第27話 暴虐の王子


「う……?」


 いつの間に寝たのかと思ったら、もう朝の陽射しが来訪していた。


 あれから三日間が経過したんだが、俺はものの見事に何もしていなかった。一日だけサボるつもりが、体が楽を覚えてしまうとこんなもんだ。


 とはいえ、別にやる気がまったくなかったわけじゃない。魔力トレーニングや実戦訓練、技能変換等を再開する前にもうちょっとリフレッシュしようと思ってたら、丸々三日も惰眠を貪った格好なんだ。


 それでも一応、新しい死亡フラグが増えてないか、毎朝起きたときに自分のステータスを調べることくらいのことはやってる。


 多分今日も何もないと思うが、念のためにこれから『レインボーグラス』で調べて、それから始動するつもりだ。



 名前:ルード・グラスデン

 性別:男

 年齢:15

 魔力レベル:3.5

 スキル:【錬金術】

 テクニック:『マテリアルチェンジ』『レインボーグラス』『ホーリーキャンドル』『クローキング』『マンホールポータル』『インヴィジブルブレイド』『スリーパー』『ランダムウォーター』『サードアイ』『トゥルーマウス』


 死亡フラグ:『呪術に頼る』『に失礼なことをする』


 従魔:キラ(キラーアント)、ウッド(デーモンウッド)



「なっ……」


 珍しく死亡フラグが一つ増えていて、なおかつどこかで見た覚えがあると思ったら、第一王女じゃなくて第一王子に失礼なことをするだと……? ということは、近いうちにお目にかかる機会があるというのを如実に示している。一体何故……。


 そんな疑問が脳裏に浮かぶ中、屋敷内が俄かに騒がしくなってきて、『サードアイ』を確認すると、アイラが血相を変えて俺の部屋へと駆けつけてくるところだった。


「――ル、ルード様、大変です……!」


「アイラ、何があったんだ? まさか、第一王子が?」


「え、どうしてわかったんですか……!?」


「やっぱりか。でも、なんでここに……」


 第一王子のローガが直々に伯爵家を訪れたということで、屋敷内はパニック状態に陥っていた。高齢により衰弱した現国王が床に臥せている中、次期国王として最も有力な人物と目されているお方だからだ。


 そもそも、彼は地方へ遠征していたはずだ。その目的とは、陛下の崩御も噂されている中で地方の貴族たちが不穏な動きを見せているということで、牽制目的で王子自ら軍隊を引き連れて威厳を示し、国内外の引き締めにかかっていたのだ。


 そんな複雑な経緯があっただけに、第一王子のグラスデン家への電撃的な来訪は、様々な憶測を生む事態となっていた。


 彼がここへ参上した目的も知らされず、俺たちは急遽大広間に召集されたわけだが、その中央に屈強な兵士らを傍らに置いた殿下の姿があった。


 遠目で見ても第一王子だとはっきりわかる、それくらいの高潔さと迫力を孕んでいた。原作でも見たことがあるんだが、そこはやはりゲームと違って威圧感が桁違いだ。


 その場では召集された人々が切迫感のあまりか挙って沈黙し、息を呑む音や溜め息さえ聞こえてきた。誰もが殿下の言葉を待ち構えており、その動向に注目している様子だった。


 そういえば、彼は大の妹――第一王女のマズルカ――思いで有名な男で、シスターコンプレックスとも揶揄されるくらいだったはずだ。


 とりわけ殿下の有名な異名というのが、冷血の王女と対をなすだ。彼に無断でマズルカに近づいた貴族や、王女の陰口を叩いた使用人を問答無用で斬り捨てたという恐ろしいエピソードも持つ。


 そのため、ここにいる者たちは俺を含めひれ伏すだけでなく、緊張と不安からか互いに視線のみを交わしつつ、ローガの一挙手一投足をじっと見守っているといった様相だった。


 一人一人の表情には、畏怖と敬意が入り混じった様子が窺えた。これ以上ないほどに剣呑な空気の中、ローガの鋭い眼光が薙ぎ払うように周囲を一巡すると、さらに一層の静寂が波紋の如く広がっていった。


「ル、ルード様。殿下は一体、なんの用件でここへ参られたのでしょう……」


「……さあな、アイラ。それでもあの剣幕を見ると、あまりよろしくない用事っぽいが……」


「はい……」


 殿下の赫然たる様子を見て思い出されるのが、俺が謁見の間で第一王女に口づけしたことだ。もしかしたら、それが王子の耳に入ったのかもしれない。


 ただなあ、口づけしたといっても頬っぺただぞ? それも、男のほうからやるとなるとわけが違うように思うんだ。どう考えても子供みたいだろ。恥ずかしいから何度も言わせないでくれ。思い出させないでくれ。


 とはいえ、極度のシスコンで妹に近づいただけで斬り殺すような男だから、その可能性がなくもないので恐ろしい。ちなみに、ローガの魔力レベルはマズルカに匹敵するといわれていたはず。


 正確にはどれくらいなのか『レインボーグラス』で確認しようかと思ったが、マズルカと同じくらい察知能力が高そうだから二の足を踏んだ。


 ん、周りからは俺が第一王女に謁見したとき何か失礼な行為をしたんじゃないかっていう声がヒソヒソと聞こえてきた。それが伝わったらしく、弟のクロードやヘラ、シア、レーテの三馬鹿がこっちを向いてほくそ笑むのが見て取れる。


 それもあってか、父ヴォルドが堪り兼ねた様子で勢いよく前へ出るとともに、王子の御前に額突いた。どうやら、俺がマズルカと謁見した際に無礼な真似をして、それで王子がああも赫怒しているのだと解釈したようだ。


「で、殿下ぁぁっ! どうやら我が愚息のルードめが、マズルカ様との謁見の折に不敬を働いたとお見受けいたします。ですので、今すぐこの場でやつを処刑するゆえ、どうかご慈悲のほどをば……!」


 おいおい、この場で俺を処刑するって、正気なのか……。俺だってそう簡単にはやられんぞ。


「ルード様、どんなときでも私がご一緒いたします」


「アイラ……」


 アイラの小さな声には確かな覚悟が滲んでいた。彼女も状況を察したらしい。もし俺が父とやり合うようなことになれば国賊扱いされてしまうだろうが、そうなったとしても俺と一緒にいるのを選択したってことだ。


 彼女は表向きはグラスデン家のメイドだが、実際は王家に仕える間者なのに。これは原作じゃ当然ありえない展開だ。それだけ俺の思いを汲んでくれているってことなんだろう。俺も彼女の思いに応えなくては……。


「この戯けめっ!」


「はっ、ルードめは戯けでございますうぅうっ!」


「何を申すか! 戯けとは貴様のことだ、ヴォルド!」


「……は?」


 俺とアイラが覚悟を決める中、第一王子ローガとヴォルドのやり取りは、思わぬ方向へと流れようとしていた。


「心して聞くがよい。余はルードに感謝の言葉を述べに参ったのだ。近時、マズルカの機嫌がすこぶる良いのは彼のおかげだと聞いておったからな」


「……し、しかし、殿下は憤慨の御様子でしたので、ルードめが何かやらかしたのではないか、と……」


「余がかくも憤っておったのは、貴様らがそのような恩人をあろうことか幽閉し、冷遇しておったと耳にしたからだ!」


「もっ……申し訳ございませぬううぅっ!」


「「……」」


 俺はアイラとぽかんとした顔を見合わせる。なんだか体の力が一気に抜け落ちた感じだ。


「ゆ、幽閉と一概に申しましても、愚息を懲らしめるために致し方なく命じたことであり、軟禁よりも少々厳しい程度のものでして、そこまで厳しい処罰ではございませんでした。その点については、侍従殿からも彙報があったかと――」


「――もうよい。貴様らに見る目がないと申したいだけだというのに、話にならぬ。余は貴様らのような節穴などとではなく、恩人のルードと話すゆえ、決して邪魔立ていたすな。逆らえば命はないと心得よ」


「はっ……!」


 ヴォルドのやつ、跪きながらも震えてるのがわかる。それが悔恨によるものなのか、あるいは病状が悪化しているのかは判別できないが、俺とアイラにとっては胸のすくような展開であることに違いなかった。

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