第33話 でも、実際それは綺麗事で人生は競争じゃないか




「ほう……」


〈ファイアボール〉が当たり、爆散した的を見て、ピクシーの爺さんは感嘆した様子だった。


「ど、どうですか!」


「さっきまで魔力すら知らなかったことを考慮すれば100点満点中で200点じゃな、しかし――」


 俺に胸を撫で下ろす暇を与えないように、爺さんは話を続ける。


「速度、威力共に少し足りんな……もう少し多くの魔力を手のひらに込めるのじゃ」


「ええ……」


 これ以上集めると抑えきれなくなるギリギリまで魔力は集めたんだけどな。


 もっととなると両手で魔法を撃つ必要が生まれる気がする。


「まあ、その辺りは慣れれば改善していくじゃろう……それにしても流石、深層にまでやってきた者なだけあるのう」


 深層に来たのは事故なんだけどね。

 ただ、褒められて悪い気はしない。


「この調子だともう1つの初級魔法の練習は必要ないじゃろうな……ちと早いが中級魔法の説明をするかのう」


「お願いします!」


 俺は元気よくそう言う。


 この調子なら今日中に中級魔法も身につけれちゃうんじゃないか?

 魔法……集中力をかなり使うが、意外と面白いかもしれない。


「さっきワシは中級魔法は300あると言ったが、なぜだかわかるか?」


「え?……イメージへの依存度が高いとか?」


「違うのう、イメージの依存度は逆に中級魔法の方が低いんじゃ」


 え、そうなの?


「正解は魔法陣を使うからじゃ」


 魔法……陣?

 でも、さっきのエルフの人も魔法陣なんて使ってなかっけどな。


「魔法陣は頭の中に描くのじゃよ。初級魔法まではイメージで何となく決めていた魔法の設定を魔法陣で表すのじゃ」


「……?」


 どゆこと?


「頭の中に絵を思い浮かべるとするじゃろう? それをすぐに人に伝えるためはお主はどうする?」


「そりゃあ、絵の特徴を言葉にして伝えるよ」


 そこまで言って俺はハッとする。


「そういうことじゃ、魔法陣は言わば言語じゃ……こうすることで初級の魔法よりも厳密に威力や形を調整できる。よって、魔法の種類も増えていくのじゃ」


「なるほど……」


「例えば中級魔法の中で最も簡単な魔法である〈ファイアランス〉は……」


 爺さんは話しながら虚空から分厚い本を取り出した。


 えっと、しれっと凄いことするのやめてもらっていいか?


「これじゃ」


 本には丸と三角形が入り交じった赤色の魔法陣が書かれていた。

 これを覚えないといけないのか。

 思った以上に大変かもしれない。


 けど、俺に諦める気は一切なかった。


 俺はさっきのエルフの女の言葉を思い出す。


 ――あとちょっとでコイツを殺す準備が整うっていうのに何で止めるのよッ!


 その言葉が本当なら俺は多分、爺さんがストップをかけてくれなければ死んでいたということだ。

 いや、もしもあれがハッタリだったとしても一芸特化の俺が負けるのは時間の問題だったと思う。

  

 それなら、この訓練が終わるまでに俺も上級魔法くらいまで身につけたい。

 

 あのエルフの女には絶対に負けたくなかった。

 


 ――――――


「はぁぁぁ、疲れた……」


 俺は糸の切れた人形のように訓練場の地面に膝をつく。


 結局、俺は魔法陣に苦戦して日が落ちるまでに中級魔法を習得することはできなかった。


「この短時間で魔法陣が描けるようになっただけで十分、お主は優秀じゃよ」


「でも、そこから先が……」


 爺さんが言うように頭の中で魔法陣を思い浮かべるのはできるようになったのだ。


 しかし、その魔法陣を思い浮かべ続けるのに脳のリソースの多くを使っている状態で魔力を集めるのが難しすぎる。


 なんとか魔力が集まったと思ったら今度は思い浮かべていた魔法陣が消えていたことなんて、何回あっただろうか。


「お主は十分才能がある。元々はまだ、初級魔法の練習をさせているはずだったのじゃからのう」


「……ちなみに、ピクシー爺さんはどれくらいで中級魔法を身につけたんですか?」


「30分じゃな」


 明らかに聞く相手を間違えてしまった。

 そういえばこの人は賢者とか呼ばれてる人なんだっけ。


 そりゃあ、それぐらいの才能あるか。

 しかし、わかっていても少し落ち込む。


 そんな様子の俺を見かねたのか爺さんが口を開いた。


「魔法に関わらず何事にでも言えることじゃが、あまり人と自分を比べるものじゃないぞい。人は元々それぞれ違うんじゃから、優れたものと劣ったものができるのは当然じゃろう。それなのに誰かと自分を比べてばかりいると、いつか大切なものを忘れてしまうんじゃ」


「でも、実際それは綺麗事で人生は競争じゃないか」


 気付けばそんなことを口にしていた。


 でも事実、嫌でも強制的に競争させられるのがこの社会だからな。


 勉強には順位と偏差値がつく。

 かといって社会に出ればみんな、収入を比べる。

 探索者であればランクで比べられる。

 配信者であれば同接と登録者で比べられる。


 こっちから比べなくても比べられるじゃないか。


 ピクシーの社会だとそういうのがないのだろうか。


「お主はさっき何を学んだのじゃ?」


「え?」


 予想外の言葉だった。


「確かに、この世界でワシらは常に誰かに比べ続けられる。ワシだって他のピクシーと比べられた結果、優秀じゃったから賢者なんて呼ばれておるのじゃ」


 爺さんは少し俯きながらそう言った。

 そうか、爺さんもずっと比べられて生きてきたんだな。


「じゃあ、お主は常に誰かと自分を比べ続けなくてはならぬのか?」


「それは……」


「さっき、お主が魔法に対して『理論や理屈を考えなければならない』という思い込みを持っていたのと同じじゃ。お主は常に誰かと自分を比べて優れていなければならないと思い込んでおる」


「っ……」


 目から鱗だった。


 この世界は勝手に比べられる。

 しかし、だからといって俺も常に誰かと自分を比べる必要なんてなかったのだ。

 何事も誰よりも優れている必要なんてなかったのだ。


 ……これからこの人のことを心の中で師匠と呼ばせてもらう。

 多分、師匠は師匠と呼ばれるのは好きでなさそうだし、あくまで心の中でだ。

 

「それがわかったら、これからはお主のペースで魔法を覚えていくんじゃぞ」


「わかりました、師匠!」


 ……あ、やべっ。

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