第2部 久子は語る (2) 自宅に強盗が入る


第2章 サンパウロの自宅に強盗が入る

 

 忘れもしない、日本に来る1年前のことでした。

夕食の準備をしているところへトントンとノックの音がしました。「どなた?」という間もなくドドッと黒人と白人の男たちがなだれこんできました。私と次男の二郎は羽交い絞めにされベッドに放り投げられ、猿ぐつわを嚙まされた上から布団をかぶせられました。


長女の真由美は昼間経理の仕事をしながら夜間の大学に通っていました。〈娘が今帰ってきませんように。神様、お願い!彼らが去ってから返してください〉と私は必死に祈り続けました。強盗の1人が私達母子を監視し、残る3人が部屋の家具や衣類、その他ありとあらゆるものをどんどん運び出しました。箪笥もテレビもラジオも冷蔵庫も何もかもを。しかも車まで。


その時、間の悪いことに、一夫が勤めからの帰り道に家に立ち寄ったのです。彼もたちまち強盗に捕らえられ一緒にピストルを突き付けられ布団蒸しにされました。

強盗が去って猿ぐつわをお互いにとりはずし、もぬけの殻となった我が家で泣くことも出来ず、全員茫然自失の体でした。〈真由美が帰ってこなくてよかった。本当に助かった。神様有難う!〉と祈りました。


この後、ブラジルの警察は来てはくれましたが「殺されもせずケガもなくよかったではないか」というだけで犯人を捜そうともしませんでした。私はそれからというもの、心臓がキューッと痛むし頭が変になった気がして精神科の病院にも行きました。だから未だに物音には敏感です。


冷蔵庫も盗られた。

テレビも車も盗られた。どうしよう。

どうやって暮らしていこう。

ストックしていた食品も服も全部持っていかれた。私の給料ではとても賄いきれない。生まれて初めて生活費の借金をしました。(*注:章末尾の付表参照)


一日の間に値段がどんどん上がるブラジルのインフレの下では借金が嵩む一方でした。大学に通う2人の子に「3月の家賃5千円がどうしても工面できないの、貸して」と頼みましたが「無い」といいますし、家にいる次兄も無論持っていません。

別所帯の一夫一家もだんだん暮らしに困るようになって、夫婦喧嘩も増えてきました。昭和初期移民としてブラジルに渡った父母から聞いた日本は治安がいい国だといいます。日本は平和で、仕事もたくさんあり、その上沢山給料がもらえると聞きました。友達も大勢海を渡って出稼ぎに行っているし、日本に行けばこの暮らしを立て直せるのではないかと思いました。


私は日本で働くことを考え始めました。一夫は一夫で直ちに日本に行こうと決心しました。私は昔から一夫の向こう見ずなところが気がかりでした。彼の早すぎた結婚を心配したし、この時も、一夫は日本に行くことを決めると、家族の相談なくパスポートを取得していました。しかも日本語をまるで話せないのに1人で地球の真裏の祖父母の故郷日本へ行ってしまったのです。残る家族や自分の暮らしはどうなるかも考えていませんでした。反対に私は残る家族のことを考えると、日本に行くことを決めたものの心配で夜も眠られまでんでした。


* : 久子さんの家族が一カ月に購入した食品

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   1か月に購入した食料家族5人と犬4匹の番犬のための必要量

        (1992年、サンパウロでの記録、鈴木久子作成)

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   米                20㎏

   小麦粉              4㎏

   塩                1.5㎏

   砂糖               2.5㎏

   菜種油              13~14ℓ(1ℓボトル入り )

   オリーブオイル          2缶(1.8ℓ缶入り)

   ピント豆(Focus beans)      5㎏

   犬用肉類            16~20㎏(牛、豚などの頭、足、内臓))

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