第14話 訪問者


『ルードよ。私は多忙なゆえ、後ろ髪を引かれる思いだが、しばらくここを離れる……。私が傍にいなくて死ぬほど寂しいだろうが、どうかしばらくの間我慢してくれたまえ!』


『……』


 そんな一方的すぎる言葉を残し、侍従ロゼリアが王城へと帰還してから数日が経過した。


 それでも、彼女によれば多忙な割に近いうちに正式な形でこの屋敷を訪問するとのこと。なんの目的で来るのかっていうと、長男の俺への虐待について父のヴォルドや正妻らに問いただすためなのだという。


 その気持ちはありがたいんだが、どうせ連中はなんのことかとしらばっくれるはずなので、いくら問い詰めても無駄だろうとは思う。


 ロゼリアがいくら心を読めるといっても、それが証拠として正式に採用されるのは難しいように感じるしな。


 まあ、ロゼリアは明るいキャラだから、彼女が来てくれたらここがさらに華やかになるのは確かだ。多分俺のいる倉庫にも寄っていくだろう。


 なので、もし来るなら倉庫内を片付けて待ってるから事前に伝えてほしいと俺が言ったら、『ルードよ、そんなに私に好かれたいのか……。すっかり惚れたのだな、この変態っ!』とニヤニヤしながら詰め寄られてしまった。


 当然、その辺は『多分違うと思う』とやんわりと否定した。『絶対に違う』と言いたかったが、なんせ相手は侍従だから思いとどまった。しかし、まさかあんなはっちゃけたキャラだったとは。


 それにしても、なんだかがする……。ってことは、いつの間にか死亡フラグが増えてる可能性もあるので一応『レインボーグラス』で見てみるか。



 名前:ルード・グラスデン

 性別:男

 年齢:15

 魔力レベル:2.5

 スキル:【錬金術】

 テクニック:『マテリアルチェンジ』『レインボーグラス』『ホーリーキャンドル』『クローキング』『マンホールポータル』『インヴィジブルブレイド』『スリーパー』『ランダムウォーター』『サードアイ』


 死亡フラグ:『呪術に頼る』『幽閉の件を家族の前で侍従に話す』



「……」


 お、本当に増加していた。


 幽閉の件について、みんなの前でロゼリアに話すだって? そんなフラグが立ったってことは、本当に近いうちにロゼリアがこの屋敷へ来訪するってことなのか。


 家族全員が集まる機会があって、なおかつ口にチャックをするしかないってことなんだろうがなんとも癪だな。


 とはいえ、俺の魔力レベルが2.5で、父のヴォルドの魔力レベルが3.9だから、逆らえばどうなるかは火を見るより明らかだ。ロゼリアにやつらの悪事を告白した時点で、俺はその後事故に見せかけて謀殺される運命なんだろう。


 なので暇さえあれば魔力レベルを上げたいところだが、最近はまったく上がらなくなってきている。


 というのも、狩っていたのが動植物を変換した同じレベルの魔物ばかりだったせいか、いくら倒しても上がらなくなったんだ。その数を増やして倒しても効果が薄かった。数よりも種類やクオリティのほうが大事みたいだ。


 かといって、森にいる生き物をすべて魔物に変換できたってわけでもない。どうやらそれをやるには魔力レベルが足りないらしい。技能変換についてもそうだ。まだ能力に変えられてないアイテムは倉庫に山ほど残されている。


 そういう経緯もあり、俺は『マンホールポータル』を使い、祠で魔力トレーニングをしてみようと思い立った。実戦経験を積んだ今なら、あの場所で訓練することで魔力レベルが上がりそうな気がしたからだ。


「あ……」


 俺はそのとき、視界の片隅に置いた『サードアイ』が異変を示すのがわかった。誰かがこっちへ近づいてくるのが見えたんだ。


「なっ……!?」


 一体誰かと思ったら……倉庫へと歩いてきたのはだった。


「久しぶりだな。元気にしていたかね」


 大勢のメイドらを引き連れ、これでもかと威厳を漂わせながら倉庫に入ってきたのは、なんと父親のヴォルド・グラスデンだった。


「と、父さん……」


 こんな外道に父さんなんて口が裂けても言いたくないが、そこは仕方ない。今は渋々でも従ってるように見せかけないと、色々と不都合なことになりそうだからな。


 この世界で後々成り上がるためにも、伯爵という位は維持しておいたほうがいい。


「……父さん、か。フン。貴様如きに父親呼ばわりされたくはないものだが、今回だけは特別に許してやろう。ありがたく思え」


「え……? それはどういうことでしょうか……?」


「お前たち。やつの小汚い服を着替えさせろ」


「「「「「はっ、ヴォルド様!」」」」」


「ちょっ……!?」


 俺は無表情のメイドたちに服を無理矢理脱がされ、正装に着替えさせられた。


「ルードよ。いかに能無しの貴様でも、食事をする場所くらいは覚えているだろう?」


「そりゃもちろん、覚えてます……」


「それなら、今宵になれば侍従殿が来訪する予定であるから、貴様も表向きは家族の一員としてそこへ来ることだ。幽閉の件はくれぐれも内密にするようにな。さもなくば、命はないと思え」


「……」


「愚か者めが、さっさと返事をせんか!」


「は、はい!」


 怒声を上げたヴォイドが身を翻し、メイドたちとともに颯爽と去っていく。


 なるほど。俺の服を新調して食事に誘ってくれたのは、そういう事情があったからなんだ。死亡フラグが出てたのもこのためか。


 普段倉庫に幽閉しておいて、こんなときだけああも平然と家族面をさせようなんてな……。予想できたことではあるが、さすがだ。さすがだよ、思わず、グラスデン家万歳、と叫びたくなるくらいの畜生だ。


 気づけば血の味が口の中に広がっていた。無意識のうちに唇を嚙んでいたんだ。食事会のことを実際に想像すると吐き気さえ催してくる。


 ……そうだ。どうせ行くなら、連中に一泡吹かせられるような能力を得るためにも、倉庫内の物を幾つか変換してみるか。


 ただ、最近は全然引っ掛からないんだよな。魔力レベル2.5とはいえ気力にも限界があるし、一つでも技能変換できればいいんだが……。


「――ん、こ、これは……!」


 唐突にウィンドウが出てきて、そこに表示されたの効果を見て俺はハッとなる。


 どう考えても、今の状況に打ってつけの能力を獲得できたからだ。こりゃあ俄然楽しみになってきた。


 そんなわけで、嫌で嫌で仕方がなかった食事会は、一転して早く来てほしいと待ちわびるような一大イベントになりつつあった。これほど甘美なご馳走はほかにないだろう……。

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