第10話 “心中上等”:九楽希々
このままじゃまずそうだ。
そう思ったから勇気を出して、俺が必死になってできたのは羽々乃先輩から離れ、二人の間に立つことだった。
苦い顔はしてるけど止まってくれて、少なくともまだ戦いにはなっていない。
「あの……学校、行きませんか? 今日も普通にあるんで……」
「ああ、そうだな。一緒に行こう。別の学校のこいつと別れてな」
「え? 別の?」
言われてみれば確かに着てる制服が違う。
普通なら服装、特に制服なんかすぐに気付くはずなのに全然わかってなかった。
この緊張感のせいで変になってたのかもしれない。そりゃ別々にはなるな。
「ほんとだ」
「フン。他校でろくに会えも話せもせず、綾斗に近付くななど片腹痛い。私はお前と違って綾斗と親密だ!」
「うっ、ぐっ……!」
「わかったらさっさと自分の学校へ行け。お前にも他の女にも綾斗はわたさ――」
急に先輩が喋るのをやめて、どうしたんだろう? なんてのんきに思ってたら俺もすぐに気付いた。
別の人が近付いてきていたのだ。
俺たちの輪には加わらず、一定の距離で立ち止まっている。
真っ黒いセーラー服を着て、少し俯き、長い黒髪で顔が見えない小柄な女の子。
まさかとは思ったけどここまで来たら俺だって気付かないはずがない。
つまり……自分でそう思うのも自惚れてるみたいで嫌なんだけど。目的は俺ってことなんじゃないだろうか。
気付けば羽々乃先輩と武さんはその子を警戒してるみたいで顔つきが違う。
ぼけーっと突っ立ってる俺や結城さん、梢子さんとは明らかに雰囲気が違った。
「あのっ。私、
小さくてか細い声。不安みたいなものを感じた。
多分俺に言ってるだろうから「あぁ」って声だけ出して、情けない反応だったけどなんとか無視せずに済んだ。
「野上綾斗さん……好きです!」
多分会ったことないと思う、その子が右手に持ってたらしいハサミを見せてきた。
あっ。よくない。
「私と一緒になりましょう!」
「ひっ⁉」
やっぱりそういう感じ⁉
右手を掲げながら九楽さんが走ってくる! 長い髪が動いて表情が見えるようになるとものすごい形相をしていて、俺の体は一瞬で硬直していた……!
でも俺に到達する前に、羽々乃先輩が俺の前に立った。
ほぼ同時に武さんが長い棒を振り回して、九楽さんを殴ろうとする。
「そうはさせん! 彼に近付くな!」
「チッ、邪魔するな! 綾斗は私が守る!」
そこから先は、前に見たのとほぼ同じ。
俺の目には何が起こってるのかよく見えなくて、あり得ないスピードで動いてるらしい九楽さんと武さんが、なんかすごい戦いをしてるようだ。
この状況をどうしろって言うんだ。俺にできることはもう何もない。
「綾斗さんっ! 私ずっと見てました! ずっとずっと好きだったんです! でも私はハーレム反対派ですよ! だって好きな人とはいつでもどこでも二人っきりでいつまでもイチャイチャしてたいじゃないですか!」
動いてる時はほぼ何が起こってるんだかわからない。
ただたまに九楽さんがジャンプした時なんかは顔を上げて、なぜかはっきり俺と目が合った気がした。
艶めかしいというか、色っぽいというか、顔を赤くしながらどこかエロい表情で俺だけを見ていて、ドキッとしてしまうと同時に怖くもある。
ハサミ持って襲ってきたのもあるし、受け入れるのは難しそうだ……。
幸い、武さんが止めてくれるおかげで怪我をせずに済んでる。
「だから私考えました! 心中しましょう! 知ってますか心中!」
「え、あ、いや……」
「知らなくていいぞ綾斗。お前をあいつと心中なんてさせない。お前が心中していいのは私だけだ!」
「ええっ⁉ いや心中自体がだめなんじゃ……!」
なんか色々言われ過ぎて落ち着かない!
とにかく九楽さんの目的が絶対だめなやつだってことは確かだ。
「私と一緒に死にましょう! 二人一緒なら怖くありませんよ!」
「させるか! 彼は絶対に死なせない!」
「おい! 邪魔をするな、私が綾斗を守るんだ!」
またしても目の前の光景が信じられなくなる。
いきなり現れた九楽さんと……っていうか、考えてみたら羽々乃先輩も武さんもいきなり現れたんだった。
とにかくすごい戦いが繰り広げられて、当事者の俺はほとんど蚊帳の外だった。
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