第15話 堪能する者


 グラスデン家の屋敷の食堂には、豪華絢爛な食事だけでなく、錚々たる面々が一堂に会していた。


 当主のヴォルド・グラスデンはもちろん、正妻で第一夫人のシア、側室で第二夫人のレーテ、その令息であるクロード、その家庭教師ヘラ、町長、商会や教会の関係者、ヴォルドの側近たちや姻戚等。


 もちろん、伯爵家の長男である俺、ルード・グラスデンもその一人だ。つい最近まで、無能だからと倉庫に幽閉されていたが。


 普段見ないような面子までも勢ぞろいしているのは、王室から賓客が来訪するためである。


 その名もロゼリア・ネフタルト。一見すると明るくて人懐っこい感じの少女だが、れっきとした王家に仕える侍従だ。そんな彼女に対し、自分が幽閉されていたことを伝えれば、帰宅したあとで俺は自殺したと見せかけて葬られる運命になるだろうと予想している。


「う……」


 テーブル最前列の席、すなわち主賓席に座ったロゼリアにウィンクされ、俺は思わずそっぽを向いた。


 そんなやり取りが目に入ったらしくて一同ともにぽかんとしている様子だったが、気のせいだと思ったのかすぐに視線を定位置に戻していた。


「侍従殿、我が伯爵家へようこそお越しくださいました。我ら一同、誠に感激しております。殿下のご様子にお変わりはないですかな?」


「うむ、それならば問題ない。それよりヴォルドよ、この伯爵家では、何か問題は起きてないか?」


「……ふむ、問題ですかな? そのようなことはまったくありませんが」


「……」


 ヴォルドの返答に、シアやレーテが頷いていて、白々しいとはまさにこのことだと俺は内心で憤っていた。


 ロゼリアも心を読める能力があるので偽りだとわかっているはず。


 ただ、いくら不正を知っていても俺のことでいきなり注意するのは不自然だから、今はあえて気持ちを抑えてるんだろう。


 諫めてみせたところで知らぬ存ぜぬで通されるはずなので、慎重に詰問しようとしている可能性だってある。


「ささ、侍従殿、どうぞ、ご堪能ください」


「わははっ、こりゃ旨い! さいこーだ!」


「……」


 ロゼリア……ヴォルドに促されて普通に飲み食いしてるし。これじゃ懐柔されてるみたいじゃないか。まあ油断させてボロを出そうっていう作戦かもしれないが、見てて不安になってくる。


「……ふう。食べた食べた。お前たちは、いつもこうして仲良く食卓を囲んでおるのかの?」


「ええ、そうですわ。侍従殿。わたくしたちはみな、仲が良いことで評判ですのよ? オホホッ」


「本当にそうですね、シア。殿下や侍従殿はもちろんですけれど、わたくしたちはヴォルド様の威光のおかげで仲睦まじく暮らしております」


 シアとレーテがなんの淀みもなく言ってのけたので、俺は逆に恐怖心を覚えた。こいつらの罪悪感はどうなってるんだ。ネジが完全に外れている。


「侍従殿。ここは誰にとっても居心地の良い家です。問題などどこを探しても見当たるはずもありません。ねえ、ヘラもそう思うでしょ?」


「クロードちゃま、本当にその通りザマスッ!」


 クロードのやつ、ヘラに話しかけてるのに挑発するかのように俺のほうを見て、その上笑みまで浮かべやがった。本当に、弟は嫌がらせの達人だな。


「どうした、ルード。返事せぬか」


「……あ、はい。なんの問題もありません……」


 ヴォルドにギロリと睨みつけられて、俺はそう答えるしかなかった。


 本当に、グラスデン家はヘイトの宝庫だ。あらゆる嫌悪が眠っている。だが、それを集めれば集めるほど、それを跳ね返すときの開放感や達成感は大きい。


 ……さあ、もうそろそろいいだろう。を使って、これからおっ始めてやろうじゃないか。溜め込んだヘイト解放大作戦を……。



 名前:ルード・グラスデン

 性別:男

 年齢:15

 魔力レベル:2.5

 スキル:【錬金術】

 テクニック:『マテリアルチェンジ』『レインボーグラス』『ホーリーキャンドル』『クローキング』『マンホールポータル』『インヴィジブルブレイド』『スリーパー』『ランダムウォーター』『サードアイ』『トゥルーマウス』


 死亡フラグ:『呪術に頼る』『幽閉の件を家族の前で侍従に話す』



 作戦に使うのは、『トゥルーマウス』という覚えたばかりの新しい技能だ。


 その効果は、対象に使うだけで本心を隠さず話すようになるというもの。その際、途中で止めることは絶対にできない。つまり、最後まで本心を吐露する羽目になる。


 まさか、枯れた食虫植物の鉢からこんな技能が生じるとは夢にも思わなかった。


 唇のような形をしていて、なおかつ物言わぬ植物だからこそこのような効果になったのかもしれない。


 まず、ヴォルドにこれを使うとしよう。


「いやあ、侍従殿が来てくれて本当によかった。ただの小娘にしか見えないから、メイドの見習いだと思ったくらいだが……って……」


 ヴォルドの顔が見る見る赤くなっていく。


「……な、なぬっ!? 私がメイドの見習いに見えるだと? ヴォルドよ。それはいくらなんでも無礼であろう!?」


「うぐ……も、申し訳ありませぬ……!」


 大恥を掻いた格好のヴォルド。ざまあみろ。ロゼリアは少々気の毒だが。


「まったくそうですわ。ヴォルドったら、そんな正直なことを言ってしまって。本当に、間抜けな小娘にしか見えないといえば、レーテも同様ですけど。オホホ……!」


 正妻のシアは頬に手を当てて高笑いしたが、レーテとヴォルドに睨まれてその顔は死体のように青白くなっていた。


「シア。気にしないでください。あなたのような阿婆擦れよりはマシですから」


「な、な、なんですってええぇっ……!?」


 いいぞ。レーテの応酬によってどんどん険悪なムードになってきている。


 さすがに慌てたのか、クロードが焦った様子で立ち上がった。


「お願いだからやめてよ、母上も義母上も。無能だからと幽閉されてるルードなら、今までみたいにいくらでも虐めていいけど……」


 弟が言い終わったのち、口を押さえてハッとした顔になる。それを傍らで見ていた家庭教師ヘラはショックの余りか白目を剥いていた。


 周りがどよめく中、侍従のロゼリアが怒り心頭の表情でメモを取っているのが印象的だった。


『トゥルーマウス』というテクニック、恐るべし。俺はそれについて自分で話したわけじゃないので、死亡フラグに触れたとはいえない。実際、『レインボーグラス』で確認してみたら消えていた。もうバレたわけだしな。


 これでグラスデン家の評価は、自分を除いて大幅に急落することになる。爵位の降格まではないだろうが、実に愉快だ……。

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