第11話 守護者VS心中

「何が死のうだ……! ふざけたことを言うな!」


 武さんが、ただでさえ180センチ近い高身長なのに、自分より長い棒をブンブン振り回している。少し離れてたって迫力がすごい。

 男心をくすぐるかっこよさ。すげぇとしか言えなかった。


「好きな人が居るのになぜ死にたがる! その好意をただぶつければいいんだ!」

「それじゃダメなんですよ! 知ってるでしょう⁉ 綾斗さんは色んな人に愛されてるから、二人っきりになるのはとっても難しいんです!」

「だからって死なせるなんて……!」

「心中は愛し合う二人にとって最上のデートですよ! 死後永遠に続くランデブー! 生前の後悔が大きければ大きいほど死んでから燃え上がるでしょう!」


 とてもヤバい話をされてる……。

 失礼なことにお二人についてあまり知らないんだが、この状況だと武さんにどうか勝ってほしいと願ってる俺がいる。

 ハサミを振り回してる九楽さんは、誰がどう見たって怖い。


「私はお前の考えを認めない……! 好きな人と一緒に居たいのはわかるが、死んだらそれで終わりだろう! 好きなら生きて一緒に居るべきだ!」


 武さんが熱のこもった声で言う。

 さっきから棒を振り回してぶん殴ろうとしているものの、九楽さんはぴょんぴょん跳んで避けていて、でも俺にも近付いてこれないみたいだった。ずっと俺をちらちら見て気にしてるのに全然こっちに来る気配がない。


「私は、彼が幸せならそれでいい。たとえ隣に居るのが私じゃなくても、幸せに生きて老衰で死ぬならそれで」

「嫌っ! そんなの寂しい! 好きになってほしい!」


 なんだか盛り上がってるみたいだ。

 俺を好きでいてくれてるんだろうけど死ぬとかなんとか。嬉しい反面、どうしても冷静になって怖くなる瞬間がある。


 あれって本当だ。こういう時、どういう顔をすればいいかわからない。

 声をかけるのも武さんの邪魔しそうだし、九楽さんは止まりそうにないし。


「モテモテねぇ、綾斗」

「何をのんきなっ」

「綾斗くんだから当たり前だよね。好き♡」

「いや……あ、ありがとう。でもなんでこうなってるのか、俺は全然……」


 梢子さんも結城さんも、目の前で女の子たちが戦っていることを疑問にも思わずに普段通りの態度だった。

 おかしいのは俺の方なのか? 全然落ち着かないんですが。


「よし。学校へ行こう」

「えっ⁉ あれを置いて⁉」

「ああ。何か問題があるか?」


 突然羽々乃先輩が無慈悲にもそう言いだした。

 俺のために争ってる二人を置き去りにしようって言いだしたわけで……でもよく考えたら俺から他の女性を遠ざけようとしてるんだから、そりゃ離れたいか。


「でも、あっちの子はともかく、武さんは俺を守ろうとして」

「私が居れば問題ない。誰にもお前を傷つけさせたりしないさ」


 あぁ~、そう言うよね。

 多分先輩を説得するのは無理なんだな。かといって結城さんや梢子さんを危険なところへ送り込みたくもないし。

 となるとやっぱり、俺がなんとかするしか……!


「いいんだ。ここは私に任せて行ってくれ」


 一歩踏み出そうとしたその時、棒を振り回してる武さんが言ってきた。

 さっきからかなり振り回してるのに息切れ一つしてない。


「初めから私は君を守るためにここへ来たんだ。対象は変わったが、君が無事ならそれでいいと思っている」


 なんて健気な……! 事あるごとに怖い顔してる羽々乃先輩と正反対だ。


「だから、君が無事にこの場を離れて、なんでもない一日を過ごせるならそれに越したことはない」

「そんなのダメ! 他の人の目に触れさせたくない! 私と一緒に死にましょう!」

「こいつは私が絶対に近付かせない。行ってくれ」


 うんん、それはそれで申し訳ない気持ちでいっぱいなんだが。

 でもここに俺が残ってたって何もできないし、武さんだってここから離れられなくてずっと俺を守ることになる。そっちの方が多分迷惑。


 置いていくのが申し訳なくて仕方なかったけど、どっか行った方がきっと武さんのためになると信じて、ここを離れることにした。

 でも黙ってどっか行くのも失礼だ。守ってもらってるのに。

 ハサミを棒で受けて戦ってる武さんの背中に、気をつけながら声をかける。


「あの、武……愛羅さん! ありがとうございます!」


 武さんが肩をびくつかせた。聞いてくれてるけど一瞬危なそうだった。


「今度お礼します! また会いましょう!」

「うぅううう、うんっ。あの、えと、わかっ、わかり、ました……!」

「名前を……! 私もまだ一回しか呼ばれていないのに!」

「ずるいずるいずるいっ! 私も名前で呼ばれたいぃ! 希々って呼んでくださいよ綾斗さん! 私もあなたに呼ばれたい!」


 お礼を言った途端に武さんがぎくしゃくし始めた。危ない!

 それと同時に先輩と九楽さんまでおかしくなった。

 ついさっきまで危機感があったはずなのに、そんなものは一瞬で消え失せた。良くも悪くも余裕ができてしまう。


「じゃあ……失礼します」

「待て綾斗! その前に私の名前を呼べ! 今すぐ!」

「綾斗さぁん! 私も私も! 呼んでください! そして切らせてください! 心中しましょうよぉ!」


 なんとなく慣れてきた気がする。

 ここまで想像以上のことをされると逆に冷静になるもんだ。

 守ってくれる武さんと襲ってきた九楽さんに別れを告げて歩き出す。

 俺はうるさい羽々乃先輩を「凛子先輩」と呼びながら、結城さんや梢子さんも一緒に学校へ向かったのだ。

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