第12話 腕試し


 俺は『マンホールポータル』を使い、倉庫から郊外の森へと移動することにした。


「よいしょっと……」


 マンホールから森の前の茂みへ着地し、俺は目の前に広がる木々を見上げる。名もなき森だが、ここへ入ったとき少しだけ懐かしい気持ちに浸ることになった。


 王都ベルツヘムの教会でスキルを付与される際、俺は前世の記憶を思い出したが、だからといって今世の記憶が失われてるわけじゃない。


 幼い頃に父親から酷く叱責された俺は、一度だけ吸い寄せられるようにここへ来たことがあるのを思い出したんだ。ただ、怖くてすぐに引き返したのだけは覚えている。


 なんでまたここへ来たのかっていえば、基本テクニックの『マテリアルチェンジ』が強化され、生き物を魔物に変化させる能力を得たからそれを試すためだ。


 森の中なら色んな生物がいるだろうし、人の姿もないので思う存分魔物と戦って実戦経験を積めるチャンスだからな。


 原作だと、悪役貴族ルードは『マテリアルチェンジ』によって動植物を魔物に次々と変えていったんだ。


 もちろん、その計画はアイラを通じて王国側に見破られており、ルードは主人公によって魔物ごと倒される運命になるわけだが。


 そういう意味じゃ俺も同じ技を使ってるものの、場所も目的もまったく違うから問題ない。そんなわけで俺は森に生息してるであろう蟻や蝶を探してみる。


 お、いるいる……。


『レインボーグラス』の効果もあり視力が高いおかげで、そこまで近づかなくてもカエルや芋虫、さらには蟻の姿を確認できた。まずは蟻にするか。


「グギギ……」


「なっ……!?」


 耳障りな音が響き、周囲が暗くなった。巨大な蟻が、俺を見下ろしていたのだ。


 おいおい、こんなに大きいのか。聞いてない……。


 それでも、魔力があるおかげか俺は即座に冷静さを取り戻すことができていた。名前はキラーアントだっけか。魔力レベル2.0~4.9まで存在する下位の魔物のうちの一匹だ。ゲーム内で戦ったことはあるが、リアルとなればもちろん初体験だ。


「グギイイイッ!」


 キラーアントの顎が目睫まで迫ってきて、鋭い牙が煌めいた。あの強靭な顎で噛まれたら命はない。俺は死を覚悟しつつも、咄嗟に『インヴィジブルブレイド』を使う。


「……」


 あれ、巨大蟻が襲ってこなくなった……と思ったら、バラバラになった。そうか。今の俺は魔力レベルが高いからそれだけ効き目があったってわけだ。下位とはいえ、魔物を倒せたのは自信になった。


 しかも、キラーアントを倒したら普通の蟻に戻った。つまり、数が減るのを気にせずに何度でも挑戦できるってことだな。


 さあ、もっと色んな生き物に試してやろう。今度は一本の小さな木を魔物に変換してみることにした。お、いきなり成功した。


「フオオォォッ……」


 3メートルを優に超える大樹へと成長したかと思うと、木の中心に空洞が三つできて顔の形が出来上がる。


 模様が顔に見えるパレイドリア現象、あるいはシミュクラ現象でもなんでもなく、普通に笑っていて不気味だった。これはデーモンウッドと呼ばれる下位の魔物だ。


「ぐはっ……!?」


 やつは枝を鞭のようにしならせ、俺は避けられずに弾き飛ばされた。


 素早く立ち上がるも、やつはタコの触手のように無数の枝をこっちに伸ばしてくる。おそらくあれで全身を縛り付け、俺を絞め殺すつもりだ。


「フシュルルルッ」


「させるか!」


 俺はそのたびに『インヴィジブルブレイド』を使って枝を切り刻むが、再生能力がやたらと高くていくら切ってもきりがない状況。この技は自分の周辺にしか強い効果を及ぼせず、距離の離れた相手だと威力が弱まる。何よりこのままじゃ気力が持ちそうになかった。


 近づくことさえできれば、その分威力が上がるので本体ごと切り刻むことができるんだが、大量の枝が邪魔してきてどうしようもない。


 一体どうすれば……っと、そうだ。俺にはもう一つ攻撃用のテクニックがあったじゃないか。あれを使おう。『ランダムウォーター』だ。


 すると、俺の手元から熱い水の塊が出現し、不規則な動きでデーモンウッドに向かっていった。


「グボオォォッ……!?」


 それがやつの顔面に命中し、空洞を伝って内側から破壊していった。


 物凄い威力だ。そういや、熱湯ってただでさえ植物に強いんだっけか。このテクニックも『インヴィジブルブレイド』と同じく、かなり使えそうな技だと感じる。


 ランダムという名の通り、水の動きを予測できないってところが鬼に金棒だ。遠距離の相手にも威力が落ちないところがよい。


 ただ、不規則な動きをする分標的に命中するまで時間もかかるので、近距離の相手には『インヴィジブルブレイド』、遠距離の相手には『ランダムウォーター』が有効そうだな。




◆◇◆




「……はぁ、はぁ……」


 あれから、蝶やカニ、カタツムリ、蜘蛛等、色んな生き物を下位の魔物に変換して戦闘訓練を重ねた結果、俺はなんと魔力2.3から2.5に上がった。


 まさか、たった数日でこんなに上がるとは……。一か月で0.3しか上がらなかったことを考えたら目覚ましい成果だ。


「……はっ……」


 いつの間にか、後ろに誰かいると思って振り返ったら、なんとアイラが立っていた。


「ルード様……これは一体どういうことですか……?」


「ア、アイラ……ま、待ってくれ。違うんだ、これは……」


「ププッ……」


「え……?」


「ご、ごめんなさい。ルード様があまりにも真剣な顔をして謝るので、つい……」


「ど、どういうことだ、アイラ?」


「ルード様の意図はちゃんと理解してますから、大丈夫です。魔物と戦闘訓練をされているのは、ずっと見ててわかりますから」


「えぇ……? ずっと見てたって……」


 俺はこう見えて、魔力はそこそこある。いや、むしろ今は2.5だから高いほうだ。なので、見られていてずっと気づかないはずはないんだが……。


「みゃー」


「はっ……!?」


 白猫のユキの鳴き声がしたかと思ったら、アイラの代わりのように足元にいた。


 ま、まさかこれって……。



名前:アイラ・ジルベート

性別:女

年齢:17

魔力レベル:1.6

スキル:【変装】

テクニック:『ボディチェンジ』『アニマルチェンジ』



「……」


 なるほど。彼女は祠で修行した結果、『アニマルチェンジ』ってのを習得して白猫――ユキに化けていたのか。それにしても随分魔力が上がったな……。


「ふふっ、ルード様、今日も甘えさせてくださいね?」


「アイラ……そんなにお仕置きされたいのか?」


「ふふっ。ルード様ー、ここまでおいでなさってください!」


「……」


「ル、ルード様が消えちゃいました……。ひゃっ……!?」


 俺は『クローキング』を使って回り込み、寸前で白猫に化けたところを捕獲してやった。まさかユキがアイラだったとはなあ。すっかり騙された。この悪い猫に首輪でもつけてやろうかな?

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