第3部 久子一旦帰国(2章)やっと帰国

 第2章 三日遅れの帰国


 12月9日、荷物は日本航空で保管してくれていたので、久子と冨は手ぶらで、早めに寮を出発した。冨は「今度また降りるハメになったら、もう2度とあなたはブラジル行きの飛行機には乗せてもらえないからネ」と脅かし半分に言った。

 

 久子は6日に飛行機から降りて翌7日にはすぐ群馬のかかりつけの病院に行き診断書をもらった。薬ももらったから大丈夫とは思うものの、また機上で何か起きはしないかと不安で仕方なかった。今回は窓側の座席を予約していた。何時間前に行けばいいか問い合わると「座席は確保しておくのでゆっくりおいでください」との返事だった。2人で日本航空の有難い心遣いに感謝した。


 成田発夜10時のブラジル行きは最終便である。

 

 久子さんは日本に来た時から比べると十数キロも体重が減ってしまった。でも「とてもスマートよ」とは言えなかった。「労災等の手続きのために戻ってくるからね、それまで元気でね。ほんとに有難う」という言葉を残して、日本航空の職員に支えられて最後にゲートの向こうに姿を消していった。

 

 航空の職員さんが「冨さん、飛行機が飛び立つまで申し訳ないのですがこちらでお待ちください」と。「分かりました」私は答えました。

 

 夜10時になるとパチッ、パチッとターミナルのロビーの電灯は次々に消えていった。後には日本航空のカウンターだけが薄明かりがともっていた。


 私は出発ロビーのベンチで、編み棒を動かしながら11月6日以後の久子さんの嘆き、悲しみ、苦しみを次々に思い出していた。〈異国の地で自分の愛する子を、しかも身の毛のよだつ事故死で失ったらどうしただろう。〉自分の立場になって思うと胸が詰まった。Y新聞のたずね人でお世話になった若い記者のおかげで、雲をつかむような親類探しの願いが叶えられた。その夢のような嬉しい出会いの後の悲しみの時にはその親類の人達が親身になってくれた。

 

 私には一夫君の死の真相は分からない。母親には独特の勘というものがあるのだろうか。いじめの様々を聞かされ、息子の心の変動を逐一見聞きして、母親にはどういう形だか分からないが何かが起こるのではという直観があるのではと思った。しかしまさか死という現実が来るとは。


 「無事、飛び立ちましたのでどうぞお引き取りください」という日本航空の職員の声にハッと現実に戻り、今は人気のない駐車場へ急いだ。


「家でゆっくり休んでまたいらっしゃい」と飛行機が飛び立った空に向かって呼びかけながら千葉に向けて車を走らせた。

(第3部  終)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る