成功体験サブスク

ポテろんぐ

第1話

(太郎の家 太郎の部屋)


   蝉が鳴いている。

   バイトの面接の結果の電話をしている太郎。


太郎「(最初は元気がいい)もしもし! 面接ありがとうございました! 採用されたらバリバリ働きますんで……(雲行きが怪しい)え? 不採用、そうですか」


   蝉の鳴き声が一層大きくなる。


太郎「あのぉ! 実は僕、今日、誕生日なんです! 本当です! 履歴書にも書いて……(関係ない)あ、関係ない。はい、失礼します」


   太郎、「あああああ!」と頭を掻きむしる。


太郎「また、バイト落ちた。もう、一生、ニートから抜け出せそうにねぇよ!」


悪魔「そりゃ落ちますよ。履歴書の右半分が真っ白じゃ無いですか」


太郎「そうなんだよ! 二十一にもなって履歴書に書ける様な特技が何も無いし……同い年の奴らは今頃大学生活をエンジョイしてるのに、俺は大学にも行けず、就職すらできていない!」


   太郎、涙ぐむ。


悪魔「なら勉強して、資格とか取らないとダメじゃないですか」


太郎「取れるなら取りてぇよ俺だって。でも……」


太郎、ため息。


太郎「小さな頃から勉強も運動もダメ。習い事をしても続かない。

中学高校で意を決して野球部に入ってみたものの、練習に耐えられず、幽霊部員。大学受験も勉強に身が入らず、結局、今の有様よ」


悪魔「なるほど、今までの人生で何かを成し遂げたって経験がないんですね、アナタ」


太郎「そうなんだよ。だから俺には、あの最近流行りの自己肯定感ってやつがないんだよ」


悪魔「『自己肯定感』ですか?」


太郎「そう! 自己肯定か……(悪魔に気付く)って、誰、お前! なんで、さっきから俺と話してる!」


   悪魔、不敵な笑み。


悪魔「私は、あなた達の言葉を借りれば、悪魔ですかね?」


太郎「悪魔? 何で、悪魔がここにいるんだ?」

 

悪魔「それよりも、欲しいですか? 自己肯定感」


太郎「えっ! くれるの?」


悪魔「実はちょうど、アナタにピッッッタリの商品があるんですよ」


   悪魔、不気味に笑う。

   悪魔、指をパチン! と鳴らす。


悪魔「ほら、アナタのスマホを見て下さい」


太郎「スマホ?」


   太郎、スマホを手に取り、操作する。


太郎「あれ? 何か知らないアプリが入ってるぞ。なんだ、これ?」


   太郎、アプリをタップする。


悪魔「そのアプリが今回の商品『成功体験サブスク』です」


太郎「成功体験、サブスク?」


悪魔「そのサブスクは一ヶ月たったの五百円で、いわゆる勝ち組と呼ばれる方々の『成功体験』を自分の体験にできるんです!」


太郎「成功体験を自分の体験って、どゆこと?」


悪魔「例えば、『甲子園優勝』の成功体験を選べば、その優勝した成功体験がアナタの記憶に刻まれます」


太郎「幽霊部員なのにぃ!」


悪魔「幽霊部員でも、ノープロブレムです!

しかも、アナタ以外の周りの人々も、アナタを甲子園で優勝した人として扱ってくれます!」


太郎「すげー!」


   太郎、テンションが上がって「うおおお!」と叫ぶ。


太郎「だって他にも『東大合格』とか……え? 『タワマンの最上階生活!』 全部、たった五百円で俺の体験になるの!」


悪魔「ただーし! 当たり前ですがサブスクを解約したら、成功体験も、周りの人の扱いも、全て無くなりますので」


太郎「五百円でこんな肩書き手に入るのに、退会するわけねぇだろう! もう、入会入会!」


悪馬「毎度、ありがとうございます!」


太郎N「と、俺は呆気なく悪魔がくれたアプリ『成功体験サブスク』の会員となった」


   カラスの鳴き声。

   悪魔が帰り、改めてサブスクを試す太郎。


太郎「まず、最初の成功体験は『甲子園優勝』にするか。

(説明を読む)えーっと……まず、両耳にイヤホンを付ける。で、欲しい成功体験のアイコンをタップする」


   スマホをタップする太郎。


太郎「(説明を読む)で、再生ボタンをタップ、と」


   スマホをタップする。


太郎N「選択した成功体験を再生すると、俺の頭の中に、存在しないはずの捏造された高校時代の記憶が蘇ってきた」


   (甲子園で優勝する妄想)


   金属バットでボールを打つ音。


太郎N「あの夏。甲子園を目指して、朝から晩まで、泥に塗れ練習した日々……」


   ノックのボールを打つ音。


太郎N「辛い練習に何度も辞めようと思った。でも『甲子園に出たい』という、子供の頃からの夢が俺を支えていた」


   甲子園の大歓声。

   ホームランをかっ飛ばす、バットの音。


太郎N「そして高三の夏。俺の逆転サヨナラ満塁ホームランでついに念願の甲子園優勝を決めた!」


   (太郎の家 太郎の部屋)


   カラスの鳴き声。

   太郎、辛い練習を思い出して泣いてる。


太郎「(泣いてる)本当に俺、野球を辞めなくてよかった。自分を信じて、努力し続けて良かった。アイツらと優勝できて、良かった。あの頃の辛い経験があるから、今の俺がいる!」


   太郎、立ち上がる。


太郎「一度、バイトに落ちたぐらいなんだ! 諦めないのが俺だろ!」


   太郎、「うおおお!」と部屋を出ていく。


太郎N「自己肯定感が上がった俺は、さっきバイトの面接に落ちたコンビニに向かった」


   (コンビニ)


   コンビニのレジの音。

   コンビニの自動ドアが開き、太郎が入って来る。


店長「いらっしゃい、ま……」


   太郎、レジに手を付く。

   店長、「ヒィ!」と震える。


太郎「さっき面接に落ちた者ですけど! 出直して来ました!」


店長「出直すって、君、面接落ちて、まだ二時間しか経ってないよ?」


太郎「はい! その二時間で甲子園を優勝してきました!」


店長「えええ! 凄いじゃないか、君! (太郎の顔を見る)本当だ、合格だよ!」


   店長、嬉しそうに笑う。


店長「さすが甲子園優勝! 自信に漲ってるなぁ!」


太郎「ありがとうございます!」


太郎N「俺は二時間前に落ちたコンビニのバイトに見事受かる事ができた」


   (帰り道)


   太郎、鼻歌まじりに家へ帰る。


太郎「本当に甲子園優勝した人間になっちまった。凄えよ、このサブスク!」


   太郎、立ち止まる。


太郎「待てよ。て事は、あの『東大合格』を体験すれば、俺も東大生になれるのか!

 あのSNSで大学生活のエンジョイっぷりを見せつけて来る同級生どもをごぼう抜きできる!

てか、バイトの面接なんて目じゃない、一流企業に入社できる!」


   太郎、走り出す。


太郎「よし、そうと決まれば、家に帰って東大に受かるぞ!」


   太郎、「うおお!」と家に戻る。


太郎N「俺は走って家に帰り、早速、成功体験サブスクで『東大合格』の体験を注入する事にした」


   (太郎の家 太郎の部屋)


   スマホを操作する太郎。


太郎「あった、東大合格! よし、注入だ! 行って来い、俺!」


   太郎、スマホをタップする。


太郎N「俺は東大合格の成功体験を体内に注入した」


   (東大合格の成功体験)


   塾で、大勢の人が勉強している鉛筆の音。


太郎N「幼い頃から『神童』と呼ばれ、テストはいつも満点。高校に入っても、野球の練習でどれだけ疲れていても、勉強を一日たりとも怠らなかった」


   家で一人、勉強をしている太郎の鉛筆の音。


太郎N「その努力が実り、甲子園に優勝したその年に東大に現役で合格した」


   合格発表の掲示板の前。


太郎「(自分の番号を見つける)あった、俺の番号! 合格だぁ!」


太郎N「受かった瞬間、辛い勉強の日々が実った事が嬉しまった」


  (妄想終わり 太郎の部屋)


   太郎、泣いている。


太郎「あの勉強の日々があるから、今の俺がいる」


   太郎、立ち上がる。


太郎「勉強は辛かったけど、知識がどんどん身について自分のモノになるのが楽しかった」


   太郎、「よしっ!」と部屋を出ていく。


太郎「(母に)母ちゃん。ちょっと本屋行ってくる。なんか資格の勉強でもしたくて、だから、金貸して!」


太郎N「それから俺は、このサブスクで次々と自分の中に成功体験を注入していった」


   (成功体験を次々に入れていく太郎)


太郎「あ、司法試験に合格がある。よし、タップ!」


   太郎、スマホをタップする。


太郎「あと、ベンチャー企業社長、こっちのタワマンの最上階も入れとかないと! あと、これと、これと……」


太郎N「成功体験サブスクのおかげで、真っ白だった俺の履歴書に次々と、とんでもない経歴が追加されて行った」


   (就職活動 最終面接)


   ドアをノックする太郎。


太郎「失礼します」


   太郎、ドアを開ける。


太郎N「その結果。俺はどんな一流企業の試験も最終面接まで進む事ができた」


   太郎の履歴書を見て、「ほぉぉぉ」と驚く面接官。


面接「高校時代に甲子園優勝、サッカーとバスケの全国大会も優勝、生徒会長、東大合格、在学中に司法試験に受かって、ベンチャー企業の社長、タワマンの最上階で、プロゲーマー! ……(どーでもよさそう)あと、コンビニでアルバイト経験あり、と」


太郎「はい! 他にも色々と経歴はあるんですが、履歴書をはみ出してしまうので、書くのを遠慮させていただきました」


   太郎、苦笑い。


面接「いやぁ、こんな天才がウチに来ていただけるなんて、光栄としか言いようがありませんよ!」


太郎「いえ、私は天才ではありません」


面接「と、いうと?」


太郎「むしろ、天才でないからこそ、人よりも多く努力するしか無かっただけです。

失敗を恐れず、色々なことに挑戦した結果だと思っています」


   面接官、涙ぐみながら拍手を送る。


面接「素晴らしい。謙虚で人間性も完璧じゃないか!」


太郎「いえ、謙虚ではなく、ただの本心です。むしろ、成功よりも失敗の方が学ぶ事が多かったなと思っています」


   太郎、苦笑い。


面接「(カッコ良すぎて言葉にならない)くぅぅぅぅぅ!」


太郎N「どこの一流企業も俺の経歴を見て感動し、人間性に涙を流していた。

そして後日、会社から面接の結果の通知が届いた」


   (太郎の家 太郎の部屋)


   太郎、バカ笑い。


太郎「どこの一流の会社も俺の経歴見て泣いてやんの。ああ、凡人に戻りてぇ」


   太郎、面接結果の通知の封筒を手に取る。


太郎「じゃあ、面接の結果を見ていくか。どうせ、全部合格だけど」


   太郎、通知の紙を広げる。


太郎「(通知を読んでる)この度は申し訳ありませんが、不採用とさせていただきます! はい、不採用いただきました!」


   太郎、通知を破り捨てる。


太郎「(驚く)ふ、不採用ぉぉぉ!」


   太郎、次々と不採用通知を開けていく。


太郎「これも、これも、これも! どの企業も全部不採用じゃねぇか! 俺の経歴を見て、泣いてたくせに!」


悪魔「おやおや、随分と荒れてますね」


太郎「悪魔! 何で俺が不採用なんだよ! お前のサブスクで成功体験をこんなに詰め込んだのに!」


   太郎、履歴書を悪魔に見せる。


悪魔「おお、こんなにも使用していただき、ありがとうございます!」


太郎「なんで俺が面接に落ちるんだよ」


   悪魔の不気味な笑み。


悪魔「その事なんですが、ネットニュースにこんな記事が出てますよ」


太郎「なになに? (読む)若者の甲子園優勝者が過去最大に。今では若者の八割以上が甲子園で優勝していると言う。

しかも、高校にすら入学していない中学生の時点で、甲子園優勝を六割が経験している」


   太郎、「なんだこれ?」と首を傾げる。


太郎「(続きを読む)他にも若者の九割が東大と司法試験に合格、殆どがベンチャー企業の社長……日本のタワマンの数よりも、タワマンの最上階で住んでいる人の方が多いという不思議な現象も起きている」


   太郎、ハッと閃く。


太郎「お前、俺以外の奴にもあのサブスクを売ったのか!」


   悪魔、笑う。


悪魔「当たり前じゃないですか。毎月たった五百円でどうやって生活して行くんですか。あ、そのニュース、まだ続きがありますよ」


   太郎、「なになに?」と続きを読む。


太郎「(記事を読む)この異常事態に企業の面接官も頭を抱えている。

『最近は、どの志望者も東大を出て、甲子園で優勝し、素晴らしい経歴をしているが、みんな同じ経歴だから、申し訳ないけど、あみだくじで採用する人間を決めるしかない』と嘆いていた」


   太郎、驚く。


太郎「あみだくじで決まってたのぉ、俺の人生! (そこじゃないと気付く)じゃ、ねぇよ! 俺の経歴が勝ち組になっても、他のみんなも同じだったら意味ねぇだろ!」


悪魔「そんなの私は知りませんよ。私はアナタたちに成功体験を与えただけなんですから?」


   悪魔、馬鹿にしたように笑う。


悪魔「本当に人間って、考える事が同じで馬鹿ですねぇ。

東大行って、甲子園で優勝すれば、楽に一流企業に入れるって思ったんでしょ? アナタ、も」


太郎「ぐっ」


悪魔「まぁ、お陰で私は儲けさせていただきましたよ。

今や、若者のほとんどが私のサブスクを使っていますから、毎月何もしなくても百億円くらい入って来ますかねぇ」


   悪魔、大笑い。


悪魔「人間って、本当にみんな、自分に自信がないんですね。

その癖、何にも努力しないで、こんなサブスク使って、挙句に私に文句ばかり言って、救いようがなくて笑うしかないですねぇ」


  太郎、「くそぉ!」と悔しがる。


太郎「俺はもう辞める! こんなインチキなサブスク!」


悪魔「まぁ、別に辞めるのは自由ですけど。

でも、東大も甲子園も今じゃ『行ってて当たり前』ですよ? そんな時代に前の真っ白な経歴に戻ったら、どうなりますかね?」


   太郎、「ぐっ」と痛い所を突かれる。

   悪魔の高笑い。


悪魔「では、せいぜい就職活動、頑張って下さい」


   悪魔、笑いながら去って行く。


太郎N「悔しいが、悪魔の言う通りだった」


   太郎、悔しくて床を殴る。


太郎「俺には人に誇れるような人生経験が何もない」


太郎N「あの成功体験サブスクで学んだ事がある。成功者になる人には強い意志がある。

周りに何を言われても、挫けない。なぜなら、成功者たちは『それに夢中になっている自分の事が一番好きだからだ』」


太郎「俺は、ずっと人の目ばかり気にして、好きでもない事に振り回されて、結局、あの悪魔に騙された」


   太郎、ため息を吐く。


太郎「俺の人生、そこまでして、やりたい事が何もな……」


   太郎、「あっ」と自分にもあった事に気づく。


太郎「あった! 俺にも『やりたい』って思った事が」


   太郎、玩具箱の中を漁る。


太郎「どこだ! どこにしまった、あれ!」


   太郎、玩具箱からけん玉を取り出す。


太郎「あった! 懐かしい……けん玉」


   太郎、けん玉で遊び続ける。

太郎、「ほっ、ほっ」と得意げに技を披露してみる。


太郎N「小学生の頃、お祭りの出店で親に買って貰ったけん玉。

最初、全然上手く出来なくて、毎日練習して出来た時の嬉しさが最高で、家で一人で夢中で一人でやっていた。

でも、学校の友達に『けん玉なんかをしている』と馬鹿にされ、それ以来、恥ずかしくて辞めてしまった」


   けん玉が皿に乗り、太郎、物思いに耽る。


太郎「思えば、あれからだよな。人の目を気にして、何にも夢中になれなくなったの」


   太郎、けん玉をし続ける。


太郎N「それから俺は夢中でけん玉をし続けた。

 その時、体の内側から湧き出て来るワクワク感、紛れもなく成功者の人が夢中になる時に感じていた、それだった」


   太郎、なんか涙が出る。


太郎「全然気付かなかった。俺にも、こんな気持ちがあったんだ」


   太郎、涙を拭う。


太郎「よし!」


太郎N「その日から俺は朝から晩まで、けん玉の練習に励んだ」


   (別の日)


   パソコンを操作している太郎。


太郎N「さらに動画で最近のけん玉の技の研究も始めた」


   画面から流れるけん玉のパフォーマンスへの歓声。


太郎「すげえ! 今、こんな技あるのかよ!」


太郎N「今は動画で世界に拡散される時代。けん玉は今ではパフォーマンスの一つとして海外でも認められているそうだった」


   パソコンから流れてくるギャラリーの歓声。


太郎「俺も、こんな風に大勢の人の前で技とか披露できたらなぁ」


   太郎、立ち上がる。


太郎「よし!」


太郎N「俺はその日から、自分のけん玉の動画をネットにアップして、世界中の人に見てもらう事にした」


太郎「(ぎこちない)ハ、ハロー マ、マイネーム……マイネーム、イズ……(本気で悩む)『太郎』って英語でなんて言うんだ?」


   「えーっと」と考える太郎。


太郎N「だが、初めて間もない俺が上手く行くほど、世の中甘くない」


   けん玉のトリックを失敗する太郎。


太郎「だああ、クソ! 全然うまくいかねぇ!」


   悪魔、それを見て大笑い。


悪魔「朝からやってて、一回もできてないじゃないですか」


   マウスをクリックする悪魔。


悪魔「アップした動画も、コメント欄は『下手くそ』とか『やめちまえ』とか、馬鹿にされてるのばっかり」


太郎「うるせぇな。勝手に部屋に入って来るなよ!」


悪魔「私の成功体験サブスクに『登録者百万人以上』の人気配信者の成功体験もズラーっと揃ってますよぉ」


太郎「いらねぇよ、そんなの」


悪魔「またまた強がって、いつまで持ちますかねぇ」


太郎「強がってねぇよ。

 お前のサブスクの人達がどれだけ凄えかは、こうやって毎日失敗ばっかりしてると、嫌と言うほどわかるんだよ」


悪魔「あら、わかってるなら……」


太郎「でも、今の俺は、けん玉を練習して、技ができるようになった時嬉しくて、その自分が一番好きなんだよ」


悪魔「(こいつ、変わったな)ぬっ」


太郎「(けん玉の技をやる)よっ!」


   太郎、けん玉の技が成功する。


太郎「おっしゃ! できたぁ!」


   太郎、無邪気に喜ぶ。


   悪魔、強がって鼻で笑う。


悪魔「後で吠え面をかいて、私に泣きついても知りませんよ」


   太郎のスマホに通知音が届く。


太郎「通知だ。あ、動画にコメントが来てる。また、悪口かよ」


   太郎、ため息まじりにスマホを操作する。

   太郎、コメントが英語で「ん?」と思う。


太郎「なんだ? 英語の長文のコメントだ。えーっと、翻訳、翻訳」


   太郎、スマホを操作する。


太郎「なになに……(コメント)アナタのパフォーマンスは下手ですけど。とても楽しそうで、見ているとワクワクします。これからも……応援してます」


   太郎、歓喜する。


太郎「すげえ、褒められた。この俺が!」


悪魔「えっ?」


   太郎、スマホでコメントを返信する。


太郎「えーっと(コメントを打つ)グッモーニン! サンキューサンキューサンキューサンキューサンキュー!」


   太郎、嬉しくて涙ぐむ。


太郎「サンキュー! サンキュー!」


悪魔「(強がる)ふ、ふん! いつまで持ちますかね?」


太郎N「それから数年の月日が流れた。その日もけん玉の練習をしている俺の元に悪魔がやって来た」


   (数年後 太郎の家)


   太郎に愛想笑いをしている悪魔。


太郎「(上から目線)なんだよ、悪魔、また来たのかよ?」


   悪魔、死ぬほど腰の低い態度で愛想笑いで返す。


悪魔「ど、どうも太郎様、お久しぶりです」


太郎「何の用だよ? けん玉の練習したいんだけどよ」


悪魔「実は、この前もお願いしましたが、その……世界的けん玉プレイヤーで登録者一千万人を超える配信者でもあられる、太郎様の人生を、できたら、私のサブクスに加えさせていただきたいと思いまして……」


   悪魔、愛想笑い。


太郎N「あれから、俺のパフォーマンスは世界で認められ、世界大会で優勝した。

そして、俺のパフォーマンスの動画の登録者は、日本だけではなく、世界中に増え、今では一千万人を超える人気チャンネルになっていた」


太郎「お前、あの時、言ったよな? 『後で吠え面かいて私に泣きついても知りませんよ?』って。

 おい。誰が、誰に、泣きつくって?」


悪魔「そ、それはもう、私が、太郎様にって意味に決まってるじゃないですか!」


   悪魔、愛想笑い。


悪魔「もう、あの世間の人々から『太郎の成功体験サブスクにしろ』って要望が多くて、困ってるんですよ。どうか! この通り……やっぱり、ダメ、ですか?」


太郎「決まってるんだろ! 俺がお前のサブスクなんかにっ」


   太郎、閃いて、笑う。


太郎「やっぱ……いいぜ!」


悪魔「ほ、本当ですか!」


太郎「まぁ、お前のサブスクには『成功者の心構え』を教えてもらったって恩があるからな。登録してやるよ、俺の人生を」


   太郎、勝ち誇った笑み。


太郎「その代わり、俺の人生を余す事なく、成功体験にするんだぞ。いいな!」


悪魔「は、はい! ありがとうございます、ありがとうございます!」


   悪魔、小声。


悪魔「(ボソッと)下手に出てたらツケ上がりやがって、お前がニート時代に泣きべそかいてた所も使ってやるからな」


太郎「なんか言ったか、お前?」


悪魔「いえいえいえいえいえ! いやぁ、太郎様の人生を取り入れたら、世界中の人が私のサブスクを使ってくれるので、ありがたいです」


太郎「そうか、」


   太郎、不適な笑み。


太郎「そうなったら、いいなぁ。悪魔さんよ」


悪魔「え?」


太郎N「そして、成功体験サブスクでついに俺の人生が解禁された」


   悪魔の悲鳴。


悪魔「な、何でだ! 太郎の成功体験を入れた途端に世界中の人々が、サブスクを退会していく!」


太郎N「悪魔の思惑とは裏腹に、俺の成功体験を取り入れた人々は悪魔の成功体験サブスクを退会し始めた」


悪魔「な、何で、何で! 何で、みんな辞めちゃうの!」


   太郎、勝ち誇った大笑い。


太郎「当たり前だろ。俺の成功は『お前のサブスクを退会した所』から始まるんだぞ」


悪魔「え?」


   悪魔、ハッと気付き、頭を抱える。


悪魔「し、しまったぁあああ! そうだった。お前、さてはそれを知ってて、サブスクをオーケーしたのか!」


太郎「それだけじゃねぇよ」


悪魔「え?」


   太郎、「よっ」とけん玉をする。


太郎「成功は人に認められる事じゃない。自分が自分を好きでいる事が成功なんだよ。それをお前を利用して、世界中の人に伝えたかったんだよ、俺は」


   太郎、勝利の大笑い。


太郎N「そして俺の思惑通り、成功体験サブスクはそれからどんどんと人気を失って行った、とさ」


                          (終わり)

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