第7話 “絶対お姉ちゃん”:佐切理梢子

 俺の自宅はマンションの一室。

 金持ちって言われるほどじゃないけどそこそこ裕福な方だと思う。

 両親は共働きでバシバシ働いてる。お小遣いをもらって好きに使っていい代わり、両親が家に居る時間は極端に少ない。


 俺はほぼ一人暮らしだった。

 だからこそご近所さんの、姉同然のこの人が家に来て世話をしてくれる。


「おはよう綾斗。ちゃんと起きれたね。えらいよ」

「いや起きるくらい当たり前だって……」


 幼馴染の佐切理さぎり梢子しょうこさん。俺より一つ年上で、子供の頃から家事が好きで得意で、優しく世話を焼いてくれるお姉さん的な存在だった。

 変になり始めたのはいつからだったのか。


 過度なスキンシップなんて当たり前。

 そもそも子供の頃のファーストキスだって俺が奪われたようなもんだ。

 事あるごとに「お姉ちゃんって呼んで」って強要してきて、呼び方に関しては人前であってもマジで怖い顔をしてくる。

 意外と縛り付けられたりとかはないけど、毎日一緒に居るのは当たり前だった。


 改めて考えるとこの状況、どう考えるべきだ?

 家に親が居ないのは別に不思議じゃない。俺の親に頼られてる梢子さんがここに居るのもいつものこと。

 じゃあ結城さんは? 勝手に入ったのかと思ったけど許可を得たのか。


「あの……結城さんが来てるんだけど」

「ええ、知っているわ。私が迎え入れたんだもの」

「あ、そうなんだ。よかったー。変な感じの登場じゃなくて」

「変な感じって?」


 当たり前みたいに俺の隣に立つ結城さんが、俺の顔を覗き込んできた。

 俺の想像をそのまま伝えるのはまずい気がする。可愛いけど、昨日の屋上の戦いを見てからちょっと印象が変わってて、なんか不穏なものを感じてもいるのだ。


「結城さんじゃなくて、由奈って呼んでほしいな」


 まさか心を読まれたりしてないよな?

 いや、前から結城さんとしか呼んだことないし、それを指摘しただけだろう。

 それはいいとしても、名前で呼ぶとかマジでハードルが高過ぎる。


「いや……それはちょっと、無理かなー、なんて」

「私は、名前で呼ばれた方が嬉しいんだけどな」

「あの……えーっと」


 結城さんが体を寄せてきて、俺の顔を覗き込んで、甘えるみたいに言ってきた。

 正直めっちゃ可愛いし呼び捨てとかしたい。が、できるかどうかってのは別の話であるわけで。


「ぜ、善処します……でも、急にっていうのは流石に」

「ふふ、わかった。綾斗くんが変わっていくところ、楽しみにしてるね」


 はっきりそう言われてしまうとプレッシャーなんだけど……。

 反論もできないし、一応頷いて返事をしておく。


 とにかく今日も学校がある。昨日色々あったところで生活は変わらない。ひょっとしたらまたあの感じになるかもしれないけど行くしかないのだ。

 少なくとも結城さん……由奈さん、と梢子さんは仲が悪そうには見えない。それだけは安心だった。


「梢子さんは平気なんだね」

「お姉ちゃん」

「……お姉ちゃんは」

「ええ、もちろん。だって由奈ちゃんと綾斗が仲良ししてても、私と綾斗の関係が変わることはないもの」

「まあ、そうかもしれないけど」

「綾斗」


 お姉ちゃんこと梢子さんに改めて呼ばれた。

 なんて言ったらいいのか、どういう気持ちなのか、自分でも説明できない。それで少し悩んでいた隙に梢子さんは目の前まで来てた。


 右手で顎を押さえられて、あっと思った一瞬でキスをされていた。

 柔らかい感触。どこか甘くて懐かしい香り。結城さんとは違っていた……って⁉


「ぷあっ⁉」

「あら。うふふ、恥ずかしがっちゃって」

「なんっ、何やってんの⁉」

「愛情表現よ。キスなんてそんな、今更なのに」


 今更って、だからそれは子供の頃の話なのに……!


「ほっぺたやおでこにはしていたじゃない」

「してっ、たけど! それはほぼ無理やり……!」

「言っていなかったけど寝ている間に唇にもしていたし」

「ええっ⁉」

「お姉ちゃん、綾斗が好きだから」


 いやいやいや……そういう問題じゃあ。大体結城さんも聞いてるし。

 ちらっと確認すると、結城さんはにこにこしてて気にした様子はない。

 とりあえず一安心、していいのかな?

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