第23話 震える心


 名前:ルード・グラスデン

 性別:男

 年齢:15

 魔力レベル:3.0

 スキル:【錬金術】

 テクニック:『マテリアルチェンジ』『レインボーグラス』『ホーリーキャンドル』『クローキング』『マンホールポータル』『インヴィジブルブレイド』『スリーパー』『ランダムウォーター』『サードアイ』『トゥルーマウス』


 死亡フラグ:『呪術に頼る』『第一王女にをする』


「……」


 おおっ、【シルルの思念】を倒したことで、ちょうど魔力レベル3になったんだな。遂に大台に乗ったわけだ。こりゃめでたい……と思ったが、俺は死亡フラグの欄を見て目玉が飛び出るかと思った。


 いや、失礼なことってなんだよ。随分と抽象的だ。もっと具体的にどんなことをしたらダメなのか知りたかったが、それだけ殿下が気分屋なのかもしれないと思うとゾッとした。


 しかも、だ。俺はその第一王女から王城へと招待されたのだ。おそらく、例のデモンストレーションの件で話がしたいんだろう。だからこそ王女に関する死亡フラグが出たわけだろうが、何をもって非礼なのかわからないので洒落にならない。


 順番が来るまで待合室に待機してくださいと兵士に案内されたからそこにいるわけだが、死亡フラグが頭から離れることはなかった。


「ルードよ、よくぞ参ったなっ!」


「あ……」


 真紅のドレスの裾を持ち上げながら、ロングヘアの少女が駆け寄ってくると思ったら、侍従のロゼリアだった。いつものシニョンヘアとワンピースっぽいカジュアルなドレスじゃないから誰かと思った。


 へえ。服装や髪型が違うとこうも変わるんだな……。そうだ。普段から王女の傍らで世話をしている彼女なら、どんな言動が非礼と見なされるのか知ってるかもしれない。


「おや。アイラは来ていないのだな?」


「ああ。なんだか風邪気味みたいだから遠慮するって。何か用事があるなら伝えておくよ」


「……あ、いや、大した用事はないから問題ない。それより、私のこの格好、どうだ?」


「どうって……」


 俺の前でクルッと回りつつウィンクしてみせるロゼリア。何度も回って裾を踏んだのか転びそうになってるし。


「なんていうか、いつもと違うかな……?」


「い、いつもと違うとは、どんな感じだ? 私の顔をまっすぐ見つめながら説明せよ!」


「んーと……」


 ロゼリアのやつ、やたらと体を寄せてくるもんだから俺は押されてしまっていた。王女のことを聞こうと思ってたのに、そんな空気じゃない。俺に一体何を言わせたいのか。


「い、色……」


「色……!? 色気があるというのだなっ! ル、ルードよ、私は嬉しいぞ……」


「……」


 色が派手、と言いたかったんだが、喜んでるみたいだしまあいいや。というかあまりにもグイグイ来るもんだからもう後ろの壁が近い。


 お、一人の兵士が俺たちのほうへ近づいてきた。


「ルード・グラスデン様ですね。殿下がお待ちです。どうぞ謁見の間へお進みください」


「むうっ、間の悪いやつめ……」


 ロゼリアはいかにも不満そうだが、俺としては正直なところ兵士が来てくれて助かった……って、王女のことを聞こうと思ってたんだ。もうあまり時間がない。


「ロゼリア。殿下を怒らせないようにしたいんだけど、何か対策は? あんまり余計なことを言わないようすればいいかな?」


「……うむ。ただ、余計なことを言ったほうが殺されずに済んだパターンもあるから、なんとも言えぬ。ルードなら大丈夫だと思うが、殿下はとにかく気分屋なのだ……」


「……」


 どっちでもダメな可能性もあるのか……。戦々恐々とした心境で兵士についていくと、豪奢な扉の前に辿り着いた。


 謁見の間に足を踏み入れると、俺は目の前に広がる壮大な光景に圧倒された。しばし見上げるほど高い天井には美麗なフレスコ画が描かれ、壁際には近衛兵たちが整然と並んでいた。レッドカーペットの奥には玉座があり、第一王女マズルカの姿が目に入った。


「ルード・グラスデン。よくぞ参りましたね」


「ははあっ、殿下。ありがたき幸せ……」


「立ちなさい、ルード」


「え……」


 俺は跪いたものの、すぐに立つように命じられたのでそれに従った。


「あなたのスキルは【錬金術】でしたか。【シルルの思念】が範囲系の能力を持っていたことを逆手に取り、ポータル系の魔法を使うのがわかりました。あのような工夫ができるのは面白いですね。テレポートを持つ魔物には通用しませんが」


「さすが、殿下。何もかもお見通しでしたか……」


 最後に釘を刺すのを忘れないのも、洞察力に秀でた第一王女らしい。


 俺は原作のマズルカの魔力レベルがどれくらいだったのか忘れたこともあり、気になったので『レインボーグラス』で鑑定しようとしたが、どうしてもできなかった。死亡フラグの件もあるし、彼女が纏うオーラが強すぎてそれを躊躇わせたからだ。


「構いませんよ」


「え」


「わたくしのことを鑑定したいのでしょう?」


「な、なんでそれを看破なさったのでしょうか、殿下……」


「それくらいのことなら、ロゼリアでなくともお見通しです。あなたの目は、何かを調べようとするものでした。普段から色んな方々と接しているので、そうした眼差しはよくわかります」


「な、なるほど。感服いたします……」


 俺は許しを貰ったこともあり、マズルカの魔力レベルを鑑定することにした。



 名前:マズルカ・ダムディアス

 性別:女

 年齢:20

 魔力レベル:5.0

 スキル:【聖痕】

 テクニック:『血の調べ』『聖属性付与』『慈悲の心』『聖なる鼓動』『瀉血』『血の粛清』『サクリファイス』



 彼女はなんと魔力レベル5だった。【聖痕】というスキルは、贈与された時点でデフォルトの3レベルというから、その強力さが窺えるというもの。


 基本テクニックの『血の調べ』は、己にとって相手が敵か味方かを瞬時に判別し、敵ではない者には自身の攻撃を無効化できるものだ。『聖属性付与』は聖属性を武器に付与することで魔物に対するダメージが増加する。


『慈悲の心』は、酷く衰弱している、あるいは苦痛にあえいでいる者の命を即座に消す。


『聖なる鼓動』は悪意を持つ者の体力減少、『瀉血』は傷の自然回復量100%上昇、『血の粛清』は王水や超酸よりも強力な魔性の血によって、敵のみを一瞬で溶かしてしまうという恐ろしい効果を持っていた。


『サクリファイス』に至っては、体力と気力を大幅に失うため自身は失神するが、相手に大ダメージを与えるというもので、絶対に避けることはできないのだという。


 それでも、人間の魔力レベルというのは魔物のような下位と中位の境目がなく、高ければ高いほどその差は少なくなっていく。


 つまり、魔力レベルが4以上であれば小数点の差はそこまで大きな意味を持たないということになる。たとえば4.5レベルが5.0レベルに勝つことも戦略次第では可能ということだ。


「どうでしたか?」


「結構なお手前で……」


「ふふっ。ところで、ルード。質問があります」


「はい、なんでしょう?」


「あなたはグラスデン家の令息でありながら、スキルが魔法系ではないということで無能扱いされ、虐待されていたとか?」


「はい。俺は正室でも側室でもなく、妾から産まれた子であり、しかも貰ったのが魔法系のスキルではなかったのでしょうがないです」


「……なるほど。それでも、あなたのユニークな能力によって彼らの悪事が暴露されたというわけですね。侍従のロゼリアもそれが真実だと伝えています。あなたが望むのなら族滅、わかりやすく言えばあなたを除いてでもよろしいのですよ?」


「……そ、それはちょっと、どうかと……」


 さすが、冷血の王女。念のために遺書をしたためておいたほうがよかったのかもな。彼女の威圧感は、父親のヴォルドとは比較にならない。ここにいるだけで死の恐怖感をひしひしと感じるほどだ。


「ルード。あなたには何かを感じます……」


「え、異質なもの、とは?」


「……わたくしが知りたいくらいです」


 王女が微笑みつつそう返してきたかと思うと、玉座を離れて俺のほうへと歩み寄ってきた。気づけばもう、彼女は俺の目睫に迫る勢いですぐ目前まで来ていたんだ。


「殿方であれば、ここでわたくしにどうすればよいかご存じでしょう?」


「……え、えっと……」


 いや、どうすりゃいいんだよ……。俺は死というものをはっきりと意識していた。ここで何もしなければ間違いなく死ぬ。そう確信したため、俺は意を決して口づけすることにした。


 だが、問題はそのだ。ありがちなのが跪いて手の甲にやるものだが、これは冷血の王女からしてみたら物足りないと思うかもしれない。かといって唇にやれば、あまりにも大胆すぎるのでドン引きされるようにも思える。


 クソッ、どうすりゃいいんだ……こうなったら、一か八か、だ!


 俺は強い表情を浮かべて王女をグイっと抱き寄せると、その勢いで頬に口づけしてみた。


「……」


 ぽかんとした顔で俺を見つめるマズルカ。ま、まずかったか……?


「……わたくし、あなたの命を奪うべきなのかどうか、真剣に迷いました……」


「……僭越ながら、殿下。が正解ですか?」


 ええい、こうなりゃもう毒を食らわば皿までだ。俺が唇を指差しながら質問すると、マズルカは口に手を当ててなんとも愉快そうに笑った。


「あはははっ! そんなに命を落としたいのですか?」


「……失礼を承知で。そっちは何パーセントくらいでしたか?」


「そうですねぇ。もしもこっちなら、そこで満足して高確率で殺めてしまったかもしれません。わたくし、慎重さと大胆さを兼ね備えたあなたに興味があります……」


「……」


 うわ、そっちだったら高い確率で殺されてたのか……。


 というか、ジメっとした視線を感じたのでその方向に目をやると、侍従のロゼリアが頬に手を当てながらこっちをぼんやりと見ていた。彼女は一体、何を言いたいのだろうか……?

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