第3話


 その日、オリヴィア・スカーレットは、ギルドドクターのもとを訪れていた。


 ギルドドクターとは、冒険者専用の医者を指す。通常の医者と異なり、魔力や魔物に関する豊富な知識を持っているのが特徴だ。ダンジョンのような魔力が充満する環境で活動する冒険者は、時に通常では考えられない特殊な病気やケガを負うことがある。そのため、冒険者にとって、ギルドドクターは不可欠な存在であると言える。


「こちらにどうぞ」


「ありがとう」


 助手の少年に案内され、オリヴィアは診察室に通された。ギルドドクターは、大体30歳前後くらいに見える黒髪の男性だった。


「はい、いらっしゃい。症状聞かせてくれる?」


 彼は、無造作に伸びた黒髪をぼりぼりとかきながら、気だるげな声で症状を尋ねる。


「それが、その、指の先から毒液みたいなのが出るようになってしまって」


 本当は「魔物を食べたこと」もこの場で言うべきなのだろうが、魔物を食べていることが知られるのは、鼻〇ソを食べていることがばれるのと同じくらい恥ずかしい。さすがに自分から話すのはためらわれた。そこで、オリヴィアは、それらしい質問が出るまでは黙っていようと決め込んでいた。 


「なるほど、あまり見ない症状だね。ちょっと待ちなさい」


 そう言うと、ギルドドクターは、机の上に無造作に積まれた本の中から一冊を引っ張り出し、パラパラとページをめくり始めた。ちらりと見える内容から、それはあらゆる病気と症状をまとめた事典であるように見えた。


「なにっ、これは......!!」


 あるページをめくった瞬間、ドクターの表情が一気に険しくなる。


(あれ?もしかしてこれ、かなりまずいんじゃ......?)


 それまで、自分の身に起こっていることを大事だとは思っていなかったオリヴィアだったが、ただならぬドクターの様子に鼓動が早まるのを感じていた。『魔物を食べたら呪われる』という世間の常識は、本当に信じるべきだったのかもしれない。魔物を食したことへの後悔が、彼女をじわじわと襲い始めていた。


 やがて本を閉じたギルドドクターは、オリヴィアに向き直る。その目が真剣そのものであることが、オリヴィアにとって何よりも恐ろしかった。


「落ち着いて聞いてくれ」


「そ、そんなに......酷いのか?」


 オリヴィアの声は震えていた。ドクターは、口にするのをためらうように顔をしかめる。


 張り詰めた沈黙が数秒続いた後、ドクターは言葉を搾り出すように話し始めた。


「お嬢さんを、今襲っているのはおそらく......不治の病だ」


「なっ......」


 オリヴィアは絶句した。当初の予想をはるかに超える深刻な事態に、彼女の心に強烈な負の感情が押し寄せた。


 やがて、思考がその不治の病が自分の冒険者人生を終わらせるのではないかという懸念に行き着いた時、焦燥感はピークに達した。


「一体、何の病気なんだ!? 私は、私はまだ冒険者でいなければならないんだ!!」


 ドクターに当たっても仕方ないと理解しつつも、オリヴィアの語気は自然と強くなった。半ば詰め寄るような形となったドクターは、白状するかのように病名を告げた。


「中二病だ」


「は?」


「だから、中二病だよ。いやね、誰しも霊〇とか、魔〇光殺砲とか、俺の両手は機〇銃ダブルマシ〇ガンとかそういうのに憧れて練習する時期があるのは分かるよ。でもね、お嬢さんもう18でしょ?これは多分もう一生ものだね。しかもお嬢さんの場合、実際になんか出ちゃってるから治る訳ないって言うかなんというか」


「ふざけるな!!」


 オリヴィアは激高し、机を叩いた。彼女が怒りの感情を他人に見せることは滅多にない。しかし、自身の冒険者人生に関わるような大事な場面でふざけられるのは流石の彼女でも許せなかったようだ。


「私が憧れているのは邪〇炎殺黒龍波だ!!」


 彼女は飛〇派だった。


「ほらーやっぱりそうじゃん。もう間違いないじゃん。せいぜい黒歴史残さないようにがんばってね。はいお大事に」


「だめだ話にならない。助手の人、すまないが、もっとまともなドクターはいないのか?」


 オリヴィアはたまらず、後ろで一部始終を静観していた助手の少年に尋ねる。


「うちのドクターが迷惑をかけてしまい本当に申し訳ありません。ちょっとだけ、お待ちください」


 少年は、そのきちんと整えられた金髪頭を一度深々と下げてから、ドクターのもとへとかけより、その肩をとんとんと叩く。


「ドクター」


「ん?なんだ?」


「ええ加減にせえよこの、ウスラトンカチが!!」

「ぐはッ」


 助手の右こぶしによって、ドクターは吹っ飛んだ。


***


「見た限り、オリヴィアさんの体内で毒が生成されているようですし、指先が毒でダメージを負っている様子もないですね......一番に考えられるのは、毒に関わる魔法が暴発している可能性ですね」


 助手は冷静に推測を述べながら、オリヴィアの表情を伺った。


「オリヴィアさんは、普段魔法を使うことはありますか?」


「いや、ないな。私は魔法はからっきしダメだ。」


 助手の質問に、オリヴィアは首を横に振る。


「それじゃあ、指先に違和感があるとか、今まで感じたことのないような倦怠感や疲労感があるとか、そういうのはないですか?」


 助手はさらに質問を重ねる。


「それもないな。いたって健康だ」


「そうですか……それなら、毒魔法が暴発している可能性は低いですね。普段魔法を使わないような人が偶発的に発動させた場合、体には相当強い違和感が出るはずですから」


 少年は口元に手を当て、一瞬考え込むようなしぐさを見せた。そして、何かを思いついたように、視線をオリヴィアに向けた。


「それなら、『スキル』検査をしてみましょう」


「スキル検査?前にもやったことはあるが、私はスキルなんか持ってないぞ。わざわざもう一回やる必要があるのか?」

 

 この世界では、特異体質的な意味を持つ「スキル」は先天的にしか獲得出来ないとされている。そのため、冒険者になったタイミングで行われる検査でスキルを持たないと判断された場合、後天的に発現することはないと考えるのが普通だ。


 そして、オリヴィア自身も以前行った検査でスキルなしと判定されているため、助手の言葉に訝しむような反応を示すのは自然なことだった。そんなオリヴィアの疑問に、助手は落ち着いた口調で答える。


「本当にごく稀になんですが、後天的にスキルを獲得するケースがあることが最近分かったんです。まぁ可能性として低いとは思いますが、後天的に獲得したスキルが原因で体内で毒が生成されるようになった可能性もあります。とりあえず、やってみて損はないとは思いますね」


「そうなのか、そういうことならよろしく頼む」


「分かりました」と軽く返事をしながら、助手は引き出しを開ける。そして、その中から手のひらにちょうど収まるくらいの、水色に光る水晶玉を取り出した。


 スキル検査は、このような特殊な魔力加工が施された水晶玉を用いて行われる。


 「それじゃあ、手をかざしてみてください。」


 オリヴィアが水晶玉に手をかざすと、水色だった水晶玉の色が徐々に黄色へと変わった。その変化を見て、助手は少し驚いた様子で口を開いた。


「オリヴィアさん、スキルある、みたいです。」


「本当か!?なんてスキルなんだ?」


 そこまで期待はしていなかったはずのオリヴィアだったが、いざスキルがあるとなった途端にその目が輝いた。冒険者である以上、何かしらのスキルを保有していることは有利に働くことが多いため嬉しいのだろう。


 やはり順当に毒が扱えるようになるようなスキルなのだろうか。


「『魔物喰らい』ってスキルみたいです。」


「『魔物喰らい』か......なんか、かっこいいな!」


 オリヴィアはやはり中二病をこじらせているようだった。


「名前からして、毒を扱うスキルという訳じゃないんだな。どういうスキルなんだ?」


「魔物を食べることで、その能力を吸収するっていうスキルみたいですね」


 ここで助手はあることに気づく。


「えっ、っていうことはもしかして、魔物食べたんですか?しかも、毒持ちのやつを」


「......あぁ、エビルツノガエルを、5匹くらい」


 こうしてオリヴィアは、自分の指から毒が出ていた理由が、後天的なスキル獲得によるものだと知ることができた。その代償として、助手の変人を見るような目に晒されることとなったが。


 

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