第3話 ステータス


「おぉ……」


 グラスデン伯爵の屋敷から少し離れた場所にある渓谷、霧に包まれた岩場。


 その頂上で月光に照らし出された祠は、想像以上に雰囲気があり、神秘的な空気を際限なく醸し出していた。


 蔦や雑草まみれのひび割れた階段を上っていくと、小振りな礼拝堂の入り口まで辿り着いた。窓や扉は無残に破壊され、奥には祭壇と燭台があった。


 そこには聖人の肖像画や書物等の聖遺物もあったはずだが見当たらない。おそらく盗賊にでも侵入されて盗まれたんだろう。それを裏付けるかのように所々に大きな亀裂が目立っている。


 ただ、亀裂の入ったステンドグラスの窓を見ると、相当な高位の聖人が祀られていたことを窺わせたし、溢れ返るような強いエネルギーも感じさせた。


 かつてはここに信者たちが集まって祈りを捧げていたのだろうが、今はその信者すらも逃げ出してしまった格好らしい。


「……」


 祭壇の前で跪いた俺は、燭台を動かそうとじっと見つめた。


 もちろん魔力レベル1の俺がやったところで動くわけはないが、この場所でそう意識することによって精神が研ぎ澄まされ、魔力が一層鍛えられるのだ。


「うっ……!?」


 俺は思わず体を仰け反らせた。エネルギーの塊が体の奥から溢れ、生き物のように暴れてる感じなんだ。これが魔力の源か。


「あ……」


 それはあっさり体の外に逃げてしまったが、少しでも制御できれば燭台程度なら動かせるようになるんだろう。そして、この一連の作業こそが魔力を鍛えるということなのだ。


 普通の場所で訓練するなら出てくる魔力も弱いんだろうが、それが体の中で暴れるほどの勢いってことで、期待感は増すばかりだった。


 そういや、ゲームでも魔力の上がり方が反則級だと言われていたほどだった。ここなら、しばらく通えば魔力が少ない俺でも大きな魔力を得られるかもしれない。



「――ふう。ここでの修行も大分慣れてきたな……」


 そうして、祠に通い続けておよそ一か月が経過した。


 今じゃ燭台くらいなら宙に浮かせることができるし、俺は手応えを感じていた。もしかすると、魔力レベルが少し上がったのかもしれない。


 魔力レベル1から鍛錬すればすぐ2になるわけじゃないが、そこへ近づいてきていると思えたんだ。


 普通の場所で訓練した場合、魔力レベルは一年で0.1上がればいいほうだって言われている。でもここは違う。


 そうだ。魔力が上がってるかどうか、確認する術はあるかもしれない。


 ここへ最初に来たとき、ひび割れたステンドグラスの窓に対して『マテリアルチェンジ』を使ったが、何も起きなかった。なので今回成功すれば魔力が上がってるってことだ。お、ウィンドウが出てきたから成功したな。


『グラスがレインボーグラスに進化しました。視力が飛躍的に上昇し、自身や相手の魔力やスキル、テクニックを調べることができます』


 へえ、要するに鑑定眼みたいな能力か。既存のテクニックがさらに進化したんだな。しかも、別種類のアイテムを変換したのに。


 どうやら、同じ系統のテクニックだと融合・進化する仕組みになるみたいだな。これならテクニックが増えすぎてゴチャゴチャせずに済む。


 そうだ。あの燭台をテクニックに変えてみるか。これも最初に試したときはダメだったんだよな。


『ホーリーキャンドルを習得しました。聖なる光を出現させ、周囲を明るく照らし出し、魔物を遠ざけることが可能になります』


 よーし、覚えることができた。習得したばかりの『ホーリーキャンドル』を使ってみる。すると青々とした小さな炎が出現し、祠内が信じられないくらい明るくなった。


 こりゃいい。魔除けの効果もあるし、本当に魔法使いにでもなった気分だ。これと『レインボーグラス』を合わせると、夜でも遠くの景色が見渡せそうだ。


 早速『レインボーグラス』で自分の現在のステータスを測ってみる。



 名前:ルード・グラスデン

 性別:男

 年齢:15

 魔力レベル:1.5

 スキル:【錬金術】

 テクニック:『マテリアルチェンジ』『レインボーグラス』『ホーリーキャンドル』



「……」


 俺はしばらく言葉を失っていた。素晴らしい。たった一か月で魔力が0.5も上がるなんて信じられない。この調子でここでずっと鍛えていけば、魔力レベル2も全然夢ではないと感じる。


 魔力レベル1とレベル2には人生一個分の違いがあるといわれている。それだけ、努力では埋められない圧倒的な差があるわけで、だからこそ最初からそれを得られる魔法系スキルは重宝されるんだ。


 こういう荒廃した祠で魔力を鍛えるなんて発想は容易に生まれるはずもないし、前世のゲーム知識に感謝だな。


 魔力レベルが1.5なら、【錬金術】スキルの効果も大いに上がるはず。


 なので、『マテリアルチェンジ』でもっと何かをテクニックに変えようと思ったが、立て続けに変換したせいか限界だと感じた。


 それに、一か月に渡る訓練でかなり疲労したので、休憩を挟んでからにしておいたほうがよさそうだ。


 正直、これまでかなり無理をしていたのも確かだしな。ここで倒れてしまったら本末転倒だ。順調にいっているときこそ怪我をしやすいというし、一喜一憂せずに慎重に行動せねば……。




◆◇◆




 魔力レベルが1.5になった翌日の朝。


 俺が幽閉されている倉庫――物置小屋へ、見るからに激怒した父親がやってきた。


「おいルード、貴様、聞いたぞ! ここ数日間、どこかへ出かけていたようだな!?」


「えっ……」


 バレてしまっているだと? 祠へ通っている間、誰かにつけられている気配は微塵もなかったが、屋敷を出るところを誰かに目撃されたんだろうか?


「父上っ、そんなに兄上を叱らないでやってください!」


 そこに、タイミングよく現れたのが弟のクロードだった。


 そうか、この男に見られていたのか。腹黒いクロードのことだ。俺の部屋の様子をこっそり窺っていたに違いない。


「クロードよ、こんなやつを庇うな。こやつはお前の兄でもなんでもない。ただの家畜かゴミムシだと思え!」


 ……なんとも酷い言われようだ。料理漫画で出てきそうなやつ。これが父親の台詞なのか?


「いいか、ルードよ。貴様は物覚えも悪いのか、それとも知能が低いのか、いまいち理解していないようだからよく聞くがいい。貴様は幽閉されている立場なのだ。夜だからといって、誰かに見られる可能性がある以上、家の恥を他人の目に晒すわけにはいかん。もしまた勝手に外へ出て行くようであれば、命はないと思うがいい!」


 大声で一方的に怒鳴り散らしたかと思うと、ずかずかと大股で立ち去っていく父。時折聞こえてくるメイドたちの失笑から、周りが聞き耳を立てている様子が丸わかりだ。


 ……むかつくので『レインボーグラス』で父のステータスを覗いてやろう。



 名前:ヴォルド・グラスデン

 性別:男

 年齢:52

 魔力レベル:3.9

 スキル:【黒魔術】

 テクニック:『アイスボール』『コールドフォグ』『フリージングウェーブ』『アイスストーム』『デッドリーフロスト』『フェンリルバイト』



「……」


 3.9か。やはり相当なレベルだ。氷系のテクニックなのは印象通り。こっちとしては魔力レベル4を目指す必要がありそうだな。良い目標になる。


 父の姿が完全に見えなくなったのち、クロードは振り返って涼しげな笑みを浮かべてきた。つい最近、15歳の誕生日になり【白魔術】スキルを得た影響か、腹黒度はかなり増している様子。


「ごめんね、兄上。告げ口しちゃって……」


「クロード、何を考えている?」


「……ん、別に大したことは考えてないよ? 兄上が何かしでかさないか、部屋を監視するようにメイドに頼んでおいたんだよ」


「……なるほどな。お前が見張っていたら、その邪悪な気配ですぐにわかっただろうしな」


「あ、弟の僕のこと、邪悪って言っちゃうんだあ。【白魔術】スキルってさ、一応攻撃魔法も覚えるみたいだよ? まあいいけど」


「クロード、俺の跡をつけさせなかったのは何故だ? 逃げられる可能性は考えなかったのか?」


「えー。兄上が逃げ出すわけないよ……。だって、僕たちに恨みを抱いてるのは見え見えだからね」


「なるほど。それでか。俺が何をしに行ったのかは気にならないのか?」


「……別に? 何をしようとしてるのか知らないし大して興味もないけど、もし何か企んでるんだったら無駄なことだよ。【錬金術】スキルなんかじゃどう頑張っても恥を掻くから、家に閉じこもってるしかないんだ。一生、ね。僕たちを恨みながら惨めに地を這って生きるといいよ」


「……」


 クロードは余裕の笑みを浮かべながら去っていった。俺がなんとかしようともがく姿すらも楽しんでる感じだ。なんていうか、原作のルードに深く同情してしまう。こんなどうしようもない屑一家じゃ、闇落ちしてでも復讐したいって思うはずだからな……。

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