第8話 “独占主義”:羽々乃凛子

 ドキドキの登校だった。

 昨日の熱量があったもんだから、準備を終えて家を出ると誰か居るんじゃないかとか考えたりして不安があった。


 そしていざ出てみたら本当に居ちゃった。

 3年生の先輩、羽々乃はばの凛子りんこさんだ。


 初めは優しい目だった。俺と目が合うと珍しいことに、でも俺に対してだけはわりと以前からそうだったように、パッと笑顔になって見るからに嬉しそうだった。

 昨日と同じく刀を持っていて、俺の両隣に結城さんと梢子さんが立っているのを見た途端に目つきが変わり、二人に対してだけはめちゃくちゃ怖い顔をする。


「おはよう綾斗。今日も可愛いな」

「お、おはようございます。……かわいい?」

「そしてお前ら。綾斗から離れろ」

「嫌です!」

「私は構いませんよ。今離れても家の中で会うので」


 うーん、どっちの反応も羽々乃先輩を怒らせるものにしか思えない。

 予想した通り、先輩はすらりと刀を抜いてきた。


「もういい、もう頼まん。私の綾斗に近付くなら死ね」

「先輩、考え直してください。綾斗くんは死人が出ることなんて望んでいませんよ」

「私が話せば変わるさ」


 なんというか、押しの強い人なんだなぁ。

 結城さんの意見はまさにで、死ぬとか殺すとかやめてほしいんだけど、今の先輩に声をかける勇気なんてない。


 もしくは、昨日の感じもあるし、ひょっとして俺が勇気を出したら意外と考えを変えてもらえるのかな。

 今のところ頑固そうだけど、結城さんより俺の方がまだ可能性がありそうだ。

 嫌だけど……こういうところで男らしさみたいなものを見せといた方が。そういう気持ちもあった。隣には結城さんも居ることだし。


「あの、先輩」

「凛子と」

「え?」

「凛子と呼んでくれ、綾斗。先輩もいいんだが……凛子先輩がいいな」


 やっぱり俺にだけは優しい。

 それとみんな呼び方が気になるんだなぁ、なんてのんきに考えてしまう。


「り、凛子先輩」

「んっ! ふふふ、ああ。なんだ綾斗?」


 試しに言ってみるとめちゃくちゃ嬉しそうな顔になった。

 この調子ならマジで説得できてしまえそうだ。

 些細と言われるかもしれないが俺は勇気を振り絞り、羽々乃……凛子先輩に近付いて正面から向き合った。


「凛子先輩、あの、偉そうに言うようですけど、殺すとかそういうのはあまり……」


 近付いたせいで、先輩の左手に腕を掴まれて強引に抱き寄せられた。

 気付けば俺は先輩の腕の中。先輩は俺より背が高く、片腕ですっぽり包まれ、控えめながら柔らかい胸の感触を顔で確認してしまっている!


「お前の気持ちはわかっているさ。綾斗は優しいな。奴らがお前に近付きさえしなければ誰も傷つけたりしない」

「せっ、せせ、先輩っ……!」

「ん? あぁ、気にするな。お前だけは触っていいんだぞ」


 いやそうしたいのは山々ですけども⁉ 流石にこの状況でそんなことできるほどの勇気はないし、何より急過ぎて……!

 俺が先輩に抱かれてる姿は、結城さんと梢子さんにばっちり見られていた。

 意外にどっちも落ち着いてて、ただ結城さんは笑顔でこっちに近付いてくる。


「綾斗くん、私のもどうぞ」

「黙れ! 私と綾斗の蜜月に入ってくるな!」

「私の方が大きいよ」

「きっ、さまァ⁉ 言ってはならないことを言ったな! 斬り捨てる!」


 あぁ、よくない流れ……。

 そりゃあ確かにサイズのことは見ればわかるけども、そんな、俺は大きいのも小さいのも好きなのに。


 先輩が俺を突き放そうとしてまで結城さんに斬りかかろうとしたので、それは流石にまずいと思って、俺が強く抱き着いて止めた。

 胸に顔を埋める格好になったがこれはもう仕方ない。

 先輩も俺の行動でちょっと力が緩んだみたいだ。


「せ、先輩、落ち着いてくださいっ。あの、その……」

「止めてくれるな綾斗! こいつは今すぐ斬り捨てて二度とお前にちか――!」

「俺は先輩くらいのも好きですから!」


 何を言えばいいかわからなくて勢いで言ってしまったのだが、先輩は大事であろう刀を地面に捨ててまで、すかさず俺を抱きしめた。

 どうやら効果はてきめんだったみたいだ。

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