第10話 ハイレベルな男が感じた恐怖①

有馬は、今日も重要なプロジェクトに取り組んでいた。部下たちの進捗を確認し、クライアントとの交渉をこなし、次から次へとやってくる課題に立ち向かっている。だが、そのプレッシャーに疲れ果てた瞬間、ふと頭に浮かぶのは、学生時代に経験したアルバイトの記憶だった。


大学二年の長期休み、暇を持て余していた俺は、グ○ドウィルという派遣バイトに登録してみた。金には困っていなかった。親からの仕送りや奨学金で生活は十分だったし、いわば社会勉強の一環としてのバイトのつもりだったんだ。


だが、予想以上にその経験は、人生のターニングポイントとなった。あのバイトでさまざまな現実に直面し、社会の底辺を覗き見る衝撃的な体験をすることになる。それは、今でも心に深く刻まれている日々だった。


最初に配属されたのは、引越しのバイトだった。どっかの派遣がバックれて途中参加した俺は、現場で冷たい扱いを受けた。別の引越し先では、残業代がつくのかどうか派遣連中で話していたら、社員がニヤリと笑って言った。「つきませーん。残念でしたー」と。荷物が倒れそうになった時も、誰も支えずに見ているだけ。社員が「ぼーっとしとるねぇ」と、半ばあざけるように言った。


さらに、バイト仲間たちの口から飛び出す下品な言葉にも驚かされた。「お○んこくさい」とか卑猥なことを平然と口にする連中、ねちっこく暴力を振るう男、何も学ばず、ただその日を生きるためにバイトをしている人たち。彼らの中に自分がいることに、なぜか恐怖すら感じた。


勉強しなければ、周りも勉強しない連中で固められる。逃げ出すことのできない、ガラスの牢獄に閉じ込められたような気分だった。勉強や仕事を頑張らなければ、こうなる。これはただの教訓ではなく、身の安全を守るための恐怖として心に深く刻まれた。


「できなければ、リアルに身の安全は保証されない」


工場のバイトでの出来事も印象に残っている。工場で出会ったのは、いがぐり頭の男。どうして話したのかは覚えていないが、彼は見るからに自信がなさそうな、まさにローレベルな男だった。


その男と、ひとしきり世間話をした後、突然下卑た笑いを浮かべて、小指を立てながら尋ねてきた。「これいるんですか?」


「はい」と答えると、男は「あぁ、やっぱり……」と深く落胆した。その時の声のトーンと表情は、この先超えるものはないだろうと思ったほどだった。ちなみに、彼女がいるというのは嘘だった。見栄を張りたくなるお年頃だったのだ。


悪いことを言ったな、と気を使い、俺は「今は院生とかなんですか?」と話題を逸らそうとした。しかし、それがさらに男を追い詰めてしまった。


「いや、27歳、無職。最悪や」と、その男はさらに落胆し、史上最強の落胆ぶりが30秒後に更新されてしまった。まるでトドメを刺してしまったかのようだった。


今でも、あの時の経験を思い返すことがある。あの時、俺は何を学んだのか。社会の底辺を覗き見たことで、自分の目指すべきものがはっきりした。努力してハイレベルな人間と自分を固めること、それこそが人生を豊かにするための道だと理解した。


その経験が、今の自分を支えている。だからこそ、有馬はどんなプレッシャーにも耐え、前に進むことができるのだ。学生時代のバイトで得た教訓を胸に、また新たな挑戦に立ち向かっていく。

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