第1部(8章)遺品整理; 高木君 事故時の様子を語る; 住職の話

 第8章 遺品は語る 高木君の話 住職の話


  1.遺品は語る


   久子は葬儀を終え遺骨を抱えて一夫の寮に戻った。主のいない一夫の部屋は 

   寒々として寂しかった。悲しかった。胸がつまりそうだった。

   もう二度とホッパーが見えるこの寮には来たくないと思った。

   部屋にはテレビ、冷蔵庫、カセットデッキにステレオ、ギターがあった。

   どれもが一夫が愛したものだ。夜遅く仕事から帰り、風呂に入り仲間と食事を

   した後、得意のギターでも高木君とはいい相棒だった。カッちゃんも言う。

    「鈴木さんは、しギターがうまかった~よ~」


   夜の帳が下りて月がこうこうと輝き、一夫が死んだホッパーのある砂利山の          

   遥か上の方にキラキラと光る星があった。息子をもぎ取られた母親にとっては 

   たまらなく酷な眺めであった。葬儀を終えてから一刻も早く部屋の道具類・布

   団・衣類・大小のごみ一切合を運び出そうと、高木君やカッちゃん、私(冨) 

   は一緒に頑張った。


   遺品を整理していたら、日本に来る前久子が必死で縫ってやったシャツが出て  

   きた。その衿はすっかりすり切れていた。手紙も出てきた。妻宛の手紙の一文

   には〈しょっぱいお前の料理が懐かしい〉と書かれていた。〈妻のシモネは大

   雑把な人で、コーヒーを入れる時でもその都度味が違う。ある時は毒のよう

   だったり、ある時はお茶のようだった〉との一夫の言葉を思い出した。

   一夫の部屋にあった久子宛の手紙*は〈日本は素晴らしい国だ、大好きだ〉        

   と書いてあった。

   (*:一夫は久子が日本で働くことを決心する一足先に日本にやって来た。)


  2.高木君の話


  「高木君、事故の日の一夫さんのことを思い出すだけ思い出してこのテープにい

  れて頂戴」と私は頼んだ。彼は荷を片付けながら、胸を詰まらせ鼻をすすり握 

  りこぶしを作って吹き込んでくれた。


  「事故が起きたその日(11月6日)の朝、自分は鈴木さんの言う’こわい人’に

  会った時に無視されました。 それから工場長にいろいろ仕事を言いつけられ 

  ました。 〈半日かかります〉と言ったら〈2時間くらいでやれ〉と言われま

  した。その時鈴木さんがスコップを持って働いているのが見えました。

  しばらくして工場長が急に〈鈴木さんはどこにいるか?〉と言ってきました。

  何故か探すように言われました。何故そう言われたか理由は分かりませんでし

  た。あちこち探したがどこにもいませんでした。最後に誰かが〈機械の中ではな

  いか〉というので皆で捜しました」

  「ホッパーの中から、最初にヘルメット、次に頭が出てきました。頭を支えて

  他の砂をのけて鈴木さんを助け出しました。救急車が来て鈴木さんを連れて行

  きました。その後警察が来ました」

  「鈴木さんはどうしてその中に入ってのだろうか。その機械はずっと故障してい 

  て動かなかったから、自分だって中の掃除を命ぜられていたら同じことをしたか

  もしれない。でもその機械は故障で動くはずがないのにどうして動いたのだろ

  う」「’こわい人’は私達に対してとても悪い酷い扱いをしました。怒ったり怒鳴

  ったりたり石を投げたりしたこともありました。鈴木さんがミスをしようものな

  らまるで動物扱いをしました」「でも、鈴木さんは賢い人だったから、その’こわ

  い人’をを恨むようなことはしませんでした。’こわい人’は、鈴木さんがブラジル

  に帰ると知ってから急に態度がかわって、おかしなくらい優しくなりました。多

  分鈴木さんが仕事を覚えてよく働いていたので必要と思ったから優しくなったの

  でしょう」

  「鈴木さんはいつも言っていました。 〈日本は素晴らしい国で技術も進んでいる

  けど人間関係はまだまだ未熟だ〉と」

  「鈴木さんがホッパーの中に入ったのは見ていなかったけど、絶対誤って入った

  のではないと思います。彼は馬鹿ではないから。命令であれば私だって入ったか

  も知れない。怪しいのは命令を下した上司の'こわい人'だと思います。けれども

  証拠は何もありません」



  3.住職の話


  亡くなる数日前から、一夫が「知床旅情や子守歌、軍歌」などをハミングして

  いたのが思い出された。とにかくこの1か月余り、久子も一夫も気が晴れぬ日

  が続いていた。久子はローソクに灯をともし煙草を供え、ぼんやりした頭でこ

  の数日の目まぐるしかったあれこれを考えていた。


  帰国の日が近づいてきたので久子はお寺に預けていた一夫の遺骨を受け取りに

   冨と一緒に円照寺に行った。亡くなった両親が仏教徒だったのでよくお寺に

   参っていたことを思い出していた。

   すると産廃問題に関わってお忙しいご住職が


   「お話したいことがあります」と、久子と冨に座布団を勧めててくださった。

   「あの会社は沢山お金があるのだから頂くものは頂きなさい。弁護士さんも何

   だったらお世話しますよ。会社が相手ですから先方が申しでた額は遠慮なく頂 

   いた方が良い。そのお金はどんなにでも有効に使える。亡くなった命は帰らな

   いが。そして頂いたお金以上には要求せずにそれからは許してあげなさい。そ

   れが亡くなった人にも残された人たちにとっても一番良いことですよ」

   久子は「分かりました」とは言ったが、果たしてほんとに理解していたのかは 

   疑問であった。住職の話には深い意味が含まれていたのだったが.....。

   この日のことは昨日のことのように思い出される。


  それから久子「一度お尋ねしたいと思っておりました。私はクリスチャンで、日

  に20分は必ずお祈りしています。息子がこのようになったのは私の祈りが足りな

  かったのでしょうか、それとも祈り過ぎたのでしょうか?」

   「足りるか足りないかではなく、できる限りの手を尽くした後、残りの分を

   祈る。何もせずにただ祈ったところで上手くいくはずはない」

  と住職は言われた。


  「そーか、めったやたらと祈っていたって仕方がないのだ」と久しぶりに久子は

  ホッとした気分になった。

  (第1部 終)


  













  











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