第22話 クラッシャー
「――敵、敵、敵敵敵敵敵、敵イイイィッ!」
「ひ、ひいいっ……!」
兵士が死体のような青白い顔で誘導してきた魔物がいた。俺と戦わせるためにと、弟のクロードがわざわざ手配してくれたものだという。
だが、兵士の異様に怯える様を見ればわかるように、いつものデモンストレーションとは様相がまったく違っていた。
それは人間と同じ言葉を発しており、一見するとショートヘアの華奢な少女の姿をしている。
だが、重力を無視するかのように体の2倍ほどの斧を軽々と抱えており、その赤く光る眼を見れば人間でないことは遠目でも明らかだった。また、誰が見ても普通の魔物ではないと判別できるほどの異彩を放っていたのである。
「あ、あれは……」
ゲームでも見たことがあると思って、俺は『レインボーグラス』を使って鑑定してみることにした。
名称:【シルルの思念】
魔力レベル:4.9
魔物ランク:下位
特殊能力:『嵐の予感』『トランプルフィールド』
「……」
ステータスを見て、俺は戦慄していた。魔力レベル4.9だと……。知ってはいたが、実際にこうして目の当たりにすると鳥肌が立つ。
一応下位ってことにはなってるが、中位の魔物の魔力レベルが最低でも5.0なので、下位の魔物の中で最上級であることを意味している。
ちなみに、4.9と5.0の差は0.1なので微々たる違いに見えるが、下位と中位の境目ということで天と地ほどの差があるんだとか。
というか、ただでさえ父のヴォルドよりも1レベル分高い。時々しか出現しないのに、こんなずば抜けた化け物をよく見つけてきたものだ。どうやら当初から計画されていて、少しずつこっちへと誘導されてたっぽいな。
もちろん、魔物と人間は根本的に違うので人間の魔力レベルと単純に比較することはできないが、それでも圧倒的な力を誇っているのは確かだ。
次に、やつの特殊能力について調べてみる。『嵐の予感』は、身体能力を大幅に向上させるもので、『トランプルフィールド』は、全ての攻撃が半径2メートル以内への範囲攻撃になるというイカれた効果だった。
「ル、ルード様……どうかお逃げください。これはどう考えても、罠です!」
アイラが上目遣いでそう必死に訴えてくるのもわかる。あの魔物は、今まで出てきたどんな魔物よりも迫力を孕んでいたからだ。同じ下位の魔物でも格が違うというのは、纏っている雰囲気でも判断できることなんだろう。
でも、だからといって絶対に逃げるわけにはいかない。クロードはしてやったりといった顔をしており、家庭教師ヘラや側室レーテも笑いを隠し切れない様子。また、正妻のシアも宝石の山を前にしたかのように目を輝かせていた。俺が無様に蹂躙されるのを今か今かと期待しているんだろう。
俺の敵の中で、唯一ヴォルドだけがやたらと警戒した様子を見せているのは、楽観的に今さえ楽しめればいいとは考えてないからだ。俺が殺された後のことも考えてるためだと推測できる。やつのことは認めたくないが、そこら辺はさすがグラスデン家の当主なだけある。
誰も後始末ができない場合、【シルルの思念】を誰が処理するのかって話になるわけだからな。大当たりスキル【聖痕】を持つ第一王女ならそれも容易いだろうが、まさか殿下に尻拭いを任せるわけにはいかないだろうし。
「なるほど。【シルルの思念】ですか。下位とはいえ、その中でも極端に強い魔物を連れてきましたね。ふふっ、どうなるか結果が待ち遠しいです……」
それまでいかにも退屈そうに虚ろな表情をしていた第一王女だったが、別人のように声を弾ませていた。
「ルード様、早く、早くお逃げください……!」
「いや、アイラ、ダメだ。王女がこれだけ期待しているんだ。ここで逃げだすようであれば、それこそクロードたちの思う壺だからな」
「うう……それはそうですけど……ルード様のお命が何よりも大事です!」
「アイラ、俺に良い考えがある。信じてくれ」
「……は、はい……」
アイラ、やたらと落ち着きがないし今にも泣きそうになってるな。それを見て思わず噴き出したところ、彼女は子供が怒ったような膨れっ面をしてきた。
ん、ロゼリアも同じで、俺に向かって走るような素振りをしてきた。逃げろっていう意味のボディランゲージか。楽しみにしてる殿下の手前、そんなことは口が裂けても言えないのでああするしかなかったんだろう。
それに対して俺が強気の笑みを浮かべながらガッツポーズしてやると、殴られたような顔で涙目になっていた。まったく、二人とも心配性だな。
「ルード様、どうかご無事で……」
「ああ、アイラ、絶対に帰還するから心配するな」
「……ユキを、飼い主のいなくなった不幸な猫にしないでくださいね……!?」
「……わ、わかってるって」
聖人ヨークに対してもそうだが、アイラの獣愛は凄まじいものがあるからな。もし何かあったら一生恨まれてしまいそうだ。
それにしても、クロードたちは無謀とも思える策を講じてきたもんだ。まあそれだけ追い詰められてるってことなんだろうが、下手したらグラスデン家の全員が皆殺しに遭ってもおかしくない相手だっていうのに。
「テ、敵? 敵敵敵敵ッ……!?」
誘導していた兵士が雲隠れし、俺がおもむろに向かっていくことで、【シルルの思念】がこっちに目をつけるのは時間の問題だった。俺が戦う気だとみてターゲッティングしたのかその短い金色の髪がブワッと逆立ち、『嵐の予感』という能力を使ったのが窺える。
「敵イイイイイイイイイイイイイイイッ!」
【シルルの思念】が両手斧を振り回しながら向かってくる。普通に考えれば、今の自分の魔力レベルじゃ絶対に勝てない相手だが、あのやり方でいけば対抗できるはずだ。
ただ、その前にアリバイ工作をしておかねば。あれほどの魔物を簡単に倒してしまえば、今後それだけクロードたちに警戒されることに繋がる。苦戦した末、なんとか倒したように見せかけるべきだ。
「ぐああああっ!」
確かに【シルルの思念】の攻撃を避けたはずだったが、ギリギリ半径2メートル以内だったために俺は『トランプルフィールド』の餌食となった。
ただ、周りへのアピールの意味合いも兼ねて派手に叫んで見せたものの、俺自身も魔力がそこそこあるために普通に耐えることができていた。
おそらく、やつの攻撃の中心から離れれば離れるほどダメージが減るんだと思う。このゲームにおける範囲系の攻撃は大抵そうだからだ。ただ、これがもし魔力レベル1のままだったら、とっくにペシャンコになっていたのは間違いない。
相手が接近してきたときに『インヴィジブルブレイド』、離れたときに『ウォーターブレイド』も試してみたが、びくともしない。さすが魔力レベル4.9だ。格が違う。
「敵敵敵敵敵敵敵敵敵イイイイッ!」
「……」
いい加減、敵敵叫んでくるのでうるさくなってきた。よし、この辺で終わらせてやろう。俺はとあるテクニックを使い、【シルルの思念】を一瞬で消し去ってみせた。
「「「「「なっ……!?」」」」」
周囲が騒然とするのが心地よい。俺が一体何をしたのか、【錬金術】スキルをただの外れスキルだと思ってるクロードたちには到底理解できないだろうが、わかるやつにはわかるだろう。
『マンホールポータル』によって、【シルルの思念】を例の祠へ送ったんだ。範囲攻撃ゆえに当たり判定が大きく、ポータルに触れたことで転送されてしまった格好だ。俺は前々から気づいていたんだ。普通に入るだけでなく、タッチするだけでも転送されるということに。
魔物が一番寄り付かない場所が聖堂や祠だといわれているのは、当然だがこれでもかと神聖なる力が施されているからである。
さらに、魔除け効果のある『ホーリーキャンドル』を入口側に使って逃げ道も封じておいたので、やつはひたすら消滅を待つのみとなった。おお、魔力レベルが格段に上がるのを感じる。後で確認しておかないとな。
ただ、こうした嵌め業は、範囲系の攻撃を持っていた相手に対してだからこそできた技だといえる。瞬間移動系の能力を持った魔物相手だと通用しないし、同じことを繰り返しても魔力レベルは大して上がらないので注意が必要だ。
第一王女がどんな反応をしているか確認したところ、それまで豪華な椅子――御座に腰を下ろしていた彼女が立ち上がり、俺に向かって拍手をしているところだった。やはり、わかる人にはわかるんだな。
「ルード・グラスデンでしたか。実に巧妙なデモンストレーション、お見事です。あなたのことはしかと覚えておきます」
「はっ、殿下。ありがたき幸せ……!」
俺は王女に向かって跪きつつ、応援してくれていたアイラやロゼリアに向かって笑みを浮かべるのも忘れない。
また、クロードたちの様子も『サードアイ』で窺ってみる。
クロードは呆然とした顔で膝から崩れ落ちてて、母のレーテが両手で顔を覆い、小刻みに体を震わせている。自分自身が悲しむので精一杯か。実の息子なんだから声くらいかけてやればいいのに。
その一方で、家庭教師のヘラは正室のシアに睨まれて気まずそうに俯いている。そういえば、元々はシアがクロードのためにと雇ったんだったか。他人の子とはいえ、ヴォルドが喜ぶならなんでもやるだろうし。
その父はしきりに首を横に振り、俺の活躍とクロードの失態に心の底から落胆、失望している様子だった。本当にいい気味だな。
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