第25話 誰かしらが、見ている

 今日は一旦解散しましょう。

 俺がそう言うと、渋々って感じの人も居たけど一応認めてもらえた。


 今日は妙に人と会う。

 これまでひっそりと生きてた俺は人に酔いそうだった。

 しかもみんな揃いも揃って味が濃い……。好きだって言われてるのは嬉しいけど、疲れちゃうのも仕方ないと思う。


 基本的に一人が好きだ。だからちょっと一人になりたかった。多分、誰かと付き合うことになってもそんな瞬間が欲しくなるんだと思う。

 みんな俺に気を使ってくれたのか、帰り道は一人になれた。


 特に誰かの気配を感じたりとか、そういうことはできないんだけども。

 もしかしてこういう瞬間にも誰かが俺を見てるんだろうか?

 すぐ駆け付けられたり、その場に居なかったはずなのに色んな事情を知ってたり、俺のことを詳しく知ってたり。ひょっとしてみんな、俺を監視するのは当たり前くらいの状況だったりするのかもしれない。


 それならそれでちゃんと怖いなぁ。

 軽い気持ちで試してみようなんて思った。


「あの、メールとかなら今でも全然……大丈夫ですよ」


 言い切る前にめっちゃメッセージ来た。もちろん一人や二人じゃない。今までみたことない量が一気に、百通近く届けられた。

 小声で呟いただけのに。普通の人なら多分隣に居たって聞こえないのに。


 嬉しいを通り越してもはや恐怖でしかない。

 今はもう、モテ男が羨ましいとは思えなかった。


「へ、返信は……返信はした方がいいのか?」


 よく考えてみたら女子と連絡を取り合うなんて初めてだった。

 直接会ってめちゃくちゃなことになってたから冷静に考えられなかったけど、一人になって改めてスマホを確認した今、知ってる連絡先も一気に増えてるし、女子から連絡が来てるってことがとんでもないことだと思えてくる。


 っていうかめっちゃ多いな。会った人に関しては連絡先を交換したからわかるけど多分会ってない人からも来てる気がする。

 俺の連絡先、もしかして共有されてる? それとも盗まれた?

 詳しいことはわからないが怖い。どっちにしろ俺が知らないところで何かが行われているのは間違いない気がする。


 さて、返信すべきか否か、それが問題だ。

 俺としてはした方がいいと思うんだが、気の利いたコメントなんてできないし。

 なんて思ってたら「返信不要」とか「私のだけ見ろ」とか色々送られてくる。


 「うーん、見えてる、いや聞こえてるのか。俺の声って聞こえてますよね……?」


 小声で聞いてみるとすぐメッセージが飛んでくる。

 「聞こえてるよ!」と元気なやつは結城さんか。やっぱり普通に見えてあまり普通じゃないみたいだ。いや普通にも見えないか。


「ちなみに今一番近くに居るのは誰ですか……?」

「はい! 私です!」


 後ろにあった電信柱の陰から元気よく手を上げて結城さんが返事をしてきた。

 いつの間にそんなところへ。

 でもその直後、多分羽々乃先輩だろうけど、なんか影がヒュッて動いたと思ったら結城さんの姿が消えていた。神隠しなの? 超怖い。


「あの……みんな、ケンカとか怪我とかだけないように、お願いします」


 聞こえてるかわからないけど、誰も居ない道に向かって一応小声で言ってみる。

 スマホの画面にはすぐに「はーい」ってメッセージがいくつも表示された。たまにセクハラみたいな内容が混じってたりするけどそれじゃもう驚かない。


 もしも俺に人の気配を読み取る能力があったら、きっと今も落ち着かなくて、周りのどこに誰が居るかを察せられるだろうな。でもそうすると普通に生きてくのも辛くなるかもしれないからそんな能力なくていい。

 とりあえずみんな一応は素直に言うことを聞いてくれるから死人は出なさそうだ。

 さっきの結城さんが気になるとはいえ、なぜか強そうだし、多分大丈夫だろう。


 特に用事もないし、今日はこのまま家に帰る。

 家までついてくるのかな?

 いや、むしろもうすでに家の中に誰か居るかもしれない。鍵はしっかりかけてきたけど今朝のことだってある。


 梢子さんが家に居るならいつも通りだ。

 一応スマホで聞いておこうか。でも何を言えばいいんだ……。


 なんて思ってたらその梢子さんからメッセージが来た。

 内容は「家には私一人だから安心して」とのこと。

 いやたまにこういうタイミングが良過ぎるのあるけど俺の心読んでるの?


「ふぅ……疲れた」


 思わず言ってしまって「あっ」と思った。

 つい口から出てしまったけどみんな聞いてるのにそんなこと言ったらどうなるか。全く読めないけどちょっとゆっくりしたいと思ってるのも事実であって。

 慌てて俺はなんでもない感じで、みんなに言うために小声で呟く。


「これからどうするかとか、詳しい話は、また明日しましょう……。あの、俺は全然大丈夫なんで。みんなもちゃんと休んでね」


 幸い近くには誰も通ってなかった。一人で歩いてるけど俺が喋ってることに気付くのなんて、俺のことを見てるか聞いてるかしてる人だけだ。

 そう考えるとこの状況、ちょっと面白いって思う。


 なんとなくそんな気分になって歩くスピードを遅くしてみた。

 一人で喋ってても誰かには聞こえてる。どうやってるのか知らないけど、これってなんかラジオみたいだ。

 確信はなくて、誰かが聞いてるんだろう。それくらいの認識がなんかいい。

 ラジオに憧れたりはしてない。でも突然やってみたくなった。


「昨日は正直……びっくりしました。結城さんに告白されるなんて全く予想したことなかったし、そのあともっといっぱい女の人が来て、俺が好きだって話になってて。ほんとのこと言うとそんなわけないだろって思ってました」


 みんな聞いてるのかな。

 スマホを見るとメッセージは止まってた。まだ未読のやつがめちゃくちゃあるけど多分新しいのはもう来てない。


「今まで静かに暮らしてたから、たくさんの人に囲まれてびっくりしたんです。だから自分の置かれてる状況もまだわかってなくて……今やっと落ち着きました。冷静になると、いや、なっても変だなーとは思いますけど」


 一人で喋ってるから本音が出せる。多分、誰にも気を使ってない。


「意外に楽しかったなーって、今日一日振り返ったら思いました。いや、明日からもあれかーって思うと大変そうだし、ケンカは怖いからやめてほしいですけどね」


 喋ってるとどんどん冷静になっていくのが自分でもわかる。

 周りに誰も居なくてよかった。今は喋ってたい気分で、誰か来たら絶対見られたくないからやめなきゃいけないけど、そうなるのも嫌になってる。


 ひょっとしたら誰かが気を使って人を遠ざけてくれてるのかもしれない。

 流石にないか、とも思うんだけど、絶対にないとも言い切れないな。


「考えてみたら俺、小さい頃から忙しい親に連れられてよく出張についていったり、一人で遊ぶことが多くて友達が少なくて。今日みたいに、たくさんの人に囲まれるのは慣れてなくて疲れた。でもなんか、今になってよかったなーって」


 嘘は言ってない。

 戸惑いはあるし怖くもある。俺がモテてるとかまだ信じられない。

 もしかしたら学校丸ごと協力してる盛大なドッキリなんじゃないかとすら思う。

 でも、仮にそうだったとしても別にいいやって思えるくらい、みんなに囲まれてわいわいできたのはよかったなって思うんだ。


「明日からどうなるのか……最終的にどうなるのかは全然わからないけど、今は一旦落ち着けたから、ちゃんと考えられると思います」


 そりゃ、こんなの初めてだからどうすればいいかわからない。

 ただこの声を何も言わずに聞いてくれてるなら適当に済ませたいとも思わない。

 今からでも、決断が遅いと言われるかもしれないけど、ちゃんと向き合ってみようと思った。


「真剣に考えてみます。ちゃんとした答えが出せるかわからないし、期待に応えられるかわからないけど……みんなの真剣な気持ちは伝わったから」


 それくらいが精一杯の言葉。

 かっこつかないな。慣れてる人だともっといい言葉出てくるのかな。


「あの、じゃあ、家に着いたんで。また明日……」


 そもそも聞こえてるかどうかもわからない。でもまあ、自己暗示にはなったはず。

 狼狽えてるだけじゃきっとだめだよな。

 俺がちゃんと言わないと、同じことの繰り返しになる、っていうのは今日のみんなのやり取りを見たらわかった。

 明日はもっと、勇気を出してみよう。そう思いながらマンションに入った。

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