極短小説・いいだしっぺ
宝力黎
極短小説・いいだしっぺ
ルーリン総統は居並ぶ西側のマスコミを睨み回した。
「これは高度に我が国家の主権に関わる問題だ。西側の諸君は国際法がどうのと言うが、そもそもその国際法は君らが主導で作ったものであって我々の《ロトア連邦》には何の関わりもない。つまり、我々ロトアは諸君の言う国際法に縛られる義務も義理もないということになる」
一人の記者が手を挙げた。
「ですがルーリン総統、貴国もまた国際連動連盟に属しておられます。そしていま、西側が国際法を――と言われましたが、貴国が常任責任国である国際連動がこの国際法を認めていることを考えると、それはいかにも都合の良い強弁ではありませんか?」
ルーリン総統はフンと鼻を鳴らした。
「我々が国際連動の常任責任国なのは、当時の先勝国家群側から《頼まれた》からであり、言ってみれば付き合いでしかない。付き合い程度の関係で、国家の主権を疎かには出来んな。それとも君の国では可能なのかね?自分の身になった時、国際法がどうだから主権の侵害を看過するというのは」
記者は口をつぐんで着席した。
記者会見はルーリン総統の主張だけを垂れ流し、終わった。
その会見を見守っていた一人に、トルクレアの大統領であるポレゼンコがいた。国民の大半から支持されて大統領職に就いたポレゼンコだが、苦境にあった。圧倒的な軍事力で国境線を侵食し、新国境線を既成事実化しようと試みるロトア連邦に対して、武力の使用を躊躇っていたのだ。その躊躇いは総力戦となった際の国家の被害を想像したためだ。
「それがローカルバトル(局地戦)で収まっているうちは良いが、やればロトアに大義名分を与えかねない」
呟いたポレゼンコに、側近が言った。
「しかしやらねば体制は弱腰と国民に思われます。そうなれば左派の思うつぼで、大統領のお立場も――」
ポレゼンコは唇を噛んだ。
そこへ情報士官が駆け込んできた。
「今入った情報です!我が国の南側国境をロトアの戦車隊が越境しました!大統領、如何なされますか!」
ポレゼンコは拳を固めた。
「道は一つしか無い」
ロトアとトルクレアは長い国境線を持っている。そのすべてで戦闘が始まったわけではない。トルクレアの小さな町・イカンと接するロトアのソニン市は比較的緩い関係にあった。双方の住人は用があれば互いを訪問もした。そのイカンの町中にある八百屋に、ソニンの住人が買い物に来ていた。八百屋の主人と客は、双方の国が今まさに衝突しそうだということは知っていたが、自分たちには関係が無いと思っていた。
「なんで喧嘩するかね」
「ああ、線ぐらいのことでな。地面にはそんなもの描かれてないし」
笑い合った。
「いっつもそうだ。戦争ってのは、実際に戦いに行かない連中が始めるんだ。死ぬのは両方の兵隊と、銃なんぞ持ってないお互いの民衆でさ」
客も深く頷いた。
「やりたいと思った《いいだしっぺ》が拳骨でやり合ったら良い。だがそれでも他人様のものは他人様のものだ。代表だからってなにしたっていいなんて俺らは許した覚えもないよな」
二人は静かな町と山並みを見た。
「なんでこれを壊そうと思えるかね」
「そりゃあ、住んでないからだろう」
肩を組んだ二人の深い溜息が静かな町に流れて消えた。
極短小説・いいだしっぺ 宝力黎 @yamineko_kuro
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