第17話 一大イベント
幽閉されていた倉庫から自室へと戻り、そこからあれよあれよという間に一か月という期間が経過した。
その間、俺への待遇が改善されたということで、グラスデン家に課された軟禁処分は想像よりも早い時期に解かれている。ちと時期尚早な気もするが、そこは伯爵家が今まで残してきた功績を考えると致し方ないか。
ちなみに、原作ゲーム『賢者伝説』の本編が始まるまでは、およそ二か月となっている。エリート学園の入学試験はそれより先にあるから、もうそんなところまで来たのかって感じがする。
俺の現在の魔力レベルはというと、自分と同等とはいえ魔物との実戦が功を奏したらしく、例の祠で鍛錬したことによってそれまで2.5だったのが2.7まで成長した。
もうこの時点で俺の魔力はグラスデン家の中でもトップクラスだが、それでも油断は禁物だ。父のヴォルドは全盛期の頃より衰えているものの、腐っても魔力レベル3.9なので下手に刺激しないほうが得策だろう。
そして、明日になったらある重要な行事が行われるという。グラスデン伯爵家の伝統であり恒例の行事だ。
それは何かというと、シルル山っていうところで開催される予定の魔物狩りだ。
この一大イベントには、王家から殿下、すなわち第一王女のマズルカ様も天覧される予定なんだとか。
本来なら陛下(現国王)が見学していたほど、歴史のある伝統的な催し物なのだが、今は高齢でかなり衰弱しておられるという事情もあり、多忙な第一王子に代わって第一王女が参られるとのこと。
実はこのイベント、原作のゲームでも一応触れられてはいるものの、本編じゃないのもあってか王族も関わる狩りにしてはその扱いはなんとも瑣末なものだった。
ルードのキャラクター紹介でさらっと触れられている程度なんだ。
ルード・グラスデン。グラスデン伯爵家の第三夫人(妾)から産まれた長男。大外れスキル【錬金術】を獲得したことで、家族全員から一層不遇な扱いを受ける。家族を見返すべく、彼は呪いの儀式に興味を抱くようになる。
古くは陛下もご覧なさっていた伝統のある魔物狩りの行事にも、腫れ物扱いの長男だけは誘われることがなかった。彼はその間にも呪いの儀式に耽り闇の力を強化させていく、と。ここで初めて魔物狩りについての記述が出てくる。
原作のルードが本格的に狂うのはここからで、日記には家族への恨みつらみが余すことなく書かれ、恒例の催しに対する感想も一切なかった。
これだけ不当な扱いを受ければ天に唾を吐きたくなる気持ちもわかるが、もうこの時点で呪いの儀式の影響がかなり如実に表れていると思える。
しかし、今回は違う。当然のように俺も魔物狩りに参加することになっているんだ。お前も必ず行くようにと父から直接伝えられてるしな。原作のルードについてはもう、家族から何もできないと舐められていたんだろう。
なので、まだまだ本編ではないとはいえ、ゲームの展開はもう現時点でかなり変化しているといっていいはずだ。
この由緒ある魔物狩りによって、ヴォルドやクロードらは名誉挽回とばかりに奮闘し、力を見せつけようとしてくるのはわかっている。また、それだけじゃなくどうにかして俺に恥をかかせようと画策してくるに違いない。だが、そうそう容易くやられてたまるか。
「ルード様、倉庫へ行かれるのですか?」
「ああ、アイラ。狩りに行くまでに色々と覚えようと思ってな」
「お疲れ様です」
そういうわけで、いつものように『マンホールポータル』を使って自室から直接倉庫へ入ったときだった。
「なっ……」
メイドたちがそこに何人もいて、物を倉庫の外へと運び出そうとしていたんだ。
「おいお前たち、勝手に何をしている!?」
「……はあ。ヴォルド様の命令で片付けようとしているのですが」
「いや、それは俺がやっておく」
「……わかりました。ですが、今日中にここにあるものは全て片付けるように言われておりますので、もしルード様が満足にできない場合は私どもも参加することになります」
そう発言した責任者のメイドを筆頭に、彼女たちは不満そうな顔をしながら倉庫を後にする。まさか、俺が『マテリアルチェンジ』で倉庫内の物を技術変換していることがバレた……?
いや、そんなはずはない。『サードアイ』でしっかり見張っていたわけだし、このことを知っているのはアイラの他に侍従のロゼリアくらいだ。彼女たちがそれを伯爵家の者たちに話すとは考えにくい。
「ルード様。これはもしかすると、お父様が幽閉した過去をなかったことにしようとなさっているのかもしれません……」
「……なるほど。恥部としてまず倉庫自体を潰そうとしてるのか。その可能性は充分にありうるな」
だが、アイラの言う通りだとすると、倉庫内の物はいずれなくなってしまう。これだけの物、『マンホールポータル』で自室へ送り込んだとして、メイドたちの目に触れることにも繋がる。
彼女たちは表向きは掃除を目的として俺の部屋へ入ってくるが、実際は何か妙な動きはないかと監視を命じられているんだ。だからなんでこんなガラクタを集めるのかと怪しまれるだろうし、当たり前のようにヴォルドらに報告もされるだろう。
「とにかく、一つでも多くの荷物を自室に運び出して、後のことはそれから考えよう」
「はい、ルード様」
俺とアイラは『マンホールポータル』を使い、倉庫内のものを全て自室へと移動させた。このテクニックを使って人気のない遠方へ運び出すことも考えたが、腐食や盗難の可能性も捨てきれないのでとりあえずこれでいい。
あとは、自室の前に『サードアイ』を置いてメイドたちの動きを監視しつつ、運び出したものを『マテリアルチェンジ』で能力に変換しようと思う。
もしその間に誰か来た場合、今はアイラが掃除をしてくれてるから大丈夫だとなんとか時間稼ぎすればいいんだ。不審に思った弟らが介入してくるまで、できるだけ多く変換にチャレンジするとしよう。
クソッ、こんなことになるなら、変換しやすくするために魔力レベルをもっと上げておくべきだったか……。
「――ん、これは……」
底が抜けてしまい、ほぼ朽ち果てた引き出しに『マテリアルチェンジ』を使ったときだった。
眼前にウィンドウが現れ、そこには『マンホールポータルが強化されました。異次元の場所にも通じており、そこにアイテムを無限に収納できます』と表示されていた。おおお、これは現状にうってつけの効果じゃないか。
「ル、ルード様、マンホールの中に物を次々と入れておられますが、これはどこへ通じてるんでしょう?」
「アイラ。これの行く先はどこでもない。決して誰にも見つからない場所に移動させてるんだ」
「へえ、そんなこともできるんですね……!」
アイラも興味津々の様子。俺はあっという間にほとんどのアイテムをマンホールの中に放り込んでやった。
あとは技能変換にチャレンジするためのものだ。これくらいなら外部の人間に見られてもなんの問題もないしな。
『――マテリアルチェンジが強化されました。弱体化させた魔物の一部を、低確率で従魔に変換させることができるようになります』
「お……」
血痕がこびりついた首輪に『マテリアルチェンジ』を使用したところ、それ自体が強化されることになった。従魔かあ……。
一部の魔物、それも弱体化させないと成功しない。しかも低確率ってことで難易度は高そうだが、味方を増やすためにも試してみる価値は大いにあるといえそうだ。
明日からの一大イベントでそんなことをやってたら国賊扱いされそうだが、この先が楽しみになるテクニックを獲得できたな。
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