ボーア タルジ! 久子
冨 やよい
プロローグ
1992年(平成4年)2月22日は小雪交じりの寒い日だった。ゴルフ場女子寮の管理人である私は、その日ブラジルから働きに来る人達を待っていた。サンパウロ発の飛行機は24時間で着くはずが、エンジントラブルで急遽パリに一泊したために成田着は丸一日遅れた。彼女らはそれぞれがスーツケースとバッグだけの姿で日本に降り立った。
15名の出稼ぎ日系ブラジル人のグループを成田国際空港まで迎えに行った会社の大型バスがようやく帰ってきた。一同はあちらの言葉でペチャクチャ喋りながら、お祭り騒ぎの様な賑やかさで楽し気にバスを降りてきた。リオのカーニバルを思い出させるような、今にも踊りだしそうな雰囲気を抱えたブラジルからの客人であった。
寮の入り口には[ムイト・プラゼール、ボーア・タルジ](初めまして ようこそ)の張り紙をして歓迎の意を表した。ポルトガル語は皆目分からなかったが辞書を引き引き、皆さんを歓迎する言葉で出迎えたかったのだ。
寮についたブラジルの人達は、日本に無事に来ることができた喜びとホッとした様子で満ち溢れていた。私には聞きなれないポルトガル語が飛び交っていた。
女子寮はブラジルでは考えられないほど豪華であった。久子さんはびっくり仰天したという。
寮は玄関に鍵が1つ部屋は真紅のカーペット、もちろん一人部屋である。バス・トイレ・冷暖房完備 電話もある。部屋にもカギがあって外からは絶対に入れないようになっていた。父母の故郷だ。ここは日本なのだ。なんと平和な国なのだろう。泥棒はいないのかしら。ブラジルならこんなカギなんてすぐに開けられてしまう。
こんな広い窓もたったこのカギ1つで大丈夫なのだろうかと久子さんは思ったとのこと。
寮を囲む敷地は広々としていて樹木が多く植えられていた。中でも高さ10メートルはある桐の木は初夏には見事な薄紫色の房のような花をつけた。
桐の幹2本の間に10メートルほどの太いロープが張られ、黒の柴犬が自由にそのロープを伝って行ったり来たり走っていた。クロと名付けた柴犬は賢く、みんなの人気者で、仕事から帰ってきた寮生たちのマスコットであった。
自宅から通う主婦のキャデイーさんも大勢いたが、女子寮はプロを目指す研修生や高卒のキャデイー、そしてブラジルからの出稼ぎで来た18歳から49歳の人達を受け入れていた。他にクラブハウスの職員、事務職員、女性のコックさん、レストランで働く人もいた。繁忙期には日本大学の学生や近隣の高校のゴルフクラブの生徒さん達が集団で研修とキャデイーを兼ねて来ていた。
私の仕事は寮全体の管理、中でも新潟・群馬・栃木からの高卒のキャデイーさんとブラジルから来た人たちの管理や相談対応であった。
これが鈴木久子さんと私の出会いだった。
(プロローグ終)
本文に登場する人名、地名、社名の一部は架空のものである。
(第一話終わり)
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