第34話 話し合いをしよう
「話し合いをしよう」
そう言ったのは綾斗を誘拐した張本人、
ハーレム形成委員会の前に現れた彼女は友好的な態度で微笑んでいた。
「しましょう!」
「由奈ちゃん、決断が早いよ。もうちょっと悩もう? まずはどうして誘拐したんですかとか聞くものだと思うよ」
即座に返事をした
話し合いができることに一度はほっとするものの、あまりにも堂々と出てきたことに驚いてしまい、困惑していたのだ。
静子本人が言ったわけではないが、野上綾斗を誘拐したのは彼女なのだろう。胸を張って立っている姿を見て予想している。
反射的に警戒してしまって、近付くことすら躊躇われた。怪我をさせられるかもしれないという不安ではない。ただ得体が知れなくて不安なのだ。
「安心してほしいのだが、君たちを傷つけるつもりはない。もちろん綾斗君を傷つけたりもしていない。そんな趣味はないのでね」
「それはよかった。私もありません」
「気が合うね。とりあえず中へ入ろうか。外で立ち話もなんだからね」
そう言って静子は自ら門を開き、彼女たちを迎え入れる。
ただの話し合いか、罠か。
どちらにせよ綾斗を攫われたままにはできないため、納得できた者だけが屋敷の中に入ることにする。
「任せてください。綾斗くんは無事に連れ帰りますから」
結局中へ入ると決めたのは結城由奈・
静子に連れられて屋敷の中へ入っていく。
「この家は祖父のものでね。祖父が亡くなった後は私が管理している。と言っても面倒なことは執事やメイドがやってくれたりするんだけど」
「わあ。お嬢様なんですか?」
「そう思ってもらって構わないよ。私がすごいわけではない、とはいえ、祖父の威光は存分に使わせてもらっている」
「大胆な開き直りですね。いいと思います」
先頭に立ち、静子のすぐ後ろを歩く由奈が彼女と会話する。
由奈は落ち着いていた。静子を警戒する様子は少なくとも態度には見えず、のんきとも思えるほど冷静だった。
広い応接間に通されて、豪勢なソファに腰を落ち着けた。
静子は一人。実行犯が何人かは知らないとはいえ、他の人間の姿はない。
「綾斗はどこに居るの? ひどい扱いを受けているとは思わないけど、一応念のために聞いておいた方がいいかと思って」
座ってすぐに梢子が質問した。
ほどほどに心配しつつ、それなりに落ち着いている。彼女は普段と変わらない態度で穏やかな笑みを浮かべていた。それでいて他の感情を隠している様子でもない。
「地下の部屋に居るよ。もちろん牢屋なんかじゃないから安心してほしい。ただ防音室で鍵も厳重にかけてある。自力で出るのは不可能だろうね」
「あらあら」
「もちろんお金を要求するためじゃないわよね。なぜ彼を連れてきたの?」
梢子に続いて、甘美が尋ねる。
今彼女たちが居る屋敷が本当に静子のものならば、まず間違いなくお金持ち。お金が欲しくてした行動ではないことはわかる。
ではそれ以外の目的は、と考えれば、すでになんとなく予想もついていた。
「私は彼、野上綾斗が好きなんだよ。交際したいし結婚したいとさえ思っている」
「ですよね!」
「あらあら」
「うふふ」
予想した通りの反応であり、静子はにこやかに微笑んでいる。
彼女たちが綾斗のハーレムを肯定していることはすでに知っていた。自分が彼を好きだと言い出しても暴れ出さないのは想像と同じ。
だからこそ、彼女たちとは話し合う余地があるはず。絶対的なハーレム否定派ならば話し合いの場にすらつかない。
彼女はすでにハーレム否定派の女性も把握していた。
誰に提案し、誰を避けるか。静子の中では決まっていたようだ。
「今回のように家の中へ大事に大事に閉じ込めておきたいと考えているんだ。ガラス瓶の中に蟻の巣を作って観察したことはない? 毎日眺めて変化を確かめ、何を考えて何をするのか、ただひたすら見つめるんだ。私はこの瞬間に快感と幸福を覚える」
静子の言動を受けて、三人はそれぞれ異なる反応を見せた。
「わかります。好きな人のことはずっと見つめていたいですもんね」
「う~ん、弟に置き換えるならとてもよくわかるけど、アリの観察はちょっと」
「気持ちいいことって人それぞれなのね。私は身も心も寝取られたいわ」
発言はそれぞれ違っているとはいえ、否定する人間は一人も居なかった。
やはりと思う静子は、彼女たちの発言に微塵も驚いていない。
「私はただ、彼が過ごしやすい環境を用意して、毎日を穏やかに過ごしてほしいだけなんだ。彼は争いを好んでいない。自分に自信がない。そして実はハーレムに興味がある。だけど複数の女性と愛し合うなんてあり得ないと、そう思う女性が多いことは何も不思議ではないだろう?」
「それは、はい」
「だから一石を投じようと思ったのさ。あなたたちにも協力してほしい。彼を囲んで生きるのは素晴らしいとみんなに理解してほしい」
静子は至って真剣に語っていた。由奈は彼女の顔をじっと見つめる。
「監禁は、一つの手段でしかない。私はそうしたいと思っているし、ずっとこのままの状態を継続したい。しかし本人が外に出たいと言うなら叶えてあげたいとも思う。ただ基本は囲んでおきたいけどね」
「うーん……私は、もっと普通がいいですね」
由奈が自分の意見を言い出した。
今度は静子が聞き手になる。
「普通に学校に行って、友達と話して、好きな人とたまにこっそりお話しして。帰り道になんでもないデートをして、休みの日に会う約束をしてドキドキして、そんな毎日を過ごしたいって思います」
「素敵だね」
「ありがとうございます。もちろん監禁もしてみたいですし、たまには二人っきりにもなりたい。でも綾斗くんにあまり負担はかけたくありません」
「負担にはならないさ。彼は快適な環境で多くの人にお世話されながら生きるんだ」
由奈は正直に「うーん」と唸る。見るからに納得していない様子だった。
「彼のおうちではだめなんですか?」
「できれば完璧に囲えてしまった方がいい。部屋は広い方がハーレムに適している。たくさんの女性が彼の下を訪れるわけだからね」
「それはそうですけど、生活感って大事だと思うんです」
「確かに、彼の部屋の方が彼の生活感があるね。だけど私にとっての生活感は今まさに実行しているこれなんだよ」
静子が言うと由奈は首を傾げた。
理解できなかったのか、理解したくなかったのか。どちらにせよ気分を害した様子もなく静子は淡々と告げる。
「私の母も父を半ば監禁していた。何不自由ない時間と生活を与えて、家に帰ると父に癒してもらう生活を送っていたそうだ。私はそんな生活が羨ましい」
「う~ん、わかりますけど。ちょっと現実味が薄れませんか?」
「私は薄めたいとすら思っているよ。彼にはずっと夢の中で生きていてほしい」
「寝させるんですか?」
由奈の質問は至極真面目であったのだが、静子はにこりと微笑んだだけだ。
「私たちは協力し合えると思う。君たちの欲求は? どこで手を打つか、話し合うことで見つけられるかもしれない」
「私が思うのは……」
「なんでもどうぞ」
うーんと考えた由奈は自らの考えを頭の中で整理してから話し出す。
話し合おうと言い出した彼女だ。前々から考えがあったわけではないが静子の話を聞いたことで考えがまとまり、改めて表へ出す。
「綾斗くんのしたいようにさせてあげたいです。監禁してほしいっていうならそれもいいです。だけど彼が言い出したわけじゃないなら強要したくありません。一旦家に帰してから、改めて本人の意見を聞いてはどうですか?」
「誰かが動かなければ同じような状況が続く。ケンカを繰り返していると彼を苦しめるだけだよ」
「あなたは綾斗くんのためにそうしてるんですか? それともご両親みたいになりたくて綾斗くんを選んだだけ?」
由奈の真剣な眼差しを受けて、静子はほんの一瞬、笑みを消した。
すぐに元通りになったが誰の目にも明らかな反応であり、彼女が再び微笑んでも、その表情は脳裏にこびりついている。
「両方だよ」
静子は敢えて多くを語らなかった。
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