第3部 久子一旦帰国(1章前半 荷物だけが)

 第1章 遺骨を胸に帰国のはずが(前半)


  1993年12月6日、一夫の遺骨を胸に抱いた久子は、午後10時発ブラジル行きの飛行機で定刻に飛び立つ予定だった。


ところが久子は乗っていなかった。

まさに飛び立たんばかりの機内でヤレヤレと思う間もなく胸が急に苦しくなり、座席前の網ポケットに入っていたメニュー表でパタパタあおいでいた。そこへスチュワーデスが来て「どうかなさいましたか?」「胸が苦しい」「こちらにいらしてください」と言われて立ち上がった瞬間バタッと倒れてしまった。それからのことは意識が朦朧としてよく覚えていなくて久子はタラップまで支えられて移動したらしい。タラップでは操縦席から出てきたパイロットが出発の指示を待つ一方、スチュワーデス、パーサー、日本航空の職員、整備の人、急遽呼ばれた空港の医者が右往左往しているのをぼんやりとした記憶で覚えている。息苦しさを訴える久子をパタパタあおいでいる向こうの方でパイロットが心配そうに見ていた。眉が ’へ’ の字に見えた日本航空職員の方が、とりわけ親切にしてくれたことが久子の記憶に残っていた。


 夜10時を過ぎた成田空港第2ターミナルは深閑としていた。午後10時発予定のブラジル行きの飛行機は数分遅れで飛び立った。だが、この飛行機には久子は乗っていなかったのだ。この飛行機がでた後の静けさの中で「薬だ! 水だ!」と日本航空の職員たちが走り回り、慌てて運んでくれたコップには水がほとんど入っていなかった。自分のせいで飛行機の出発が遅れたことや、ロビーの広いところに居るのに空気のある所に連れて行ってくださいと騒いだこと、そこで再入国の手続きをしたことなどが切れ切れに思い出された。  「この荷物は何ですか?」  「ハイ、遺骨です」

「あなたの荷物3個はサンパウロに行きましたけどこの券があれば必ず手元に届きます」  「ハイ、分かりました」  しばらくして  「あのー 私の荷物は?」

「ええー、荷物は折り返し帰ってきます。この券をなくさないでください」

そしてまたしばらくして  「ところで私の荷物は?」  「  、必ず戻ります。今空を飛んでいますけどね」

この問いを、ひょっとしたらもう1回くらい尋ねたのではなかろうか。

                         (続く)


























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