第37話 ま、まだ……い、生きてる……よね?
「早速、初めていくぞい……『感覚共有』『身体占有』」
二つの魔法陣が俺と師匠の足元に展開されると俺は突然、動けなくなる。
指一本たりとも動かせないため、言葉すら発せられない。
しかし、ここに立っているという感覚だけはあった。
これが師匠の魔法……つくづく敵対しなくてよかったと思わされる。
「この状態で中級魔法を使うぞい」
師匠の言葉が俺の声となって頭に響く。
不思議な感覚だ。
師匠は俺の手を前に突き出すと魔力操作を始める。
いつもは10秒ほどかかる魔力を指先に集める行為が2秒も経たない間に終わった。
「〈ファイアランス〉」
そして、高速で頭の中に魔法陣が描かれると指先から巨大な炎の槍が放たれた。
魔力を集めてから魔法が放たれるまでものの0.5秒。
合計で3秒もかかっていない。
「ふむ……やはり人の体だから魔力操作に時間がかかるのう」
ちょっと化け物すぎないかこの人?!
「もう少し使っていくぞ……〈炎龍〉」
今度は頭の中に同時に2つの魔法陣が展開され、両手から俺の身長くらいの大きさがある炎の龍が的に向かって飛んでいき、焼き尽くす。
「これが多重詠唱じゃ。お主にはこの訓練で最低限ここまでは身につけてもらいたいと思っておる。最後に――」
師匠はまた両手を構える。
「同時に2種類いくぞい!……〈纏雷〉〈身体強化〉」
今度は黄色い魔法陣と白い魔法陣の2種類の魔法陣が展開される。
なんだこれ、体が軽い?
それになんだかバチバチしてるような……。
「〈纏雷〉は近接攻撃に電撃の追撃が入る雷属性の中級魔法、〈身体強化〉はその名の通り、肉体を強化する無属性の中級魔法じゃ……お主の戦闘スタイルからしてこれら二つ覚えられると今度、かなり役に立つじゃろうな」
確かに、攻撃に電撃の追撃が入るとなれば俺の拳が一層強化される。
それに体に負荷のかかる戦闘スタイルである俺にとって〈身体強化〉は喉から手が出るほど欲しい。
「まあ、こんなもんじゃな。〈解除〉」
「うおっ?!」
突然、体が動かせるようになり、俺はバランスを崩す。
「おっと、すまぬ……それでどうじゃ? 感覚は掴めたかのう?」
「ああ……」
俺はさっきの感覚を思い出す。
流れるように魔力を集め、すぐに魔法陣を展開するのだ。
俺なら出来る、俺なら出来る、俺なら出来る!
「〈ファイアランス〉!」
刹那、指先から炎が吹き出し、槍の形を成していく。
そしてそれは俺の狙った方向へ飛んでいき――
「よっしゃぁぁぁ!!!」
的へ命中した。
俺はこれを皮切りに次々と新しい中級魔法を覚えていくのであった。
――――――
【セナヴィア視点】
「〈
2発目でようやく氷柱が命中し、彼の腹部を貫く。
「やっと死んだ……?」
気を失っているのか、死んだのか彼はピクリとも動かなくなった。
彼の腹部の傷口からはドクドクと血が流れ続けており、もし生きていたとしても死ぬのは時間の問題だろう。
「それにしてもここで殺したのはミスだったかしら。家の中が血だらけだわ」
部屋を見渡すと血濡れた床とその床に転がった彼の大きな鞄が視界に入る。
「鞄……?」
おかしいわね、覗きに来たなら大きな鞄なんて目立つし、重いし、邪魔にしかならないのになんで持ってきているのかしら?
もしかして、強盗に来たのかしら?
……まあ、もう関係ないか。
さあ、掃除掃除!
まずはこの汚い死体を袋の中にでも入れて燃やしましょうか。
私は押入れから大きな麻袋を持ってくると、その中に彼を詰めていく。
しかし、そのために彼を持ち上げた時だった。
ポロリと銀色の何かが床に落ちた。
「うん……? なにかしらコレ」
私は興味本位でそれを拾い上げてまじまじと観察する。
鍵みたいね。
でも、なんだかこの形って見覚えがあるような……。
「わ、私の家の鍵じゃんっ!」
間違えるはずがない、この形状、絶対にこの家の鍵だ。
……あれ? でもどうやって彼はこの鍵を手に入れたのだろうか。
この家には一つしか鍵がなく、その一つは私が持っているはずだ。
「ま、まあいいわ! どうせ、腹を貫かれてからこんなに時間経ってたら死んでるでしょうし!」
ま、まさかね。
明かりだってついてるのだから間違えて人の家になんて入ってくるはずない。
私が気を取り直して彼を麻袋に詰め込もうとした時だった。
『お〜い、セナヴィア、今少しよいか?』
「ひゃあっ!?」
私は突然の念話に驚いて尻餅をつく。
『なんじゃ、やましいことでもあったか?』
「は、はあ?! 何言ってんのッ?! この私にやましいことなんてあるはずないじゃない」
彼を殺して燃やそうとしていることはやましいことじゃない、やましいことじゃないわ!
だってこの家に勝手に入ってきたのは彼だし……。
『そ、そうか。それより、お主に一つ頼み事があるのじゃが……』
「なによ、早く言ってちょうだい。早くこの死体――じゃなくてゴミを掃除したいのよ」
『なんじゃ、掃除中じゃったのか。それはすまんな……頼み事というのは今日来たあの少年のことじゃ。少年に寝床は提供してあげたのじゃが、食事を提供し忘れておってのう。この時間だともう店も開いておらぬからお主から少年に何か食べ物を渡して欲しいのじゃ』
「は、はぁ?! そんなの引き受けるわけないじゃないの」
だ、だって、彼はもう死んでいるわけだし……。
『そうか、それは残念じゃ……ならワシが届けにいくとするかのう。確かお主の家の隣の空き家を貸したはずじゃから……』
「隣の家?」
『ああ、そうじゃ。そのくらいは良いじゃろう?』
「う、うん……」
私の中での疑念が徐々に徐々に膨らんでいく。
彼の中身がパンパンに詰まっている大きな鞄、なぜか持っている私の家の鍵、そして隣の家を貸したという言葉。
も、もしかして――
「ね、ねえ、もしかして屋根が赤い家の鍵渡してないよね?」
私はいつの間にかに、そう聞いてしまっていた。
もし、ここで聞かなければ……気づいていないフリをしていれば楽だったのに。
……いや、そしたら私には罪なき者を殺してしまったかもしれないというモヤモヤがずっと残ってしまって、さらに苦しいか。
『……ああ、そうじゃが? セナヴィアは隣の茶色の屋根の家に住んでおったはずじゃろう?』
「ッ?!?! せ、せせせ先月、老朽化が激しいからこっちの家に引っ越したって言ったよね!」
サーっと私の顔から血の気が引いていく。
『……わ、忘れておった』
私は恐る恐る地面に転がった血まみれの彼に目をやる。
ま、まだ……い、生きてる……よね?
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