第16話 お礼
「はあ……最悪の1日だった」
俺はベッドの上でそう嘆きながらカーテンの隙間から漏れる日光に当たりながら、寝ぼけ眼を擦る。
時計を見ると今の時刻は8時00分――本来なら学校に間に合わない時間であり、焦るところだが今は夏休み、そして俺は一人暮らし。
好きな時間に起きて好きな時間で何やっても何の問題もない。
というか、一昨日の配信映り込みの件もあるのでほとぼりが冷めるまで学校には行きたくない。
絶対に悪い意味で有名人になる……!
「朝飯でも食って今日はゆっくり課題でもやるか」
昨日は本当に散々だった。
スライムを全て倒した後、なぜか俺が〈狂化〉のスキルを使っていることがバレていたのだ。
あのスキルを使い始めた配信は同接が1人しかおらず、アーカイブを消した今では絶対にバレるはずがないと思っていた。
だが、なぜかバレたのだ。
みんな、カ◯トでもフォローしていたのだろうか。
「はあ……本当に俺が何をやったって言うんだよ」
ただ、そんな中でも良かった点は一つある。
投げ銭だ。
「昨日だけで……120万円!」
俺がプライドを捨てたおかげか、なんと120万円も投げ銭が飛んだのだ。
運営に3割ほど取られたとしても80万以上は手に入る。
80万だぞ? サラリーマンの月収の2倍以上ある金額が一回の配信で手に入ったのだ。
……まあ、それでも緋色ルリさんにあげたポーション代の方が高いのだがな。
――――――
――ピーンポーン
昼飯をどうしようか考えていた時、家のチャイムが鳴った。
「なんだろうな……」
俺は何か宅急便を頼んだだろうかと首を傾げながら扉を開けると――
「こんにちは、
そこにはマスクをし、サングラスをかけた少女が紙袋を片手に立っていた。
「えっと……はい、一応そうですけど」
「良かった、ちゃんと住所合ってた」
「待ってくれ、もしかして俺のファンか?!」
これはもしかしなくても家凸というやつではないだろうか。
「いえ……私、緋色ルリです、先日助けていただいた者です」
「緋色……ルリ」
俺の脳裏に一昨日、助けた女性と昨日の配信がよぎった。
そう、恩を仇で返すかの如く、2回も刺してきた人だ。
俺は思わず、後ずさった。
「あのっ!」
そのまま、俺が逃げるのかと思ったのか、緋色さんの手が俺の腕を強く掴む。
「昨日は本当にすみません……後で視聴者に言われて気づいたんですが私のコメントは営業妨害だったんですね。まさか、柊さんがああいうキャラ付けで活動しているとは思わず……」
「あはは、まあ……俺も言ってなかったのでいいですよ。それに狂人バーサーカー系配信者がいるなんて普通は考えませんし」
まあ、一方的に緋色さんが悪いと決めつけることはできない。
しょうがないから、謝罪を受け入れるか……そう思った時であった。
「――え? 柊さんってネタ系配信者じゃないんですか?」
「へ? ね、ネタ系配信者?!」
全然ちがーう!
誰だよ、こんな純粋な子にそんな間違った知識を植え付けた奴は。
「すっごく面白かったのでてっきり、ネタ系配信者としてやってきている人かと思いました」
凄く面白い?
何が? 俺の配信がか?
「そ、そうか……」
なんだかんだで、現実で配信のことを褒められたのは初めてだった。
「少し顔が赤くなってません?」
「は、は? 気のせいではっ?!」
俺が咄嗟に顔を逸らすと、緋色さんはクスリと笑った。
「やっぱり、柊さんって面白い人ですね」
それってどういう意味だ?
なんか、段々、普通の『面白い』という意味じゃないような気がしてきたんだが……。
「って、本題を忘れていました」
彼女はそういうと小さな鞄の中から紫色の液体が入ったポーションを取り出す。
そのポーションには見覚えがある。
「これ、一昨日のポーションと同じ物です」
そう、あの150万円した精神系の治療ポーションだ。
一昨日、俺が彼女に使ったものと同じものが彼女の手には握られていた。
「いいんですか? これ結構な値段したんじゃないですか?」
少なくとも並の探索者や配信者では簡単に用意できる金額ではなかった。
俺はてっきり、無理をして用意したんじゃないかと思い、少し心配だったのだ。
「大丈夫です、これでも登録者は200万人以上いますから」
「え……」
まだ、俺と年齢がそこまで離れているように見えないのに登録者が増えて50万人になった俺の登録者数の4倍……?
「えっと……なんか、すみませんでした」
そんなに登録者がいたら150万なんてポンと出せるような収入が毎月入ってくるだろうな。
俺がそう驚いていると、緋色さんは真剣な表情で俺の手を握った。
「私は柊さんが格上の相手であるブラックフェンリルと戦って追い払ってくれたお陰で命拾いしました。お礼として私に何かできることはあるでしょうか……?」
「お礼か……」
お金は確かに欲しいが、かといって現状、欲しい装備があるわけではないんだよな。
普通の人ならお金があれば、より性能のいい剣や防具などを揃えたりするのだが俺の場合、武器は拳なのでとりあえず硬い籠手があればいいし、防具はなるべく軽くし、攻撃を一撃も受けないようにするのが俺のスタイルだからそこまで良い防具も要らない。
それに、いくら俺よりも稼いでいるからといって同じ高校生くらいの人からお金を貰うのは気が引けた。
「思いつきませんか?」
「はい……お礼はどうしてもしないと嫌ですか?」
「そうですね、配信者としてそこら辺はちゃんとしたいです」
ぐう……。
じゃあとりあえず、膝枕でもしてもらうか?
膝枕であれば緋色さんが何かを失うということはないし、俺は幸せな気持ちになれてWin-Winじゃないか!
「でしたら私から一つ、提案があります」
彼女がそう言ったのは俺が膝枕と言おうとした瞬間だった。
彼女は真剣な目つきで俺の手を強く握り
「私のクランに入りませんか?」
アイドル顔負けの笑顔でそう言った。
到底、膝枕なんて言える空気ではなかった。
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