第1部 (1~4章)息子理不尽な〈事故死〉 (2)一夫の遺体自室に帰る (3)ガイジンゆえの陰湿なイジメ (4)息子、神奈川の元同僚を訪ねる(水質汚染の疑惑)      

 第1章 息子、に遭う

   

    

「一夫は今どこにいるの?」

「何をしているの?」

 ゴルフ場から取るものも取り敢えず病院に連れてこられた久子はピンクのキャデイー服にキャデイーシューズの姿で手には帽子をしっかと握りしめていた。  


 1993年(平成5年)11月6日はゴルフ日和だった。この日は朝早くから大入り満員でキャデイー室には40名のキャデイーが自分の出番を待っていた。久子はその日1番目のスタートであった。

 「おはようございます。私はキャデイーの鈴木と申します。よろしくお願いいたします」「おタバコはいかがですか?・・・では参りましょう!」と元気よくフォーバッグを持ってグリーンに出た。


  秋晴れでは高い。空気も澄んでさわやかだ。久子は〈仕事だ!頑張ろう〉と思った。2日前の一夫との電話でのやり取りのことはすっかり吹っ飛んでいた。


  「鈴木さ~ん 私が交代します。上がってくださ~い」

 キャデイー仲間のナミちゃんがマスター室の酒井君と車でやってきた。 「何で?」

 

 訳の分からないまま車に乗ってマスター室に戻った。マスターが「鈴木さん、息子さんが職場でケガをされたらしい。至急病院に行って下さい」と告げた。


 土曜の午後の病院は人もまばらであった。白樺砕石工場の富士田工場長と社会労務士の北川さんの2人がナッパ服と泥だらけの黒の長靴で行ったり来たりしている。   久子は私にしがみついて「一夫にあわせて、お願い!」と泣き叫んでいた。長椅子の向こうから富士田、北川両人が私に向かって手で×を作り、首を右、左に振るサインを送ってきた。

 「今 先生が一所懸命治療をして下さっているから静かに待とう」と久子の肩をしっかり抱いていた。そのうち大きなトランクや箱を持ったスーツ姿の男性が4,5人どやどやと正面玄関から入ってきた。病院に来て3時間ほど何が何だか分からないまま時が過ぎていった。

   

 先程の人達は刑事さんだった。


 治療室からほど遠くないところに霊安室はあった。久子の地獄の果てからとも思える鋭い絶叫が病院の隅々まで轟いた。

   

 眠るがごとく横たわっている一夫。つい数時間前までは普通の生活をしていたのに.....

 胸腹部圧迫の窒息死であった。高さ4メートルほどのホッパーという、大量の砂を適量ずつ投入して混ぜ合わせてベルトコンベアーに流す機械の中で、砂の中に生き埋めになっているところを発見された。

   

 同じく県内に出稼ぎに来ている久子の兄、つまり一夫の伯父に当たる幸一も急を聞きつけ現場に直行した。そこで作業員たちに「鈴木君は入ってはならないところに入っていたから死んだんだ」と言われカッとなった。

 また幸一はホッパーをその足で見に行った時近くにいた作業員の人達から「あのホッパーは3種類の土が入らなければ動かないはずなのに1種類の土だけで機械が動いた。それからあの機械はこのところずっと故障していて動いていなかった」という事実を聞いて更に頭にきた。


「賢い一夫があんな危険な所に自分から入るわけがない。絶対に “ ない! 」

「一夫はこれまでも職場にてハンマーで殴られたり石を投げつけられたりしたというではないか。今回も一夫は誰かにやられたのではないのか!」(第1章 終)



 第2章 一夫の遺体 自室に戻る

   

 遺体は寺での通夜に先立って一旦プレハブ寮の自室に戻された。一方、 寺では葬儀に向けて準備が次々となされていた。

  

 190㎝の長身のためこの地区では棺を求めるのに右往左往だったと後で聞いた。


私はイエスキリスト様にはお会いしたことはないが、一夫さんはまるでキリスト様のような美しく優しい様子で横たわっていた。 ほんの2,3ヵ月前に町でモデルにならないかとスカウトを受けた一夫さんだった。


 昼間の秋空の明るさとはうって変わり、むき出しの外階段から入ったプレハブの部屋は暗く、寒かった。一夫の枕元に石のようにピタッと寄り添う久子の頭の中はこの1か月ほどの間に一夫から聞いた様々な恐ろし事の一つ一つがまるで走馬灯を見るように浮かんでは消え、浮かんでは消えした。


 寮の右隣には、日本人で軽度の知的障害があるカッちゃんが住んでいた。彼        

と一夫は大の仲良しだった。そのカッちゃんがうっ血した一夫の額を撫でさすりして「鈴木さ~ん、どうしてこんなことになったんだぁ~」と何度も何度も繰り返し嘆き悲しんでいた。また布団をめくり一夫の組んだ両手を撫でこすりして「鈴木さんは良い人だったぁ~、こんないい人がどうして? どうしてだぁ~」と絞り出すような声で泣いていた。また左隣の部屋の日系三世ペルー人の高木君は正座をして枕元に座り、両手を合わせ両肩をガクンと落としたままでずっとお祈りをしていた。彼も三世で出稼ぎ外国人ということもあって一夫を兄同様に慕っていた。(第2章 終)



 第3章 職場での理不尽ないじめ

  事故が起こる少し前、10月初めに一夫の職場で猛烈ないじめや暴言があった。

 通称'こわい人'が一夫に向かって 「外国は頭が悪く馬鹿だ」とののしったり、「ヘビを食べろ」  「お腹の大きな犬を打ち殺せ」 とか「ツバメの巣を落として水につけて殺せ」など嫌なことを次々と強要した。

 一夫によると彼は直属の上司であった。数か月前から仕事の面で上下の関係は逆転していたという。

 一夫に対して この’こわい人’(と一夫は呼んでいた)がハンマーを振るい、石を投げつけたのだ。さらに突いたり蹴とばされたり、更には仕事場の危険な所に入れと命令されたりした。これら理不尽な行為を咎められたのだろうか、この人は何らかの処分を受けたようだった。彼はこの後1週間くらい会社を休み次に出社してきた時には上の機械室から下の土砂の担当に配置換えとなっていた。


 それから一夫はこの’こわい人’に無視されるようになった。


 10月24日に親類探しで世話になったY新聞に一夫と久子母子がブラジルに帰るこ

 とが報じられるとその’こわい人’は急に優しくなった。

 その人は今まで自分が担っていた仕事を一夫が来たことにより取られたような気に

 なったり、上下関係が逆転したことにも腹立たしくてならなかったのではなかったか。


 頭が良く人にも好かれる一夫が妬ましかったのかも知れない。容姿はスカウトされるほどの器量だし何もかもが腹立たしかったのだろう。そのために我慢ができず暴言に始まりいじめや暴行にまでエスカレートしていったのかもしれない。ところが帰国が報じられると今までの一夫に対してきた行動を反省し急に優しくなったのだろう。

 一夫はその差の大きさに驚き、もう明日から何が起きるか分からないと思ったのだった。(第3章 終)



 第4章 神奈川の元同僚を訪ねる  水質汚染の疑惑


 神奈川の大手の自動車会社から白樺砕石工場に転職して以降休みなしで働いていた一夫にしては珍しく、10月29/30/31日と3日間も休みを取って神奈川の元同僚の所へ泊まりがけで行った。


 11月6日の訃報を聞いてすぐに駆けつけてくれた5人の元仕事仲間である。彼ら は1台の車に同乗して通夜の席に来るなり 「一夫君は殺されたに違いない」と言った。

  

 《そうか、一夫はきっと元同僚の所で久子には語らなかった ″何か″を話しているはずだ≫ と久子は思った。


 当時地元では高松川で多量の魚が死んだ事件があり、それが白樺砕石工場の排水と関係があるのではないかとの噂があった。その時はまさか一夫が関係しているとは思わなかったが、一夫の死後高木君の話した内容ではどうも彼も一役買っているように思われた。

  

「生水は絶対飲むな‼」 と口酸っぱく言っていた一夫。

 その工場では2種類の薬品を使って土を沈澱させ、その上澄みの水を田圃の排水路を通じて高松川に流している。だから生水は危険だと言ったのだろう。

  

 この2種類の薬品はいずれも砕石工場では通常使われないものであった。しかも一夫から聞いたのを久子が思い出して図で示してくれたがその沈澱池は機械室の裏手の方にあり鉄板のようなもので覆ってその上は看板の板で見えなくしてあった。強く疑われたのは外部から廃棄物処理を受託する事業を裏でやっていたのではないかということであった。その実作業を白樺砕石の社会保険労務士・行政書士である北川氏の指示のもとで一夫が行っていたのではないか、即ち水質汚染に加担させられていたのではないかということが想像された。


 まさか祖父母の故郷、大好きな日本でこのような理不尽なことをするハメになったとはいかんともしがたい思いだっただろう。


 排水経路となった田圃の持ち主は北川労務管理事務所のオーナーでもあるその北川氏だった。

  

 1993年当時この採石場近くの国道をダンプカーがよく行きかっていた。稼ぎがよいのか女性のダンプ運転手も多かった。もしかしたらこの沢山のダンプカーで廃棄物を搬入していたのかもしれない。


 乗用車の私は、大きなダンプカーが勢いよく後ろから走ってくると怖くて左端によけて行きすぎるのを待っていた。ある時、石ころがフロントガラスに飛んできてそのひび割れが中央部から少しづつ広がってきたことがある。恐ろしかった。


 久子は最初〈私の胸のモヤモヤをどれだけ分かっているのか〉と神奈川の元同僚たちに対して思っていた。だがそのモヤモヤの一端が北川の所有する田圃の排水路を通じて排水を川に流して水質汚染を招いたことによるものだったと気付いたのだ。

 やるせない気持ちと腹立たしさで苦境に追い込まれた一夫はきっと元同僚に話を聞いてもらいたかったのだろう。当時産業廃棄物を運ぶダンプカーがうなりをあげて我が物顔で走っていた。


 地元の知り合いは噂話として 「この砕石工場はムリなことやおかしなこと悪いことやっているわよ。裏街道ばかり歩いてきたのだもの」 と言っていた。また「砕石工場では沈殿槽でそのような薬品は使わない。どこからか産業廃棄物を持ってきて処理していたのではないか」とも言った。


 そのような話は北川の耳にも入っていたはずだ。通夜の時神奈川の元同僚たち5人から「事故に関して何か証言が必要な時には言ってください。いじめと水汚染について」と言われた時久子の疑念が確信になった。


 久子は神奈川帰りの一夫に会い外で食事をした。その時一夫は「自分は一度ブラジルに戻るけれど最終的にはずっと日本にいることになるだろう」と言った。また 「自分が死んだら火葬にしてほしい、葬式の時は音楽をにぎやかにかけてね」とも言った。久子は馬鹿なことを言うものじゃないと諭した。

  

 また11月2日に先日見つかった親類に会うのだと言った時には「お金を入れた封筒をもらってきて」と一夫は答えたが、久子には、彼一流のブラックユーモアだと思っただけだったが、一夫の死後、あれは本当に香典を意味していたのだったと気付かされた。


 北川は一夫が3日間会社を休んで元同僚の所に行ったことで慌てふためいていたのではないか。うかうかしていられない、何とかせねばと焦ったかも知れない。世間にばれたら大変なことになる。今のうちに何とかせねばと思ったのかもしれない。今のうちに何とかせねば一夫が喋りだしたりしないだろうか。北川は言うことをよく聞く丸木をよんで相談した。やることもなすことも素早い丸木は北川に重宝がられていた。いつも一緒のカッちゃんも大騒ぎするようになったらどうしよう、どうしたらいいだろうと心ここにあらずであったのかも知れない。


 11月3日の夜に「外国人とカッちゃんをクビにする」という話を北川・丸木の両人が言っていたと一夫から久子に電話があった。

  

 しかし、翌日の一夫からの電話で話は撤回されたと聞かされた。久子に心配をかけまいとするためか一夫は「クビにするのはジョウダン!ジョウダン!」と話した。久子は「何か不都合でもあったのか、一体何があったの?」と一夫に聞くが「何もない」というだけだった。(第4章 終)




  





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