第2話 試行錯誤
「な、なんだと? 【錬金術】スキルだと? ルードよ、もう一度言ってみろ!」
俺の父、ヴォルド・グラスデンが見る見る顔を赤らめていく。
「【錬金術】です……」
「うぬううぅ……どう見ても魔術系スキルではないな。それどころか、独り立ちもできないような特殊スキルではないか。なんということだ……」
「……」
真っ赤な顔で俺を睨視する父の目は、決して息子を見るような目ではなく、失望感と敵愾心に満ち溢れていた。
ここはもちろん、グラスデン伯爵の屋敷で、長細い食卓のあるダイニングルームだ。そこには弟だけでなく、第一夫人、第二夫人、その親戚らが顔を揃え、昼食を取っている最中だった。
誰が見ても怒っている父を除いてみんなもう笑いそうになってるし、家族というよりも全員敵なんだけどな。父を含めて。
どんなに仲が良い親子であっても所詮は他人。だから身内だろうがなんだろうが敵になりうるし、そうなったら対話は通じない。それは昔からの常識だ。
とはいえ、武力がない状態では何もできないし、発言力すらないのも事実。齢50を超えても、持病を持つ父のヴォルドの力は図抜けているからだ。
ヴォルドはまた15歳の頃に【黒魔術】スキルを受け取っており、その時点で魔力レベルはデフォルトの2。そこから鍛錬と実戦を重ね、全盛期の頃よりは衰えているが今でも驚異的な数字を維持できているらしい。ゆえに、逆らえば命はない。
なのでここは一旦ヘイトを受け止め、存分に力をつけたあとで発散するほうがいいだろう。
「ルードよ、貴様などもう私の息子ではない。ここに並べてある食器ほどの値打ちもないゆえ、精々恥をかかぬように倉庫に幽閉となるであろう! まあ、処分すらもできない家畜と同然だ」
「まあまあ、あなた。そんなにルードを責めたら可哀想ですわ。【錬金術】スキルというのは、さすがに褒めるところは一つもありませんけれど」
「……そうですよ、ヴォルド様。ルードも、わざとそんなどうしようもないスキルを獲得したわけではありません……」
正妻である第一夫人シアと、側室の第二夫人レーテが庇うような様子を見せつつも俺を巧みに責め立てる。顔には憐憫の色を浮かべても、心の中じゃゲラゲラと大笑いしてるくせにな。
「そうですよ、父上! 義母上、母上の仰る通りです。兄上をそんなに責めたら酷です。たとえスキルが大外れであろうとも、大切な家族の一員であることに変わりはないですから……」
俺と同年齢の弟クロードが涙を浮かべながら言い、周りから『まあ、なんて殊勝な心掛けなのでしょう』『兄とは出来が違う』『将来大物になるぞ』等、礼賛の言葉が飛び交った。
もちろん、クロードお得意のウソ泣きだ。そういうのも含めてこいつはやたらと腹黒い。やつの実母は側室のレーテだが、同類なのか正妻のシアからも気に入られている。
しかし、認めたくないが才能だけはあって。実際にこれから一か月後にクロードは教会で【白魔術】スキルを受け取る。
大当たりではないが当たりな魔法系スキルであり、最初から魔力レベルが2になるため、その時点で幾多もの凡人の群れを凌駕できる。
そんな経緯もあり、周りの連中が幽閉された俺に対して殊更にぞんざいな扱いをするようになる。
クロードは隠れて虫けらを踏みつけるように俺を見下してくる。捨てられて瘦せ細った野良犬のほうがまだずっとましなレベルで。
原作通りであれば、ルードが家族への恨みを募らせ、破滅の道へと向かうきっかけになるシーンだ。つまり、闇に落ちた貴族としてのシナリオが順調に進行するってわけだ。
しかし、今やルードの中身は別人な上、知識もあるのでフラグを折りまくれる。
それでも油断は禁物だ。本来なら俺は悪役貴族なのだからな。
そのため、フラグを折っていく過程で、この世界そのものが俺に本来の悪役的な行動を取るように誘導、すなわち調整してきてもおかしくないのだ。
たとえば、金儲けを企む商人が俺に復讐のための武器を売ろうとしてくるかもしれないし、貴族に恨みを持つ者が俺に悪事を働かせようと近づいてくるかもしれない。
俺は本来の意味での主人公ではないため、ゲームの強制力(主人公補正)というものを侮れないのだ。
ゆえに、完全にフラグを折るまでは決して警戒を解かないほうがいいだろう。
だが、ゲーム知識のある俺なら、死亡フラグを全て回避、あるいは折ることができる自信がある。
そんなわけで、俺はまず手始めにとある訓練場を目指すことにした。
っと、その前に【錬金術】スキルを試すか。基本テクニックであり、あらゆるものを能力に変換できるという『マテリアルチェンジ』を。
ただし、良いものに変換できるかどうかは現在の魔力に依存する。良い効果の能力であればあるほど、高い魔力を必要とするんだ。また、最初からなんでも変換できるわけではなく、魔力が低い間は種類も限られる。
「……はぁ、はぁ……」
椅子やテーブル、絨毯等、様々なものを変換しようとするも上手くいかず、精神的な疲労が蓄積するばかり。
スキルは使用するたびに気力を消耗するんだ。もうそろそろ限界が来そうだってことで、なんでも変換しようとするんじゃなくて目星をつけようと思う。
そうだな……俺はなんにしようか迷った挙句、父の書斎にある眼鏡をチェンジしてみることにした。なんか鑑定できそうな能力が手に入りそうだからな。鑑定系の能力は持っていたほうがいいと判断したんだ。
眼鏡に向かって『マテリアルチェンジ』を使用してみる。すると眼鏡は消えることなくウィンドウが表示された。
『グラスを習得しました。使用すると、視力が少し上昇します』
「……なるほど。ないよりはマシな程度か」
とはいえ、こんな効果だからこそ変換できたともいえる。魔力が少ない状態だと制限が多いってのがよくわかるが、これで逆に魔力が大きかったらどうなるんだと大いに期待できるのも確かだ。
とにかく、今は訓練して魔力を上げるのが最優先事項だな。魔力レベル1がデフォルトで、2を目指すことになる。
魔力を上げる訓練は、とにかく何かを意識して動かそうとすることだ。対象は植物でも石ころでもなんでもいい。これに尽きる。
それと、訓練なんてどこでやっても一緒かというと、全然違う。
ゲームでは、様々な訓練場を選ぶことができる。
たとえば『庭』、『丘』、『森林』、『草原』、『町』、『祠』。
『庭』っていうのは、俺の立場でいえばこの屋敷の庭のことで、嫌な身内に見られはするが、安全に訓練できる。ただし、魔力が上がるかというと、ほとんど上がらない。
『丘』は、見晴らしがよく風も吹くので、快適に訓練ができる。精神面で安定するので魔力は上がりやすい。ただし、足場が悪い上にたまに突風が吹くので危ない。
『草原』や『森林』は、自然豊かで魔力もその分上がりやすいが、動物や下位の魔物がちょっかいを出してくる恐れもある。動物はまだしも、魔物に遭遇したら下位であっても無事じゃ済まない。
『町』だと人々の気が集まっているし、動かす対象も豊富なので魔力の上がり方はここまでで一番だが、ぼんやりしてるとゴロツキに絡まれたり、盗賊に持ち物を盗まれたりするから要注意だ。
『祠』は、忘れられた場所にあるような、何かを祀った小さな礼拝堂だ。半壊したような場所が特に狙い目で、エネルギーを強く放出しているため、魔力の上がり方はその分格段に強くなる。
そういうわけで、俺は『祠』を目指すことにしたのだった。確かゲームだと、グラスデン家の屋敷の最寄りにある祠こそが最高のスポットだったはず……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます