第16話 罰と祝福


「えー、グラスデン伯爵家の者たちへ、本日は殿下のみことのりを伝えに参ったゆえ、心して拝聴するがよい」


「「「「「はっ……」」」」」


 あれから数日後のこと、王族からの使者がやってきて、伯爵家に王命を伝達するところだった。


 伯爵家の人間は全員集合せよとのことで、その場には当然、令息の俺とメイドのアイラも呼ばれて跪坐していた。


「侍従ロゼリアの報告によれば、そなたらは令息であるルードを不当に卑しめ、長きに渡って幽閉したとのこと。よって、ルードの処遇を早急に改善するように命じ、責任者である父ヴォルドらには罰金と軟禁の刑を課すものとする」


「「「「「……」」」」」


 俺たち以外の伯爵家の人間はというと、みんな声を失うくらいショックを受けている様子なので見ていて痛快だった。


 城へ戻った侍従ロゼリアが殿下(第一王女)へ報告したことにより、グラスデン家に王家からこうして厳しい評価が下されたというわけだ。


「ぬぅぅ……何故このようなことに……。さては、あの戯けが何かしおったのか……?」


 使者が去ってすぐ、ヴォルドが俺のほうをしばらく睨んだものの、体調が悪いのか付き添いの者たちに支えられながら寝所へと向かっていく。


「……フンッ! 本当に不愉快ですわね」


「嫌なものを見て、目が穢れてしまいました……」


 正室のシアと側室のレーテもまた、俺のほうを睥睨してから足早に立ち去っていった。まるで全部俺のせいだと言わんばかりだな。まあ実際その通りではあるんだが。


 メイドや家庭教師のヘラも去り、弟のクロードも消えるかと思いきやその場に留まっていた。しかも、余裕の笑みを浮かべながら俺たちのほうへと歩み寄ってきたのだ。


「兄上。何かやったの?」


「……俺が? どうやって?」


「とぼけないでよ。あの席には兄上もいたわけだし、僕たちに対して何か小細工をしたんでしょ?」


「さあな。もし本当に俺がやったところで、それを打ち明けるわけがないだろ? それに、俺程度の力じゃ何もできないって言ったのはクロード、お前自身なんだが」


「……そうだね。無能だから浅薄な企みくらいしかできないって高を括ってたけど、今回は兄上にしてやられたみたいだ。でも、喧嘩を売られた以上、僕たちにはそれを買う義務がある」


「僕たち、か。味方が多くてよかったな」


「あーあ。大人しくしてれば、大して痛い目に遭わずに済んだのに。大いに覚悟しておくことだね」


 そんな悪党の捨て台詞のような言葉を残して、クロードは立ち去って行った。大人しくしてても痛い目に遭わせる気満々な癖して。


「ルード様。本当に、あの人って感じの悪い方ですね」


「あぁ。まあいつものことだし、あまり気にしないことだ、アイラ」


「滅茶苦茶気にしてます!」


「そ、そうか……」


 とはいえ、アイラが憤る気持ちもよくわかる。やつらは当然の報いを受けただけなのに、それがさも理不尽だとでも言いたげだからな。盗人猛々しいとはこのことだ。


 俺自身、やつらが苦しむ様子を目の当たりにして多少の溜飲は下がったとはいえ、これで満足できるはずもない。家族という名の敵から毎日のように虐められていたこともあり、この程度の罰じゃ全然物足りないと思っている。


 ただ、敵愾心を見せつけるよりも平静な態度でいたほうが、やつらにとっては腹立たしいはずだから俺はあえてそうしているんだ。


「それじゃ、帰るか、アイラ」


「そうですね……って、ルード様、そっちは倉庫のほうですよ!」


「え……あ、そうか……」


 てっきり、いつもの癖で倉庫に戻ろうとしていたが、よく考えたら俺はもう幽閉状態を解かれているんだ。


「ルード様のお部屋については、私がしっかり掃除していたのでご案内します!」


「あ、ああ。ありがとう、アイラ……」


 いざ離れてみると、あんなに窮屈だった倉庫も恋しくなるという謎の現象が起きる。無意識のうちに愛着が湧いたのかもしれないな。


 というか、あそこには色んな物が置いてあるしまだまだやることはあるんだが、『マンホールポータル』でいつでも行けるので問題ないか。




 それからというもの、メイドたちの俺に対する態度はガラリと変化した。表向きではあるだろうが、食事の時間になると一切遅れることなくやってきたし、一人でトイレへ行くにしても何も言われなくなった。当然の権利ではあるんだが、逆に落ち着かなくなるから不思議だ。


 むしろ、自室に戻った俺が何故まだ倉庫へ通っているのか、メイドたちはそこに対して疑問を感じている様子だった。結局のところ、それは俺が望んでやってることだと思ったのか何も言ってこなかったが。



「ふう……」


 俺に対する改善命令が出てから一日が経過した。


 例の倉庫にて、『マテリアルチェンジ』で色々と技能変換にチャレンジしたものの、まだ何も変換できていない。単純に数をこなせてないってのもあるだろうが、もしかしたら変換するのに魔力レベルが足りてないのかもしれない。


「ミャー」


「お、アイラ、来たか」


「ルード様、そこはユキと呼んでください!」


 人間に戻ったアイラが不服そうに頬を膨らませる。


「でも、アイラはアイラだし……」


「ユキはユキなんですよ?」


「そ、そうか。それならそうするよ」


 アイラにはユキとしての矜持もあるらしくて強いこだわりを見せてくる。まあ白猫のユキとして俺に接する間、猫になりきっていた可能性もあるしな。


「それで、屋敷内の様子はどんな感じだった?」


「それがですねえ……」


 アイラが一転して笑みを浮かべながら語り始める。


 彼女によると、例の『事件』、つまりロゼリアとの食事会でヴォルド、シア、レーテ、クロードの本音が口から洩れてしまった件については、犯人探しも始まっている様子。誰かが呪いでもかけ、本音を言うように仕向けたんじゃないかと。


 これについては、俺が【錬金術】のテクニックの一つである『トゥルーマウス』を使い、ヴォルドたちから本音を引き出したというのが真相だ。


 当然だが、ヴォルドたちは揃って俺に疑いの目を向けているんだとか。俺が【錬金術】スキルで何かやったのではないかと。外れスキルの俺に何ができるんだっていう声も上がったそうだが、これに関しては密かに呪いの儀式を行い、魔力レベルを上げていたのではないか、と。


 もしそうなら、とんでもない事態であり国賊となりうるため、一刻も早く調査するべきだとも。


「まあ、クロードの反応からこうなるのは予想できていたことだ。それよりアイラ、君の存在はあいつに知られてるわけだから、これからはもっと慎重に行動してほしい」


「ルード様、私のことをそんなに心配していただけるのですね……」


「……そ、そりゃな。クロードは何をするかわからない男だ。認めたくないが頭も切れる」


 アイラに累が及ぶのは最も避けたいことだが、悪役に厳しいゲーム世界の性質上、そのようなことが絶対に起きないとは限らないので、気を付けるに越したことはない。


「私のことなら、兵士やユキに変身できますし、大丈夫です。いざとなればどんな場所にも隠れられますから」


 アイラが白猫のユキに変化したかと思うと、二本足で立ち上がって胸を張ってみせた。俺を心配させまいとやってることだっていうのはわかるが、こうしてみると猫としてはかなり違和感がある。いや、これはこれで可愛いんだが。


「ルード、アイラよ。例の報告は聞いたか!?」


「あ……」


 誰かが得意顔で勢いよく入ってきたと思ったら、侍従のロゼリアだった。倉庫の外部は『サードアイ』で見ることができるんだが、それに気づく余裕もなかった。それくらいなんとも突然な訪問だ。


「ロゼリアも来てたのか。俺に対する処遇改善命令なら、もちろん聞いたよ」


「ニャー」


「うむうむ。今回の件でやつらもかなりダメ―ジがあっただろうし、これで待遇が大幅に改善されるはず……う?」


 ロゼリアはユキのほうを見て、まさに目の色を変えた。


「ね……猫おおおおおおおおおおおおおおっ!」


「フギャアァァッ……!?」


 血眼になったロゼリアとユキの追いかけっこが始まり、正気に返ったのかアイラが元の姿に戻ったことでようやく終わりを告げた。


「……はぁ、はぁ……じ、侍従様、私の正体については、ちゃんと事前にお話していたはずですが……?」


「……す、すまん、アイラ。確かにそうなのだが、私は猫を見ると脊髄反射的にどうしてもこうなってしまうのだ……」


「んもう。だから猫に嫌われるんですよ?」


「うう……」


 アイラによると、ロゼリアは大の猫好きではあるものの、猫を見ると異様に興奮して可愛がるためか酷く嫌われているのだという。


 なのでアイラは自分が猫になれるとロゼリアに説明してから変身し、そのときは落ち着いて対応してくれていたので大丈夫だと思っていたんだとか。それでも時間が経過したらただの可愛い白猫に見えたらしく、さっきのように我を失ってしまったんだそうだ。


 そう考えると、ロゼリアの前で猫になるのは無条件に避けたほうがよさそうだ。


 前世のときも思っていたが、猫は動きが唐突で過剰に構いすぎる人を苦手にする傾向にあるから、猫好きでもロゼリアみたいなのは特に疎まれてしまうんだろう。

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