第11話 通りすがりの親切で凄く強い探索者さん
「なんとか追い払えた……」
これ以上戦っていたら、元々体力が消耗していた俺は危なかったかもしれない。
俺は背中を引っかかれた傷を癒すために体の中にポーションを流し込む。
「大丈夫ですか? 怪我とかしてませんか?」
俺は振り返って地面に座り込んだ少女に向かってそう言う。
もし、戦闘の余波で怪我をさせていたら申し訳ないなと思いながら
「へ、あっ……だ、大丈夫です」
ブラックフェンリルが去ったからか少し恐怖は薄れたみたいだが、まだ顔色は悪いままだ。
「立ち上がれますか?」
俺は少女の傍に近づいて手を差し伸べる。
そして、彼女は俺の手を掴もうと手を伸ばすが
「あ、あれ?」
その手は途中で勢いを失い、地面にぺたりと落ちる。
「ごめんなさい、まだちょっと力が入らなくて……」
この感じ……やはり、まだブラックフェンリルの〈咆哮〉による状態異常がまだ残っているようだ。
時間経過で勝手に消えるのを待つのもいいが……この様子だと自然に解けるまで結構な時間がかかりそうだな。
仕方がない。
「これ、使ってください」
俺は紫色の液体の入ったポーションを差し出す。
これは恐怖や魅了などの精神系の状態異常の効果を緩和させるポーションである。
精神系の状態異常を治すポーションは作り方が特殊であり、他のポーションに比べて値が張るのだが……この際、仕方がない。
俺は彼女にそのポーションを渡し、手の力が抜けても大丈夫なように彼女の手を支えながら口元まで持っていく。
「……ゴク」
そうしてポーションを彼女の口に流し込んでしばらくした頃、彼女の体が淡く光った。
「あ、あれ? 動く、体が動く……! それにさっきよりも怖くない……」
彼女はさっきと人が変わったように目を輝かせ、生き生きとした様子で手をグーパーさせる。
流石、150万円しただけあるな。
彼女はしばらく体を確認していると、おもむろに立ち上がり
「助けてくれて、本当にありがとうございます!……本当の本当に死ぬかと思いました」
深々と頭を下げた。
「無事ならよかったです……怪我とかはありませんか?」
俺が確認のために彼女の体を一瞥していると……突然、彼女は何かに気づいたようにペタンと地面に座り込み、顔を赤らめる。
ああ、そういうことか。
でも、念の為にポーションは飲ませておいた方がいいよな。
「もしかしたらブラックフェンリルの〈咆哮〉スキルで正気を失っている間に怪我していた可能性もあるので、念の為、回復ポーションを飲んだ方がいいかもしれません」
「へ? え、あ……」
「じゃあ、この回復ポーションを」
俺はそう言いながらポーチからそこそこの回復効果があるポーションを取り出し、蓋を開け――
「あっ……」
変なところを持っていたからか、俺の手から蓋の開いたポーション瓶が滑り落ちる。
途中でキャッチしたものの、蓋の開いていた瓶からは液体が漏れ――
「ご、ごめんなさい! すみません、手が滑っちゃって……!」
折角、ここまで紳士に接してこれたのに最後の最後で超ダサいミスをしてしまった。
今度は俺が頭を下げる番だ。
「すみません、本当に……」
相手は女の子だし、服汚しちゃって怒ってるだろうな……と思いながら頭を上げて、彼女の顔を見てみると
「え? あ……いえ、大丈夫ですよ」
彼女は怒っているわけでも悲しんでいるわけでもなく、ポカンとしていた。
辺りにはポーション独特の苦い匂いが漂う。
「ええ、それにポーションを体にかけるなんて探索者だったらよくやることですし……」
確かに、飲む時間がない緊急時は傷口に直接、ポーションをかけることはよくあるか……。
「あっ、そうだ! 配信、配信ついてるんだった!」
彼女は急に立ち上がり、辺りを見渡すと……
「あったあった、私のカメラ……」
彼女は空中を飛んでいたドローンのような何かの元へ駆け寄る。
……え?
なに、アレナニ?
彼女はカメラの前で申し訳なさそうな顔をしながらカメラに向かって話し始める。
「視聴者さん、放置しちゃってごめんなさい……Sランクモンスターのブラックフェンリル?らしいモンスターに遭遇しましたが、通りすがりの親切で凄く強い探索者さんに助けてもらって見ての通り無事です!」
そう言いながら体をクルクルと一回転させた。
シチョウ……シャ?
いや、きっと俺の知らない単語か、それかどこかの国の言語だろう。
そうだよな?
そう言ってくれよ、嘘だろォォォォォ?!
「――じゃあ、とりあえず配信はここで終えるね。また家に戻ったら詳しい話は配信にしますね……おつるり〜!」
彼女はアイドルのような笑顔を浮かべながらカメラに向かって手を振る。
ガラガラと、俺のイメージ像が崩れ去っていく音がした。
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