第13話 理想の関係


 魔力レベルが2.5まで上がったということで、俺はアイラと一緒に丘の上で休憩していた。屋敷から近い場所にある丘に『マンホールポータル』で移動していたんだ。


 倉庫の前をいつでも監視できる『サードアイ』があるので、今ではどっちかが留守番する必要もない。


 ここは普段俺が幽閉されている倉庫とは雲泥の差で、風も時折吹いて心地いいし、見上げれば青い空と太陽が見える。


「ルード様、ここは最高の景色ですね……」


「だな。アイラ、これからも俺の傍でサポートしてほしい」


「はい、お手伝いしますねっ!」


 俺はアイラと笑い合った。まだ疲れもあるので、ここでもうちょっと休むとするか。横たわって目を瞑ると、とても心地がよくなってきた。こりゃ天国だ……。


「……う?」


 ハッとなって俺は目覚める。どうやらいつの間にか寝ちゃってたみたいだな。


「アイラ……?」


 しかも、アイラの姿がない。俺が中々起きないからって、怒って帰っちゃったのかもな。俺も倉庫へ戻るとするか。


「あ……」

 

 そう思って立ち上がったとき、向こう側から楽し気な会話を耳にしてドキッとした。これはアイラの声だ。違う声もする。


 アイラのほかに誰かいるのか……?


 誰がいるのかと思って急いで丘を駆け上がっていくと、アイラとともに一人の少女が川辺の草むらに座っているのが見えた。


 桃色のシニョンヘアが特徴で、透き通るようなドレスを身に纏っている。


 細身のシルエットを強調するかのような服の胸元には繊細なレースとリボンが施されており、上品かつ可愛げのあるアクセントになっていた。


 というか、あれは一体誰なんだ? ゲームでも見たことがない。


 アイラの友人、あるいは妹的な立ち位置の子だろうか?


 ……あ、こっちに気づいたのか、アイラと隣の少女が立ち上がって手を振ってきた。


 俺に無断で、ここに勝手に人を入れるなんて……と思ったけど、あれくらい小さな子なら問題なさそうだな。とはいえ、一応アイラに事情くらいは聞いておかないと。


「おにーちゃん!」


「なっ……!?」


 少女がドレスと笑顔の両方を輝かせ、嬉しそうに駆け寄ってきたかと思うと、ためらうこともなく抱き着いてきて俺は戸惑う。


 お、おいおい。というかだな、おにーちゃんってなんだよ。それも、やたらと手慣れてる感じ。いや、そりゃ悪い気はしないが、いくらなんでも人懐っこすぎだろ……。


「え、えっと……君とは初対面だよね?」


「うん! おにーちゃんと会ったのはねえ、もちろん今日が初めてだよお。えへへ」


「……」


 一体なんなんだ……。アイラがその後方から苦笑しながら近づいてきた。


「まったくもう……。あざとすぎです!」


「う」


 アイラの突っ込みに対し、少女の顔が明らかに引きつる。あれれ。


「どうせいずれバレますから。観念しましょう。もう、侍従様ったら……」


「むぐう……」


「……」


 なんと、アイラによればこの子は侍従なのだという。


 原作のゲームにおける侍従っていうのは、アイラに命令している真の上司なわけだが、あくまでも脇役という設定だったからか、その姿は最後まで見ることができなかった。


 本来の意味での主人公にとっては、序盤のイベントの通過点でしかないっていうのもあるのかもしれない。


「ルード様、勝手なことをして誠に申し訳ありません。実は……」


 アイラが気まずそうに経緯を話し始める。


 彼女が侍従をマンホールハウスに連れてきたのは、グラスデン家についての報告を聞くうちに俺に会いたがるようになったからなのだという。どうしても断り切れずにこうなったってわけか。


「でも、ただ単に会いきたわけではないんです。ですよね、侍従様?」


「うむ、アイラ、もちろんだ」


 ありゃ、侍従の口調がガラッと変わった。やはりプロの仕業だったか。


「グラスデン家の連中が長男のお主に対し、あまりにも酷い扱いをしているとアイラから聞いて、それで不正をただす必要があると感じたのだ」


「なるほど……」


 ルードの精神が正常な状態が続けば、敵のはずの侍従でさえも味方になるってことなんだな。


 本来であれば、アイラの度重なる報告に対して侍従が決断し、闇落ちしたルードを討伐するように命じるという流れなんだろう。


「ただ、正式にグラスデン家へ訪問する前に、丘の上で落ち合う予定であった。そこでまずはお主が作った『マンホールポータル』というものを見てみたかったのだ! 確かに蓋を開けると倉庫へと続いておる。アイラの言う通り、素晴らしい能力だな!」


「そ、そりゃどうも……じゃなくて、ありがとうございます!」


 今更だが、俺はに気づいてハッとなり、咄嗟に侍従の前で跪いた。


 そうだった。侍従は貴族の中で最も王族に近い立場であり、王女の世話を任されている。伯爵の令息といえど、逆らったら命はない。


「いや、そう畏まらずともよい。楽にしなさい」


 侍従の前で畏まらないわけにもいかないが、そういわれたら嫌でも従うほかない。


「お主については、アイラからよく聞かされておるのでわかっておる。なるほど。確かにアイラの言う通り可愛いし応援したくなる顔だな」


「……じ、侍従様、意地悪ですよ!」


 侍従が含み笑いをしながら口にしたことで、バラされたのが嫌だったのかアイラが怒ってる。


 アイラによると、俺は可愛いっていう評価なんだな……。よくわからんと思ったが、そういや俺はこの世界じゃまだ15歳だった。


 それにしても、この二人はメイドと侍従の関係なわけで、普通だったらこんな口の利き方はできないはず。おそらく、長い付き合いだからっていうのもあるんだろう。理想的な関係性なのかもしれない。


「っと、そうだ。ルードよ、私のステータスを覗いてよいぞ? 既にそっちのステータスは拝見したからな。アイラの報告とは違って、大分隠蔽されているようだが」


「え……!?」


 侍従は鑑定スキル持ちだったのか。侍従はにやりと笑いながら俺に近づいてくると耳打ちしてきた。なんだ?


「……お主、アイラに気があるのだろう?」


「う……」


「くくっ、安心したまえ。照れ臭いだろうから真実をアイラに話すことはない。さあ、次はルードの番だ」


「……じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


「うむ。さあ、ルードよ。私の全てを、欲望のまま思いっきり覗くがよい!」


「……」


 いや、俺が白い目で見られるようなことは言わないでほしい。頼むから。既にアイラもちょっと引いてるし。



 名前:ロゼリア・ネフタルト

 性別:女

 年齢:23

 魔力レベル:2.7

 スキル:【慧眼】

 テクニック:『鑑定眼』『鋭い視線』『俯瞰』『心眼』



 なるほど、【慧眼】か。調べるとわかるが、魔法系スキルなんだな。


 これは鑑定系のスキルの中でもトップクラスだろう。それでも俺のステータスを覗けなかったのは、情報を隠蔽できる『クローキング』があったからこそだな。アイラの報告と違うから嘘だってわかってるってだけで。


 ロゼリアのテクニック『鋭い視線』ってなんだと思って調べたら、一応魔法攻撃とのこと。目が光りそうだ。『俯瞰』は視点を自分を見下ろす格好にできるらしい。便利だが酔いそうだな。


『鑑定眼』は相手のステータスを、『心眼』は相手の心の中を大雑把だが把握できるテクニックらしい。恐ろしい……って、それじゃあ俺は本当にアイラに気があるってことなんだろうか? そんなこと、いまいち自分じゃよくわからないが……。


「ルードよ、私の名前は見たか?」


「はい。ロゼリア様ですよね」


「うむ。これからはロゼリアと呼びなさい。ロゼでもオーケー。敬語もなしだ。堅苦しいのは肩が凝るのでな!」


「りょ、了解……」


「それと、だ。ルードよ。私は、他人の物が無性に欲しくなる性分でな……」


「えっ……他人の物って……?」


「アイラの物。すなわち、お主のことだ」


「なっ……」


「うぅ……侍従様ったら……もう、知りません!」


「ははっ、御冗談を……って!?」


 そこで、俺はロゼリアから頬にキスをされてしまった。おいおい、積極的すぎるって。


「ルード様、驚かれた顔をして、どうされたんです?」


「あ、いや、アイラ、なんでもないんだ……」


「くくっ。ルードよ、二人だけの秘密にしておこうではないか」


「……」


 ロゼリアが何もなかったように笑ってるし、まさに小悪魔だな……。

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