第5話 慈愛と修羅
俺はこの難局を打開する方法を思いついていた。それは、グラスデン伯爵家にいるメイドの一人、アイラに接触することだ。
彼女は【変装】スキルを持っていて、王家に仕える侍従から、反乱の企てがないか監視するように命令されている間者でもある。いわゆる見張り役を兼ねているというわけだ。
というか、実はもう俺に対して接触してきている。愛想も性格も悪いほかのメイドたちと違い、深夜になるとこっそりパンや果物を差し入れてくる気立ての良い人物。それがアイラの正体なのだ。
原作でも、不遇な境遇のルードのことを心配して、よく施しを行っていた。その結果、皮肉にもそんな彼女がルードの秘密を知ってしまう。
彼女は呪術をやめるようにとルードの説得を何度も試みるも上手くいかず、やむを得ず密告者となる道を選択した。そうしなければ、グラスデン家だけでなく、多くの人々に被害が出ると考えたからだ。
それによって闇落ちしたルードの悪事の数々が白日の下にさらされ、侍従の命を受けた主人公によって倒されてしまうという
その際、主人公にルードの遺した日記帳を読んでもらおうと渡したのがアイラなんだ。せめてもの償いに、哀れなルード様の亡骸を丁重に葬ってあげてくださいと。
『私にもっと力があれば、お慕いしていたルード様を救えていたかもしれません。そんな未来を見てみたかったです』と彼女は目に涙を堪えながら気丈に話すのだ。
アイラはメイドとして潜伏していたことで、ルードがどんな酷い扱いをされているのか嫌というほど見てきているわけで、内心は穏やかじゃなかったはずだ。
だから、そんなアイラが望む未来を今こそ彼女に見せてやろうと思う。ルードに対して気の毒だという感情がある一方で、私情を捨てて自身の仕事を果たさないといけない、その葛藤で揺れていたはずだからな。
「……」
俺は物音がして体を起こした。横になっていただけで寝ていたわけじゃないので音を拾うことができた。
どうやら夜更けになって例の人物がやってきたようだ。ゆっくりとドアが開かれるのがわかる。
そのタイミングを見計らって、俺は閉められないように入口に体を挟み込んだ。
「なっ……」
俺はその姿を見て思わず息を呑んだ。誰が見ても兵士の男の姿だったからだ。
一応、アイラかどうか『レインボーグラス』で確認する。
名前:アイラ・ジルベート
性別:女
年齢:17
魔力レベル:1.2
スキル:【変装】
テクニック:『ボディチェンジ』
やはり、兵士の正体はアイラだった。俺が起きていたことで驚いた様子だったが、すぐに平静な表情に戻った。
「失礼いたしました。ルード様があまりにも気の毒なため、差し入れを……」
そう小声で呟くとともに、真っ赤なリンゴを差し出してくる兵士。
姿も声色もまさに男そのものだ。さすが、【変装】スキルというだけある。
目に見えるような成果が出辛い中でも、地道に魔力を鍛え続けていくうちに、このクオリティまでテクニックの『ボディチェンジ』引き上げたんだろう。
っと、いつまでも感心してる場合じゃないってことで、俺は本題を切り出した。
「あんたはアイラだな」
「な、何故それをっ……!?」
信じられないといった顔を見せるアイラ。
「静かに。悪いようにはしない。詳しいことは中で話すから、入ってくれ」
「……」
小声で訴えた俺に対し、アイラは一瞬躊躇した様子を見せたものの、まもなく頷いて素直に応じてくれた。
そのあと、俺はアイラに今までの経緯を正直に話すことにした。
密かにトレーニングを重ねたことで魔力レベルを上げ、その結果【錬金術】で物を変換し、相手の正体を把握できる術を得たのだと。
もちろん、前世のことは伝えてないし、訓練した場所も教えてない。それを話すと長くなるし面倒なことになるかもしれないからな。
「なるほど、よくわかりました。ですが、何故そのような訓練を? ハッ……まさか、一家に恨みを果たすため……?」
「いや、違う。家族とはいえ、確かにやつらに恨みはあるし懲らしめたいが、皆殺しにしようとまでは思っていない。俺は自由になりたいだけなんだ。すべてのしがらみを断ち切ることができるくらい、強くなりたいんだ。だから、頼む。俺に力を貸してくれ……」
「……確かに、彼らはあなたにとても惨いことをしています。家族に手をかけるのは国賊になってしまうのでダメですが、懲らしめるくらいなら全然いいと思います。ただ、それを信じるとして、私は具体的に何をすれば……?」
「夜になって俺が訓練している間、あんたにはここで俺の姿になって留守番をしてもらえるだけでいい」
俺は兵士姿のアイラの両手を握り、その目をじっと見つめた。
ん、なんだ? アイラがびっくりした顔をしたかと思うと、頬を紅潮させた……って、そうだ。彼女はこんな姿をしているが、実際は少女だったんだ。
「……す、すまん」
「い、いえ、まったく問題はありません。ちょっと驚いただけですから」
アイラは気まずそうにそう呟くと、立ち上がってまったく別の姿に変わった。
「おぉ……」
思わず声が出てしまった。
小窓から月光が窮屈そうに忍び込む倉庫内、肩ほどまである雪のような白髪の少女は、その微妙な光に照らされてなんとも神々しく見えたからだ。
紺色のリボンにカチューシャにエプロン。メイドの格好をしたその姿がアイラ本来のものだが、慈愛と修羅が同居するかのような佇まいには畏怖の感情すら覚えるほどだった。
アイラの存在がルードの死亡フラグに関係するゆえなのか、それとも彼女の魅力が自分の琴線に触れたのかは判然としないが。
「ルード様……恐縮ですが、もし裏切ったら絶対に許しません」
アイラは俺の耳元でゾッとするような台詞を囁いたかと思うと、一人の人物に化けた。
これは……見覚えがあるぞ。俺の姿だ。そうか、俺を信じてくれるんだな。
「ありがとう、アイラ。俺が裏切るようなら、すぐにでも見捨ててくれ」
俺はそう言い残すと、アイラの返事を聞かずに『マンホールポータル』を使って例の祠へと移動した。アイラのサポートのおかげで、思う存分に魔力を鍛える時間がまたやってきた。
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