互換といえるだろう。


 基本テクニックの『魔力変換』は、自身が今持てる魔力を限界まで剣に注ぎ込むことができる。


『四大属性付与』は、火、水、風、土の四大属性を武器に付与して敵の弱点を突く。『溜め』は魔力を溜めることでより強力な一撃を生み出す。


『ソードダンス』は短時間の間、華麗かつ驚異的な剣技を披露できる。『剣風』は遠距離の相手にもダメージを与える。


『諸刃の一撃』は使用すると一定時間ごとにダメージを受け続けるが、その間はあらゆる攻撃が必中になるというもの。俺はそこら辺にマズルカとの共通点を見出していた。やはり似ている。


「ルードよ、気が済んだか?」


「はっ……。でも、できれば殿下のことをもう少し……」


 ここでも毒を食らわば皿まで作戦だ。このやり方だと王族には効果的っぽいし、何かあっても命さえ失わなければ『マンホールポータル』で過去の地点に戻ればいいしな。


「望むところだが、今は話せん」


「え?」


「残念ながら、忙しいのでな。ゆるりと語る暇はないのだ」


「そこをなんとか……」


「ふむう……まあ、それなりにやんちゃだったということだけは申しておく。素性を隠蔽しながら冒険者として生き、もいたが、身分が違うゆえ結婚することは叶わなかった……。そもそも余には選択権などなく、母上が決めた相手と婚約するほかなかったのだ。それでは、余は失礼する」


 名残惜しそうにそう言い残すと、第一王子は足早に去っていった。


 冒険者をやっていた点についてはキャラクター紹介で知っていたものの、妹にぞっこんなだけに想い人がいることまでは知らなかった。


 一体誰なんだろう……? 相手が一般人なら、身分が違いすぎるので確かに結婚は難しいはずだ。正直、それについてもっと知りたかったが仕方ない。


「――どうやらわたくし、お兄様と行き違いになったようですね」


「「え……」」


 第一王子が去ったと思ったら、侍従ロゼリアと一緒に王女も入ってきて、倉庫内が一層混沌とした空気になった。


「で、殿下……!?」


「マズルカ様まで……!」


 ここはただの倉庫だっていうのに、まるでお宝の詰まった大箱トレジャーチェストだ。殿下と一緒にいるせいか、ロゼリアがやたらと大人しいのが面白い。


「ルード、あのとき以来ですね。それに使用人のアイラとやら。ロゼリアから貴女のことも色々と話を伺っているので、そう畏まらずともよいです」


「は、はい。ありがたき幸せ……!」


 俺たちはその場に跪いたが、マズルカの配慮もあって普通に接することにした。


「ルード。今日はこの前みたいに、わたくしに口づけをなさらないのですか?」


「う……」


「え……ル、ルード様、本当に……?」


「い、いや、アイラ、違うんだ。口づけっていっても、殿下の頬っぺたにやっただけだから……」


「……ほ、頬っぺた……」


 少し間を置いてから口を押さえるアイラ。どう見ても笑ってるな。というか、殿下までそれに釣られたように笑ってるし。あー、恥ずかしい……。


「ふふっ、そうなのですよ。ルードったら奥ゆかしいことに、わたくしの頬っぺたに可愛らしい接吻ベーゼをなさったのです。ねえ、ロゼリアもご覧になったでしょう?」


「……は、はい、殿下。この目でしかと拝見しました……うぐっ……」


 一方で、ロゼリアは茫然自失といった様子だった。彼女だって俺のことを笑いたいはずなんだが、それすらも遠慮なくできないくらい殿下が怖いんだろうな。はあ……。

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