さいわいなひと

 琴葉、写真を撮られるのは好き?

 俺はあんまり好きじゃない。だって、この見てくれだろう。後から見返したって、全く楽しめないよ。琴葉は、まあ楽しいんじゃない? これは、俺の欲目かな。

 ここ、八幡山は緑地だの、公園だのが多いだろう。世田谷区はみんなそうと言われたら、困るんだけど……とりあえず、趣味で写真をやっている人には、結構いい場所みたいで、花や木や、何気ない生活の一コマなんかを撮っている人が、結構いるよ。

 ここの緑地の話だ。

 そこにベンチがあるだろう。そこに座っていると、声をかけられる。声をかけて来るのが男か女かっていうのは分からない。ただ、すごく感じの良い人だそうだよ。

「すみません、写真を撮ってもいいですか」

「とてもいい被写体だと思ったので」

「あなたの、自然の、そのままの姿が撮りたいです」

 そう言われるんだ。

 すごく感じの良い人だから、「いいですよ」と言って許可してしまう。

 そうすると、その人は、ありがとうございますと言って、嬉しそうに写真を撮ってくる。その人の笑顔に、思わずつられて笑顔になる。

 でも、何枚か撮ったあと、その人は言うんだ。

「あまり自然ではないですね」

「先程の素敵な表情が見たかったのですが……」

「すみません、ありがとうございました……」

 心底がっかりした顔。勝手に期待して撮っておいて、勝手に失望される。思っていても言うべきではないから、ふつうはむっとするだろう。

 でもなぜか、申し訳ないと思ってしまうそうなんだ。

 だから、「もう一度撮ってください」となぜか自分からお願いしてしまう。「今度は絶対にがっかりさせませんから」と。

 それでね。

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