第20話 拒絶反応


「……やれやれ。こうもあからさまに拒絶してくるとはな」


「ですねえ。こちらとしても、望むところですけど……!」


 俺とアイラの溜め息が白く濁る。


 このやり取りを聞いてもわかる通り、停まった馬車の近くではクロードたちが固まっていて、俺たち二人だけ10メートルほど離れた場所にいる。


 シアやレーテの機嫌を損ねないようにするためか、最低でもそれくらいの距離を取るようにと父のヴォルドから指示されたんだ。


「結局のところ、俺に対する待遇が表向き改善されたように見えても、根本的なところは何一つ変わってなかったってことだ」


「ですね……」


 俺たちグラスデン家の者たちは、シルル山の麓へ着いてからは馬車を下りてその場でしばらく待機する手筈になっていた。


 そうなるのも当然の話で、これから第一王女マズルカと侍従ロゼリアが参られるのを待たなければならないからだ。


 それに、ただでさえここは下位の中でも強力な魔物たちが巣食うことで有名なシルル山だ。魔物が現れることの比較的少ない山麓とはいえ、馬車に乗った状態では臨戦態勢を取れないので危険なんだ。


 何より、殿下に対しても非礼に値するために馬車を下りることを余儀なくされているのである。風がとにかく冷たくて遮るものがなく、身震いするくらい寒いので早く到着してほしいところだが。


「「「「「殿下っ……!」」」」」


 やがて、三台の馬車が見えてきたタイミングで俺たちは揃ってその方向を見やり、胸に手を置いて跪くことになった。王女の来訪を大自然も歓迎するかのように一筋の颶風が吹き抜け、シルル山の木々が戦ぐのがわかる。


 すべての馬車が停車すると、兵士たちが降りてくるなり列を作って王女らが通るための御道を作った。


 っていうか、妙だな……。侍従と王女が乗っている馬車だというのに、兵士たちの数がやたらと少ないように見えた。疎らな分、幅を大きく取っているのがわかったんだ。何かあったんだろうか?


 兵士の列が高貴な通り道を作ったのち、中央の馬車から近衛兵、侍従ロゼリア、さらに第一王女のマズルカが順番に降りてくる。


 真っ白に近い銀色の長髪が冷たい風に靡いたため、ただでさえ白い顔がよく見えなかったが、列の中に入ったことでようやく拝顔が可能になった。


「……」


 その姿を目の当たりにするなり、俺は思わず息を呑んでいた。


 正視するのも憚れるような荘重な佇まいなのは当たり前として、抱いた感想はそれだけじゃなかった。嵐の前の静けさという言葉がしっくりくる、そんな不気味な安穏さを纏っているんだ。


 わかりやすく説明すると、普通に見えて全然普通じゃないんだ。なので見ていると脳が段々とバグってくるような感じだ。


 これはなんていうか、あれだ。魅了されているというよりも、ゲシュタルト崩壊に近い感覚かもしれない。俺は首を横に振ってそれを振り払った。


 ん、アイラもそうなのか、殿下のほうをぼんやりとした表情でじっと見ていた。というか、なんか魂が抜けたようなふわっとした顔をしている。こんな状態が続くなんて、いつもしっかりしているアイラらしくもないな。


「アイラ、どうした。大丈夫か?」


「……あ。はい、ルード様! 王女様というだけあって、とてもお美しい方だと思って……」


「まあ、それなりにな」


「ルード様ったら、素直じゃないんですから。私と同じように見惚れてたくせに……」


「……」


 アイラのやつ、そこはちゃんと見てたんだな。実際は、王女の異常さを目の当たりにしたことで脳が疲れたのか、拒絶反応のようなものを起こしてただけなんだが。まあそういうことにしておこう。


 王女が到着したということで、俺たちは馬車と若干の兵士のみを残し、一大イベントが行われる予定の山の中腹まで向かい始めた。


 ん、ロゼリアが俺たちのほうへと、転びそうになりながらも駆け寄ってくる。なんていうか、その明るい表情も相俟って侍従とは思えないくらい小動物的だ。


「……はぁ、はぁ……ルード、アイラ、会いたかったぞ!」


「というかだな、ロゼリア……いいのか? 侍従なのに王女様を差し置いてこっちに来るなんて」


「そうですよ。王女様の傍にいて差し上げないとダメですよ、侍従様?」


「い、いや、ちゃんと特別にだな、殿下の許可は貰っておるから心配は無用だ! それにだな、一応お主らに報告しておかねばならんことがあるのだ」


「「報告……?」」


「うむ。実はな……」


 ロゼリアによると、先頭の馬車に乗っていた斥候が山賊と通じており、途中で賊らとともに襲撃を受けたのだという。なるほど、道理で兵士が少ないと思ってたらそんな事件があったのか。


 んで、それを殲滅したのが第一王女だと聞いて俺は一瞬驚くも、原作の設定を思い出して大いに納得していた。そういえば、マズルカは冷血の王女って呼ばれてたんだっけか。そんな物騒な異名がつくだけあって、その強さは絶大なんだ。


 原作ゲーム『賢者伝説』だと、主人公は普通にやれば王女と戦わずに済むんだが、敵対、すなわち国賊ルートになれば間違いなくボスとして君臨するであろう存在であり、まともに戦おうとすれば確実に詰む相手だ。


 そこまで完璧に覚えているわけじゃないが、確か【聖痕】っていう魔力レベル3がデフォルト状態の大当たりスキルを持っていたはず。なのでもう、その時点でマズルカの強さは抜きんでてるってわけだ。


 ゲーム内のイベントの一つとして思い出されるのが、誘拐事件の一件だ。


 王都では最近になって誘拐事件が多発しているということで、王女が一般人に扮して町へ出向いた際、その誘拐犯から人質に取られるっていう場面だ。


 俺はそのシーンに関しては実際にプレイしたわけじゃなく、他人のゲーム実況で知ったものだ。


 その際に『どっちが人質なんだ!?』、『さすが熱血の王女』、『マズルカ様万歳!』って声が視聴者たちから挙って上がるくらい滅法強くて、なおかつ殺すことを厭わないどころか好むほどの残忍な性格なんだ。


「ルードよ、私は本当に本当に本当に、怖かった。漏らしそうになるくらい、怖くてたまらなかった。殿下が……あ、いや、山賊たちが……」


「……」


 ロゼリアがうっかり口を滑らせてしまったわけだが、その気持ちもよくわかる。


 冷血の王女マズルカの恐ろしさに比べたら、裏切者や山賊なんて顔の周りを飛び回る蠅みたいなもんなんだろう。あんなに陽気な侍従がこれだけ怖がるくらいだからな……。

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