第4話 マンホール


「はあ。腹が減ったな……」


 あれから、グラスデン伯爵家の俺に対する扱いはますます酷くなるばかりだった。


 メイドたちの監視の目は強くなり、提供される食事の量も徐々に減っていき、最近は庶民どころか家畜の餌のほうがまだマシだと思えるほどだった。


 それでもトイレへ行くくらいなら許されてるんだが、勝手に外出しないようにと行動をほぼ常に監視されている状態なため、例の祠で魔力を鍛える訓練もできていない。屋敷内や庭で訓練なんかしてもほとんど意味がないしな。


 とっとと例の祠へ行って魔力を鍛え捲ってレベル2にしたいのに……。そうすれば、俺は反抗する上で最低限の魔力を身に着けることができる。


【黒魔術】や【白魔術】といった、最初から魔力レベルが2になる当たりスキルに対抗するためには、それでようやくスタートラインに立ったといえるクオリティなんだ。


 もちろん、魔力の上がるメリットはそれだけじゃない。魔力が今より高ければ、物を変換したときにより良い効果の能力が得られる。


 当然魔法攻撃にも耐性ができる。飢えや痛みが和らぎ、疲労にも強くなる。疲れにくくなるということは、一日のうちの『マテリアルチェンジ』の試行回数が増加するってことで、デメリットなんてなくて良いことばかりなんだ。


『マテリアルチェンジ』といえば、気力が大分回復してきたこともあってそろそろ使えそうだと感じていた。ステンドグラスや燭台を変換してから一週間くらい経過したっていうのも大きいんだろう。


 これからさらに食事の量を減らされる可能性を考えれば、早めに手を打っておかないといけない。


 そう考えると、狭い倉庫に幽閉されてるのは却って都合がいい。ここには色々と変換しがいがありそうなものが沢山眠ってそうだからな。原作でルードがこっそり外出できていたのは、おそらくそういった能力を早い段階で得ていたからなんだろうし。


 そういうわけで『ホーリーキャンドル』を使って周囲を明るく照らすと、俺は倉庫内を物色し始めた。箱が幾つも積まれており、その中に収納されているものに『マテリアルチェンジ』を片っ端から使っていく。


「ごほっ、ごほっ……」


 埃を被ったボロボロのマントを変換しようとしたら、ウィンドウが現れた。どうやら成功したらしい。


『クローキングを習得しました。身体能力は大幅に下がるものの、その間は姿を暗まして歩くことができます』


 おぉ、こりゃ今の俺にピッタリのテクニックだな。身体能力が下がるってことで、それだけ負担も大きくなりそうだが、誰にも見られないように屋敷の外へ出たいときには必須の能力だ。


 実際に『クローキング』を使ってみると、自分の姿がスッと消えるのがわかった。手や足を見ても実体が見えないんだ。かなり体が重くなるが、これならまずバレないだろう。


「この蓋みたいなのは……もしかしてか……」


 特に目を引いたものがあった。マンホールらしきものだ。かなり古びたもので変色しているが、間違いない。とはいえ、これが一体どんな能力に化けるのか想像もできないのも事実だ。


「……」


『マテリアルチェンジ』を使えるのも、やはり体感的にもあと数回。変換せずにスルーしようかとも思ったが、これも何かの縁かと思い、テクニックに変えてみることにした。


『マンホールポータルを獲得しました。既に行ったことのある場所を想像することで、マンホールを通してそこへ直接移動できます』


 へえ。中々良い効果じゃないか。試しに使ってみると、地面にマンホールが出てきた。


 蓋を開けたところ、真っ暗だ。場所を指定してないからっぽい。


 それなら試しにとばかり、この屋敷の庭を想定してから蓋を開けてみると、真下に広大な庭園が広がっていた。


 こりゃ便利だ。トイレへ行くときもいちいちメイドたちが跡をつけてくるから鬱陶しかったんだが、このテクニックがあることでトイレを連想すればやつらに見られることもなく直接行けるようになる。


 そうだ。例の場所にも行けるのかと思ったら、想像するだけで庭があの小さな礼拝堂に変わったので驚いた。若干気力は消耗するが、デメリットといえばそれくらいだ。


 こんな便利な能力なら幾つでも欲しい。ボロマントとマンホールの二つを能力に変換したことで大分疲れたが、あと一回ならなんとかいけそうだ。チャレンジしてみよう。


「ん、これって、あれか……」


 何か良いものがないか探してると、幾つも積まれてある箱の一つのうち、その中からグリップのようなものを見つける。


 柄があるだけで刀身の部分はどこにも見当たらない。さすがに俺に利用されることを考えたら危険物は置かないか。もし自害でもされたら俺を虐待し続けることができなくなるからな。


 これがグラスデン伯爵家のやり口なんだ。恥部を隠すためにと長男を倉庫に幽閉しつつ、だからといって完全に閉じ込めることもなく、一縷の希望を残して生かさず殺さずでいじめて楽しむ。


 身内をストレス解消のはけ口にするなんて、悪逆非道で狡賢い連中の考えそうなことだ。


「……」


 待てよ? これを能力変換すると面白いかもしれない。成功すればの話だが。


「『マテリアルチェンジ』」


『インヴィジブルブレイドを習得しました。見えない刃で攻撃することができます。ただし、相手との距離が離れれば離れるほど威力は低下します』


「おおおっ」


 連続で変換に成功し、ウィンドウにはそう表示されていた。見えない刃で攻撃できるのか。どう考えても避けにくいし、遠距離相手には効果が薄そうだが上々の効果に見えるな。刀身がないのが功を奏したわけか。なるほど、こりゃ面白い。


 廃品のようなものでも、能力として再利用できるのならいうことなしだ。廃品魔法とも呼べるのかもしれない。


 むしろ、俺のように倉庫に閉じ込められて不遇な扱いをされている分、廃品のほうが特異で優秀な能力に変化してくれるかもしれない。


「……うっ……」


 とはいえ、何度も変換を試みた影響か滅茶苦茶疲れた。眩暈がして倒れそうになったほどだ。


 なので当分、一週間くらいは『マテリアルチェンジ』を封印する必要がありそうだが、それでもかなりの成果があったので満足だ。


 さあ、あとは深夜になったら屋敷を出て、例の祠へ『マンホールポータル』で行こうと思ったが、一つ致命的な問題があるのに気づく。


 それは何かっていうと、夜更けであってもメイドはたまに確認しに来るわけで、ここに俺がいないとわかれば俺が外出したことがバレてしまうってことだ。


 自分が留守の間、どうするべきか……って、そうだ。


 俺はそこでを思いついていた。ゲーム知識があったからこそ閃いたといえるものだ。


 これならいけるかもしれない。成功できるかどうかの確信はないが、試してみる価値は大いにあるといえるだろう。

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