第21話 デモンストレーション
ちょうどシルル山の中腹に差し掛かった辺りで、あたかもそこだけ別世界のように樹々が一本もない空き地然とした場所がある。
それこそが、グラスデン家が代々伝統行事として魔物狩りをしていた一帯であり、すなわち聖地ともいえる地点なのだ。
一年に一回しか行われない行事であるにもかかわらず、周辺には雑草すらほとんど生えていないというところに、魔物狩りの凄まじさというものを垣間見ることができた。
「我が名は、クロード・グラスデン! 殿下に素晴らしいものを披露することをお誓いいたします!」
「クロードちゃまなら、絶対に大丈夫でございますよ! 無能の誰かさんとは違うザマスッ!」
「こらこら、ヘラ。ダメだよ。事実でも、そんな酷いこと言っちゃ……」
特設天覧所にいる殿下の前で跪くクロード。家庭教師のヘラとみっちり魔法の訓練をしていたこともあってか、今まで見たことがないくらい自信たっぷりな様子。俺に対して見ておけと言わんばかりに、ヘラとともにこっちを一瞥するのも忘れない。
「んもうっ……! 本当にあの方たちには腹が立ちますね、ルード様……」
「ああ、アイラ。だが、冷静に考えるとこれは俺に魔法を見せつけるための演目じゃない。クロードは王女に気に入られないといけない」
「確かに。王女様を納得させるとなると、そう簡単な道のりではないでしょうね」
「ああ、その通りだ」
っと、そうだ。『レインボーグラス』でクロードの魔力レベルを調べてみるか。あれから一か月でどう変わったか。
名前:クロード・グラスデン
性別:男
年齢:15
魔力レベル:2.4
スキル:【白魔術】
テクニック:『ヒーリング』『セイクリッドライト』『ホーリーレイン』
確認したところ、一か月で魔力が0.2も上がったのがわかる。どうやらこの行事に合わせて猛特訓してきたっぽいな。だからあの自信の笑みか。まあそれでも俺の魔力レベル2.7には及ばないんだが。
クロードが新たに習得したテクニック『ホーリーレイン』についても調べてみると、周囲に聖なる雨を降らせて範囲内の魔物を懲らしめるんだそうだ。本当にこいつは懲らしめる系の魔法が大好きだな。
やがて、人間の匂いに引き寄せられたのか複数の魔物たちが姿を現し、楽隊によって盛大なファンファーレが鳴った。
「……ヘ、ヘラ、あれは、大丈夫だよね……?」
いざ魔物が出てきたらクロードが及び腰になり、ヘラの背後に隠れるのが面白い。鑑定能力を持った兵士が下位の魔物だけ誘き寄せてきたとはいえ、その中に間違って中位の魔物が紛れてないとも限らないわけだし。
「クロードちゃま、大丈夫ザマス。計画通り、すべて下位の中でも弱い――いえ、程よい魔物でございます!」
「……よ、よし、それならいいんだ。フッ……さあ、愚かなる魔物どもよ、僕の裁きを受けるがいい!『ホーリーレイン』!」
「「「「「グギャアアァァッ……!」」」」」
クロードが杖を高々と掲げつつ魔法を放つと、魔物たちは断末魔の悲鳴をこだまして消えていった。
あまりにもあっけなかった。王女の前で自分の力を披露するためとはいえ、下位の魔物の中でも特に弱いのだけ集めさせたっぽいな。さすが、いかにも計算高いクロードらしい。
で、これに対して王女の反応はどうなのかと思って窺ってみると、表情を変えずにじっと見守っているといった様子だった。
それを見かねたのか、父ヴォルドが堪り兼ねた様子で天覧所のほうへ向かって跪く。
「殿下! どうか、クロードの評価を賜りたく存じます!」
「……ヴォルド。わたくしの傍らにいるロゼリアの審美眼は決してごまかせません。下位の中でも弱い部類の魔物ばかり集めるとは、あまりにも論外です。果たして、それ以上の言葉が何か必要でしょうか?」
「ぐ、ぐぬ……」
「ご、ごほっ、ごほっ……!」
ヴォルドに睨まれたクロードがわざとらしく咳き込み始める。
「ま、まあ、クロードちゃま、高熱を出して、こんなに具合が悪いのに、無理は禁物ザマスよ……!」
「クロード! どうやら冷たい風にあたって、風邪を引いた状態で無理をしていたのですね。それでは本来の実力は出せないので、殿下に無礼ですよ!」
家庭教師ヘラと母親のレーテがクロードを叱っているが、白々しいとしか思えない。
「ご、ごほっ、ごほっ……ご、ごめんなさい、ヘラ、父上、母上……」
「……」
窮地に陥ったので一芝居打った格好なんだろうが、本当に見苦しいやつらだ。
「……チッ。この期に及んで、なんという愚か者めが……」
意外なことにヴォルドはそれが気に入らない様子で舌打ちしてみせると、殿下のほうへ視線を戻した。
「殿下、口直しに私めが……」
今度はヴォルドが魔物たちに向かってデモンストレーションを始めた。
下位の魔物相手であっても、クロードとは迫力がまるで違う。父が披露したテクニックの中でも、特にフェンリルに見立てた氷の塊を放出し、それが魔物を食い尽くす様は圧巻だった。確か『フェンリルバイト』とかいう技だ。
さすが、衰えたといっても魔力レベル3.9なだけあって、王家の陣営にいる兵士たちから歓声が上がるほどだった。
「――さすが、父も認めたグラスデン家の当主なだけあります。珠玉の技ではありますが、それと同時に衰えも感じさせますね」
「……きょ、恐悦至極でございます、殿下……」
王女から下された率直な評価に、ヴォルドは恐縮しつつも口元は歪んでおり相当に悔しそうだとわかる。
しかし、確かに父は全盛期の頃よりは衰えているとはいえ、あれだけの力を発揮したというのに、これについては殿下の基準が高すぎるとも思う。
「わたくしのお兄様のほうが、たとえ手心を加えていたとしても、あなたの披露するものより興味深いものを見せてくれるでしょう」
「うぬ……まったくもって、王の一族は偉大としか言いようがありませぬ……」
殿下の歯に衣着せぬ発言でヴォルドは屈辱を受けるが、苦い顔もできずに笑顔で汗を零しながら応答していた。
しかし、王女が冷血の王女と呼ばれる反面、こういう実直な性格だからこそ、俺の顔に泥を塗るという意味でもヴォルドたちにとって期待できる存在ともいえる。
実際、王女の前でこれだけ恥を掻いたというのに、やつらの顔には希望のようなものが浮かんでいた。
「ごほっ、ごほっ……で、殿下……先ほどは大変なご無礼を働いてしまい、誠に申し訳ございませんでした……。し、しかし、僕や父上の仇は、兄上が必ずや取ってくれましょう……」
「「「「「ザワッ……」」」」」
やはりそう来たか。俺に対する期待値を上げまくって落とす作戦だ。クロードの台詞で周囲が一瞬どよめいたのち、ヴォルドたちはその邪悪な意図を察知したのか、異論を唱える者は誰一人いなかった。
「面白そうですね。あなたの兄上というのは、幽閉されていたというルード・グラスデンですか」
「……」
王女が
クロードとヴォルドだけじゃなく俺もデモンストレーションをすることになるのはわかっていたが、これこそが本当の意味でのトラップだったか。
侍従ロゼリアのほうを見やると、こっちに手を合わせて謝るような素振りを見せてきた。もうこの流れは彼女であっても止められないってことだな。
だが、ここで俺が良いところを見せつければ、逆にやつらの顔に泥を塗るどころか、頭の上からぶちまけることができる。
何よりこの件で死亡フラグも出ている以上、絶対に失敗は許されない。必ずや、殿下を納得させられるようなデモンストレーションを披露してみせるつもりだ……。
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