第15話 〈狂化〉




「お前ら、随分と俺のこと舐めてるなあ」


 俺は俺のことを弄び続ける視聴者に俺は苛立ちを露にした。


 こいつらは知らない、俺が〈狂化〉スキルを使えば本当の狂人バーサーカーに一時的になれるということを。


 視聴者の俺へのイメージを元に戻すために――


¥30000“なんか言ったか?”


「ワンワン! 何も言ってないワン!」


“草”

“即落ち二コマ”

“もうプライドすら捨てて犬に成り下がったww”

¥30000“柊犬ひいらぎけんのための餌代です”


「って、なに言わせんだよ!」


“自主的に言ってますが”

“もう本人がネタにしてるじゃねえか”

“見知らぬ人に対して150万円のポーションを分けてあげる親切で謙虚な凄く強い……犬?”


 くっ……俺としたことがつい、投げ銭のせいで調子乗って柄にもないことをしてしまった。

 投げ銭、恐るべし。


「ご、ごほん……とりあえず、今度こそちゃんと探索していくから」


 配信を始めて30分――俺はようやく、本題のダンジョンの調査に取り掛かかり始めた。


「そもそも、今日俺がダンジョン配信しようとした理由は本当にお前らと話すためじゃないんだ……西東京ダンジョンで異変が起きたっぽくて調査を依頼されたんだよ」


“嘘だろ……”

“じゃあ、30分も雑談してちゃダメじゃねえかww”

“そんな異変のあるダンジョンで30分雑談……?”

“柊に依頼したの完全なミスだろww”


「待て待て待て、俺は何回も探索しようとしただろ? でも、それを邪魔した奴は誰だったかなぁ〜」


“誰のことだい?”

“ちょっと何言ってるかわからない”

“誰だよ、そんな奴は! 許せねえよなぁ!”


「うん、お前らだな」


 俺はそう言いながら、軽く準備運動をして、空中を飛んでいるドローン型カメラを抱き抱え


「じゃあ、ちょっと画面揺れるけど許してくれよな――〈ショック〉」


 俺の体は急加速した。



 ――――――



「なんだ、モンスターいるじゃないか」


 何回か、〈ショックブラスト〉を発動させた後、俺はモンスターらしき気配を感じた。

 それも第一階層相当の弱い気配だ。


“うげぇ、ちょっと酔ったわ”

“移動の仕方おかしすぎるだろ”

“これが柊の配信か……”

“おい、いつもは移動にショックブラスト使ってないだろ!”


「ま、俺のことを煽った罰だな」


 別に普通の時は疲れるから移動に〈ショックブラスト〉は使わないんだけどな。


 俺はほくそ笑みながらモンスターの気配に近づいていく。


「は?」


 が、俺の足は自然に止まった。

 突然、膨れ上がったモンスターの気配によって。


 ――ぴちゃ


 どこからか水音がしたその瞬間だった。


「キュイ!」


 透明な球状の体をしたモンスター……スライムが現れたのだ。

 スライムは小学生でも倒せるほど弱いことで有名なモンスターである。


「キュイ!」

「キュイ!」


 しかし、それはスライムが一体だけの場合である。


 どこからかまた1体、1体とスライムが現れる。

 そして、突然、地面が激しく光った。


「おいおい、嘘……だろ?」


 俺は見たことのない景色に自分の目を疑った。


「キュイ!」

「キュイ!」

「キュイ!」

「キュイ!」


 そう鳴くスライムが何百体――いや、何千体も蠢いていた。

 あまり、強いモンスターの気配がしなかったから油断していたが、これはそうやって油断した探索者を狩るトラップだったのだ。


“ど、どうなってんの???”

“意味不明”

“きっしょ”

“気持ちわりい”

“スタンピード?”


「いや、スタンピードにしては何か少し違うんだよな――」


「――キュイ!」


 俺が視聴者と話していると突然、一番近くにいたスライムが俺の顔面を目掛けて体当たりしてきた。

 俺はひらりと避けるが――


 そのスライムの攻撃を皮切りに他のスライムたちも俺に向かって近づいてきた。


「ちょっ、俺まだ話してる途中なんだけどっ?!」


 俺は体当たりをするために飛び跳ねたスライムを思いっきり殴ると、スライムは物凄い速さで吹っ飛び、壁にぶつかると破裂した。


 これじゃあ、キリがないな。

 俺は広範囲攻撃できるスキル持ってないし……あ、そうだ。あれ使えばいいじゃん。


「〈狂化〉」


 俺は誰にも聞こえない声量でそう呟いた。


 ――ドクン


 身体中が熱くなる。

 俺は気持ちが高まり、今ならなんでもできるという全能感に支配され、激しい戦闘衝動に駆られる。


「……ふははっ! いいじゃねえか、百体だろうが、千体だろうが全部ぶっ殺してやんよ!」


 右手から前方の大量のスライムたちに向かって最大出力の〈ショックブラスト〉が放たれた。

 それも一発だけでなく、何発も何発も。


「キュイ!」


 大量のスライムが悲鳴をあげるが、俺にその声は全く届いていなかった。


「死ねぇぇぇぇぇ!!!」


 大量のスライムが破裂し、スライムの体液で全身がベトベトになるも俺は気にすることなくスライムを殴っていく。


“え、なんか人格変わった?”

“嘘、ビジ狂じゃなかったの?”

“狂人じゃないけど、バーサーカーではあるな”

“こいつ、俺の知ってる柊じゃねえ!”

“これこれ、これが柊だよ”


 配信映り込み事故から俺を知った視聴者は突然の変容に困惑する。


 はははっ、そうだそうだ、ようやくコイツらに俺がツンデレ系でも、親切でも、謙虚でもなく、狂人系配信者であることを知らしめられる……!

 少なくともそう思っていた。


 俺がスライムを3分の2くらいまで倒した頃だった。


nnmm“こいつ、スキル使って無理矢理、狂人のフリしてるだけだぜ?”


 そんな爆弾がコメント欄に投下された。


“え、どういうこと?”

nnmm“相当マイナーなスキルだから知らない人も多いだろうけど、〈狂化〉っていう理性がなくなるスキルを柊は使ってる”

“なにそれww”

“まさか、そんなわけあるかよ。理性がなくなるって戦闘において結構、致命的だぜ? それを柊が使ってるわけ……使ってるわけないよな?”

nnmm“俺のチャンネルに証拠の配信の切り抜きアップしとくわ”




 元々普通に配信していた柊には当然ながら〈狂化〉スキルを使い始めた時がある。

 しかし、その頃の同接は多くて2人。

 アーカイブを消した今ではもう絶対に掘り起こされることはない話と柊は信じて疑っていなかった。


 しかし、なんとその2人の内の一人が現れてしまったのだ。

 証拠となる配信の切り抜きと共に。


「よし……! なんとか倒し終えたぞ」


 スライムを倒し終えて正気に戻った柊が目にしたのは


“狂人(笑)”

“やっぱビジ狂だったわww”

“柊クオリティで安心したわ”

“(金)狂(い)人

“古参リスナーに裏切られてて草”


地獄だった。








 

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