第3話♡「はい、お兄ちゃんの負けぇ~~~~♡♡♡♡♡」

 夕方、高校の部活で駄弁るだけ駄弁って適当に帰宅すると、瑠璃がやはり先に中学から帰ってきている。

 ソファに寝転び、スマホを横にして、動画でも見ているのだろうか。

 涼しげなキャミソールにショートパンツだ。


 まったく……七月だから暑いとはいえ、我が家はエアコンも効いているのだし、いつもいつもそんな格好じゃ風邪引いちゃうでしょうが。まあ、風邪を引いてもこのお兄ちゃんが献身的に看病するから大丈夫だけど。


 ……本人は苦しいだろうけど、高熱に浮かされた瑠璃、ほわほわになるから可愛いんだよな。

 すごい素直になるし……。

 母さんが家にいない時に俺が体を拭いてあげたこともあるけど、服をはだけさせてあげても何も言わず、されるがままだったもんなあ。

 その従順さはまるで……

 妹モノの禁書に出てきた、催眠をかけられた妹のような……


「うおおおおおッ!!」


 壁の柱に頭を打ちつけて忌まわしき記憶を追い出そうと試みる俺なのであった!


「うっさ。何してんのお兄ぃ。そのまま頭打ち続けて死ぬ?」

「……ここはどこ。私は誰……」

「記憶喪失!?」

「たとえ全ての記憶を失っても、瑠璃のことだけは忘れないからな」

「ウザ」

「それより、瑠璃。そんな格好でいると風邪引くぞ」

「は? そんな格好ってどんな格好?」

「どんな、って」


 そりゃあ……

 華奢な肩や綺麗な腋が丸ごと見えちゃうキャミソールとか、

 浅くスリットが入っててほっそりした太ももを眩しく引き立たせるショーパンとか、

 そういうのを着ているという、

 格好だが?


 …………………………。


「……どんなって、そりゃあ、そんなだよ」

「そんな? そんなって何?」

「その……」

「……」

「……」


 ふと。

 瑠璃のショーパンと太ももの隙間から、ちょっとだけ、白い布が見、見え


「さてプリンでも食べるかぁ」

「は?」


 俺は冷蔵庫を開ける。


「ざんねーん。昨日わたしがお兄ぃの分まで食べちゃいましたー」

「そうだったな」


 俺は冷蔵庫を閉める。

 閉めるのが下手すぎて、自分の頭を挟んでしまった。


「いてっ」

「何してんのお兄ぃ」

「いや? 別に? 挙動不審になんかなってないが?」


 まあ、たまにはあるよな、冷蔵庫に頭が挟まれて「いてて~」ってなっちゃうこと。うん。あるある。


 俺は冷蔵庫を再び閉める。自分の頭を挟む。


「いてて」

「挙動不審だよね?」

「違うが?」

「わたしの格好が気になるわけ?」

「え? どういう意味? 風邪引きそうだから厚着してほしいだけだが?」


 瑠璃が家では露出度高いのは昔からだが?

 今更、気にするわけないが?

 瑠璃は実の妹であって、ここは現実であって、あの禁書のようなことは一切起こらないが?

 普段はツンツンして近づかせてくれない瑠璃が、るりにゃんになってすりすりにゃーにゃーしてきた時、一切ドキドキなんかしなかったが?

 ドキドキする要素なんて皆無なんだが!?


「ふぅーん? ……ふぅーん……♪」


 ――――一瞬、なぜだか瑠璃の目が妖しく光った気がする。


「な、何だよ。どうした瑠璃」

「お兄ぃさあ。そういえばこの前、催眠アプリがどうのとか言ってたよね?」

「え? あ、ああ」

「ばかだねーお兄ぃ。催眠アプリなんてあるわけないのにさー。でも、もしそんなものがあったら……」

「あったら……?」


 瑠璃は、にひひっ、と笑って口の端を吊り上げ、頬を上気させた。


「好きな人に命令すれば……あーんな恥ずかしいところやこーんな恥ずかしいところが……ぜーんぶ見れちゃうね……♪」


 ……好きな人の。

 あんなところや。

 こんなところ……。


 俺はごくりと生唾を飲む。

 見られる、のか。

 瑠璃の……恥ずかしいところが。


「ま! お兄ぃは雑魚だから、もし好きな人がいたとしても催眠なんてかける勇気ないよねー♪ 催眠アプリを持ってても、宝の持ち腐れだね。くすくす♪」

「そ、……そう思うか?」

「違うわけ?」

「瑠璃。ちょっとこれを見てくれ」

「何? スマホ? どうでもいいものだったら画面割るけど?」


 瑠璃の目に、サイケデリックな紋様が映る。

 催眠モード、ON。


「瑠璃」

「あ……」

「《瑠璃は今から、》」


 俺は満面の笑みで言った。


「《七歳の頃みたいにお兄ちゃんが大好きになる》ッ!!」


 ――――こうすることによりッ!

 昔の瑠璃の、あんな恥ずかしいところ(お兄ちゃん抱っこぉ~!と駆け寄ってくるところ)や、こんな恥ずかしいところ(お兄ちゃんがいないと寂しいよぉ……と裾を引っ張ってくるところ)が、見放題となるッ!

 我ながら、天才ッ……!


 瑠璃は、くらりとよろけたが持ち直し、俺の方を見た。

 瞳に浮かぶ、ハートマーク。


「は?♡ そっちかよ♡ おにいちゃんってほんとバカ♡ ってゆうか七さいのころのわたしが好きってこと? もしかしておにいちゃんってぇ……♡ ロ・リ・コ・ン?♡」

「はあ!?」


 なっなななな何でそうなる!? 違うが!?


「やっぱりそうなんだー♡ ロリコンお兄ちゃん、きんもー♡ わたしみたいな、十三さいのちっちゃないもうとをみて、ドキ♡ドキ♡しちゃうんだぁ。さいってぇ……♡」

「は!? はあー!? そっそんなわけないが!? てかなんか思ってたのと違う!」


 瑠璃は喋り方が舌足らずになってるけど、自分のことは十三歳と正しく認識してるし、幼児退行みたいなことにはなっていない。

 もしかして、七歳の頃、という催眠だからか!?

 七歳になれ、と言えばまた違ったのか!?


「えー? ちがうのー? ふぅーん……♡ だよね♡ ドキドキするわけないよね♡ たとえばぁ……ちっちゃな女の子にこーんなことされても、ぜんぜんコーフンしないよね♡」


 そう言って瑠璃(七歳モードの十三歳)が両腕を広げ、近寄ってくる。


「お兄ちゃん……だっこ♡」

「歪んだ形で望みが叶う!!」

「ぎゅーっ♡ ふふっ♡ あれぇー? ぎゅってしてると、お兄ちゃんの胸の高さにわたしのもちもちほっぺ♡があるから……お兄ちゃんのドキドキ♡がぁ、すっごくつたわってきますけどぉー?♡」

「こ、このガキ~……!」

「ふふっ♡ ざーこ♡ よわよわ心臓♡ あー、なんだかだっこしてもらってたら、あつくなってきちゃった♡ おふく、ぬいじゃおっかなぁ……?♡」

「え!? それ以上脱ぎようがなくないか!? まあショーパンはギリ脱げるか。いやちょ、待って!! 待ちなさい!!」

「でもぉ……♡ お兄ちゃんはロリコンじゃないし、十三さいのいもうとのかわいいぱんつをみても、なんにもかんじないんだよね?♡」

「当たり前でしょうが! 瑠璃の下着なんて小さい頃から見慣れてるし何なら小さい頃は一緒にお風呂も入ってたんだ! 今更パンツの一枚や二枚、どうってことないぞ!」

「そっかぁ……♡ じゃあ、しょうぶしよ♡ お兄ちゃん♡」

「しょ、勝負?」

「あっちむいてほいでしょうぶだよ♡ じゃーん、けーん……」

「なぜ急に!? じゃーん、けーん」

「「ぽいっ!」」

「いくよ、お兄ちゃん♡ あっちむいてー……」


 じゃんけんに勝った瑠璃が、指をさす。

 と同時に、ソファに座ったまま、瑠璃は、ショーパンの股の部分を指でずらした。

 隙間から白いパンツが煌く――――


「ほい!」


 俺は。


「……………………………………あっれぇ~~~~????♡♡♡ お兄ちゃぁん……♡♡ あっちむいてほいのルールしってるぅ~~~?????♡♡♡♡」

「」

「あっちむいて、ほい、のタイミングでぇ…………上下左右のどこかをむかないといけないんだよぉ~~~~~?????♡♡♡♡♡ なのにぃ……♡ お兄ちゃんったら、わたしのかわいいぱんつ♡をガン見して…………♡♡♡♡♡」

「」

「はい、お兄ちゃんの負けぇ~~~~♡♡♡♡♡ はいぼくしゃ~~~~♡♡♡ しかも、ロリコン確定ぇ~~~~~♡♡♡♡♡♡♡♡♡ くすっ♡ にひひっ♡♡ そんなに十三さいのいもうとのぱんつが見たかったんだぁ…………♡♡♡♡」

「」

「ざーこ♡ ざこ、ざこ♡ ざぁ~~~っこ♡♡♡ 変態♡ きもすぎ♡ むっつりすけべ♡ 一生彼女できないね♡ わたし以外に♡♡」

「」

「……あれ? お兄ちゃん? さっきから動かないけど……聞こえてる?♡」

「」

「お兄ちゃん? おーにーいーちゃーん?♡」

「」

「……まさか、これ……お兄ちゃん……」

「」

「…………き、」



「」



「気絶してる……♡」







 俺の脳内にある、陽光降り注ぐ教会チャペルにて……


 白いパンツを穿いた天使たちの讃美歌が、清らかに、厳かに、響いていた…………

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