第10話 ブラックフェンリル




 それは自宅に帰るためにダンジョンから駅に向かっていた途中であった。



 ふと、行きに比べてやけにカバンが軽いなと思ったのだ。

 俺はカバンに手を突っ込み、無いものがないか探っていると


「あれ? カメラ……カメラ置いてきてるじゃん!」


 不味い……配信を終えてからそのままドローン型カメラを放置したままだった。

〈ショックブラスト〉を使って爆速で帰ったからカメラは俺に追いつくことができず、あのまま下層でプカプカ浮いているはずだ。


「帰るか……」


 正直、結構今日は体力を使ったためこれ以上、動きたくはないが……ダンジョンには外から持ってきたものは人の手に渡らない限り、3時間で消えてしまうというルールがある。

 そのため、今すぐ取りに戻らないと俺のカメラは一生戻ってこないだろう。


 俺は大人しく、回れ右し、ダンジョンに向かって走るのであった。



 ――――――



「あったあった……ようやく見つかったよ」


 なんだかんだで30分くらい探していたと思う。

 カメラが中途半端に俺を追ったせいで記憶していた最後の場所と少しずれていたのだ。


 まあ、いい運動になったと思おう。


「さてと、今度こそ帰るか」


 俺はしっかりとカメラがカバンの中に入っていることを確認すると徒歩でダンジョンの外へと向かうのだが


「変だな、さっきから一向にモンスターと遭遇しない……」


 ダンジョンに入ってからかれこれ1時間は経過しているはずなのに、モンスターの気配が全くしないのだ。

 スタンピードであれば逆にモンスターの数が増えるはずなのにその逆の現象が起きるなんて。


「これも一応、上野さんに報告しておくか」


 今日はもう夜遅いので明日の朝、ダンジョン協会に電話しよう。

 そう考えながら俺は巨大な魔法陣のある部屋へ入る。


 これはダンジョン入り口へと繋がる転移魔法陣……中層と下層の間などモンスターの強さが大きく変わる場所に設置されている便利なものだ。


 俺はそれを起動させようとするのだが――


 ――ドクンッ!


 突然、嫌な予感がし、全身から冷や汗が吹き出す。


 自分よりも強大な何かの気配がするのだ。

 それも下からではなく、上からだ。


「まさか……ね」


 俺は水を飲み、気を紛らわそうとするがそれでも嫌な予感は消えない。

 もしも、上の階層に俺よりも強いモンスターが居て、それに他の探索者が遭遇したら逃げる間もなく殺されるだろう。

 それに最近は下層を探索している他の探索者はみんな出払っていると上野さんが言っていたし、運よく強い探索者が助けてくれるということもない。


 俺はしばらく考える。


 だが、ダンジョンに潜るのは全て自己責任であり、他人を助ける義務もないし、助けたからと言って何かを貰えるわけでもないのだ。

 ただ、なんというか……それでも助けたいと思ってしまう。

 それがただの自己満足で、いずれ痛い目を見る原因になるかもしれない、とわかっていてもだ。

 俺は軽く肩を回し――


「この感じだと後、5つ上くらいか?」


 俺は小さく詠唱すると、一瞬でその場から消えた。



 ――――――



「大丈夫ですか?」


 俺はそう言いながら俺の身長の2倍くらいの高さがある漆黒の狼をぶん殴る。


「〈ショック〉」


 至近距離で〈ショックブラスト〉を発動された漆黒の狼は大きく吹っ飛び、同時に辺りに強風が吹く。


 俺は震えて動かない女性の探索者を一瞥する。

 彼女は地面にぺたりと座り込み、彼女の持ち武器らしき双剣も地面に転がっていた。


 どうやら完全に戦意喪失しているらしい。


「探索者の人! こいつは俺が倒すので早く逃げてください」


「い、やぁ……」


 ツンとした匂いが鼻をついた。

 ダメだ、恐怖に支配されてしまっている。

 恐らく、あの狼のスキルだろう。


 ランクの高いモンスターは〈咆哮〉というスキルで自身よりも弱い相手にデバフをかけることができる。

 そして、場合によっては相手をそれだけで行動不能にさせることもできるのだ。


「グルルゥゥゥッ!!!」


 壁に叩きつけられた狼は怒ったように吠える。

 今更、気づいたけど……あれってSランクモンスターのブラックフェンリルじゃね?

 Sランクモンスター……つまり、Sランク探索者がパーティを組んでなんとか倒せるレベルである。


 それをすでに火竜を相手して疲労が溜まっている俺がソロ討伐?

 英雄譚の作者も無理があると思うんじゃないかな。


 けれど――


「やるしかない……」


 俺は英雄なんかじゃない……けど目の前の女の子一人くらい助けられなきゃ何が探索者だよ。


「はぁぁぁッ!」


 俺は足裏で〈ショックブラスト〉を発動させ、ブラックフェンリルに高速で肉薄するともう一度、音速に近しい速さで拳を振る。


 ――ガンッ!!


 刹那、ブラックフェンリルの姿が消え、俺の拳は壁と衝突し、地面を揺らすような振動が起きる。

 なぜだ? 拳が奴に触れるギリギリまで俺は奴を捉えていたのに拳が触れた瞬間、霧のように姿が消えた。


 すると、突然、背後から強力な殺気を感じる。


「〈ショック〉」


 詠唱しながら手を後ろへ回し、見えない敵に〈ショックブラスト〉を発動する。

 だが、俺がスキルを発動した瞬間に殺気は消え――


「ぐあっ……!?」


 鋭い痛みが背中を走った。

 俺は痛みに顔を歪ませながら横に大きく跳ぶ。


「どこだ? どこにいる?」


 俺はポーションをポーチから取り出しながら周辺の気配を探るも、俺と彼女の気配以外、何も感じない。

 思い出せ俺、ダンジョン協会で見た資料にはブラックフェンリルについてなんて書かれていた?


 だが、ブラックフェンリルは思い出すのを待ってくれるほど優しくはなかった。

 またしても背後から突然、殺気を感じる。


 待て、思い出したぞ。

 俺はさっきと同じように後ろに手を回し


「〈ショック〉〈ショック〉」


 スキルを発動する。

 しかし、さっきと違い俺の手は下を向いていた。


 ブラックフェンリルが持つ特殊な力……それは。


「ガォォォン!!!」


 突然、目の前にブラックフェンリルが現れた。


 ブラックフェンリルはありとあらゆる物の影に入り込むことができる。

 俺はそれを思い出し、自分の影に向かって〈ショックブラスト〉を放ったのだ。


 しかし、居場所がバレたことに気づいたブラックフェンリルは影から飛び出し、俺に噛み付こうとしてくる。


 本来ならスキル詠唱が間に合わない距離だ。


「……っ!」


 俺は隠していた左手を突き出す。

 そこには先程発動し、待機させておいた〈ショックブラスト〉があった。


 ブラックフェンリルはそれに気づくも既に時は遅し。


「ガォォッ?!」


 渾身の〈ショックブラスト〉を受け、ブラックフェンリルはどこかへ吹っ飛び、そのまま影に潜って逃げていった。


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