第40話 アリスとの交渉

 アリスの言動に、子供らしい言い分だとユリアンは思う。

 見た目通り、アリスの精神は幼いのだろう。

 しかし、思想の違いから衝動的に相手を殺したアリスは咎められるべきだとユリアンは判断する。


 「アリス…… お前がノアを殺さなかったら別の道もあったかもしれねえ。 だけどな、もう賽は投げられたんだ。 アンネ、アリエッタを呼びに行ってくれ」

 「待って! アリス、ノアの事殺してない! 殺したかと思ったけど生きてるの!」


 「生きてる? なら、今すぐ治療するんだ」

 「アリスもう魔力ないの!」


 そのやり取りを聞いて、アンネはノアに回復魔法を使った。

 そして、ユリアンの方を見て、アンネは言う。


 「アリスが衝動的になってノアを攻撃した理由は分かる。 ユリアン、魔王様を呼ぶ前に、もう少しアリスの話しを聞いてあげて欲しい。 それに、アリス。 貴方がノアを…… 変わってしまったノアを受け入れる事が難しいのは分かる。 でも、受け入れてあげろとは言わないし、言えないけど、聞いて受け止めて上げて欲しい。 彼も凄く迷って、一人で泣いていたから。 彼の導き出した答えを聞いてあげて」

 「この回復魔法…… 傷が悲鳴を上げて…… 凄くいいね」


 「ホラ! やっぱりノアおかしくなってる! 痛いの凄く苦手で怖がってたのに!」

 「それは、あれだろ。 自分のしてきた事への後悔の代償とかそんな感じで、感じる痛みの重さとかを実感してる感じなんじゃないのか?」

 「ユリアン、何を言ってるの? この変態は痛いのが好きになったんだ」


 アンネの反応を見てユリアンは何か変な事を言ったのだろうか? と頭を悩ませる。

 そして、変な事を言ってるのはアンネの方なのではないのかと顔に疑問符を浮かべていた。


 「ユリアン、僕は変わったんだ。 新たな可能性、本来の自分に出会えた気がする。 君がそれに気づかせてくれたんだ。 君には感謝している。 それに、アリスは僕を殺せない。 僕を殺すとアリスの封印が強固になるからね」

 「ああ、そうなのか。 一人で考えるみたいな事言ってたけど、すぐに答えは出せたんだな。 いや、すでに答えは出ていたのか。 とりあえず良かったって事でいいのか?」


 「ああ、良かった。 きっとこれは素晴らしい事なんだと思うよ。 アリスの顔を見て本当の自分に目覚めた気がしたんだ」


 ユリアンは腑に落ちないと言った感じで、未だに疑念を思い浮かべる。

 何も解決ない気がしたユリアンは、解決する道を示すべく、アリスに語り始めた。


 「アリスは世界を滅ぼしたいと、今でも思っているのか?」

 「世界を滅ぼす? なんの事? アリスそんな事しないよ?」


 「ええ? 8000年前って言うと分かりにくいか。 お前が封印される前って暴れ回っていたんだろ?」

 「うん! めちゃくちゃにするの凄い楽しい! アリスおもちゃで遊ぶの大好き!」


 ユリアンは考える。

 おもちゃ? アリスに取ってこの世界で破壊を行うのは遊び感覚……?

 生態系で言う所の、“破壊者” の意識が働いたのか?

 でも、先生はアリスはもっと別の何かだと言っていたし、よく分からない。

 だが、このままアリスを説得しようとユリアンは試みる。


 「アリス、それは駄目な事だ。 さっきアンネの事が大好きだと言っていたけど、お前が街や国を破壊したら、アンネに嫌われて二度と抱っこしてもらえないかもしれないぞ?」

 「えー? そんなの嫌! でも、そうなったらアンネ殺して、別の人に抱っこしてもらう」


 「何てこと言うんだ。 そんな事したら世界中の人に嫌われて、誰からも抱っこして貰えなくなるんだぞ?」

 「大丈夫だもん! そうなったらいっぱい遊んだ後、有象無象共が蔓延るまで待って、抱っこしてくれる人探すもん!」


 なんだこいつ? 正気じゃないなとユリアンは思ったが、一応話は聞いて答えてくれるので、ユリアンは説得を続けた。


 「アリスが好きなものを教えてくれるか? ノアの事はどう思ってる? さっきやっちまったって顔してたし、大切な人とかなんじゃないのか?」

 「アリスこんなゴミクズの事どーでもいー! そんなのよりアリスの好きなもの知りたいの? アリスいっぱい好きなものあるの! ユリアンが持ってるのとか凄く気になってる!」


 「ああ、これか……」


 ユリアンはアリスを説得する事を考えていて忘れていたが、このぬいぐるみとお守りをアリスの為に持ってきた事を思い出し、それをアリスに差し出すと、大喜びでアリスはそれを受け取り、はしゃいでいた。


 「気に入ってくれたようで何よりだ。 でも、お前が破壊したら全部なくなるんだぞ?」

 「アリスはこれ、大切にするから無くならないもーん!」


 根本的な部分で分かり合えない。

 何を言っても駄目かとユリアンはアリスの説得をするのを諦めようとしたその時、アリスに変化が訪れる。


 「この熊さん、どうしてこれを持ってるの?」

 「これ? ああ、お守りの事か?」


 「それに、この匂い…… これ作ったのエルフでしょ!」

 「ああ、エルフだけど、そのお守りが気になるのか?」


 「ユリアン! これ作った人! 連れて来て!」

 「ええ?」


 突然そんな事を言い出したアリスに困惑したユリアンだが、これはもしかしたら交渉材料になるのかもしれないと思い、アリスに条件を突き付けてみる。


 「連れて来てやってもいいけど、世界を破壊する悪い子のお願いは聞けないな」

 「殺すぞお前! 連れて来てってアリス頼んでるでしょ! 連れて来て!」


 「俺、そんな事言われたら、委縮して帰っちまうぞ? 本当にいいのか? アリスがいい子になるって言ってくれたら喜んで連れてきてやるのにな」

 「アリスいい子だもん!」


 「いい子だもんじゃ駄目だ。 いい子でいるってちゃんと約束してくれないと駄目だからな」

 「わかった。 アリスいい子になる」


 「よしわかった。 いい子だからもう二度と世界を破壊したりはしないな?」

 

 アリスは少し考えた後、小さく「たぶん破壊しないと思う」と呟き、今はそれで十分かと思ったユリアンはアンネに頼み、エステルを連れて来て貰う様に頼んだ。


 アンネは困惑した表情を浮かべながら「流石ユリアンね」と呟き、転移門を使い、エステルを連れて帰ってくる。

 なぜアンネが困惑しているのか分からないが、エステルを連れて来て貰ったので、礼を言い、再びアリスとの交渉を始める。


 「そのお守りを作ったのはエステルだ。 連れて来てやったけど、戦ってる時に一度会ってるはずだろ?」

 

 アリスは妙なステップを踏み、エステルの周りをクルクルと周っている。

 なぜだかは分からないが凄く機嫌は良いようだったので、ユリアンはその様子を眺めていた。


 「エステル? アリスの事抱っこして?」


 アリスの言動を聞いておかしいなとユリアンは思う。

 いつでもアリスは、誰かにものを頼むときは命令口調だったはずだが、エステルには不安そうな顔を浮かべて、気を使っているような雰囲気が感じ取れる。

 アリスにどんな心境の変化があったのかは定かではないが、たぶんいい変化なのだとユリアンは思い、二人の様子をそっと眺めていた。


 「抱っこ? 主様…… 状況が分からないのですが……」

 「抱っこしてやってくれ」


 「主様がそう言うのであれば……」

 

 エステルがアリスを抱き上げるとアリスが「ファー!」っと高い声をあげて喜んでいる。

 エルフの事を知っていたし、アリスはエルフの事が好きなのだろうか?

 ユリアンがそんな事を考えていると、今度はドワーフを連れてきてと頼まれる。

 しかも、大人の女性という条件つきだった。


 なぜドワーフを連れて来てほしいのかよく分からなかったが、アリスがいい子にすると言うので、ユリアンはまたアンネに頼んで、ドワーフを一人連れて来て貰うように頼んだ。


 アンネが次に連れて来たのはドワーフのテオドラで、こんな場所に連れて来られたテオドラは戸惑っている。

 そして、ふいに天井の方を見つめ「土と砂ばっかだな」と呟いた。

 

 そう言えばテオドラはドワーフの中でも採掘ばかり行っていた事を思い出し、そう言う性分なのだと理解する。

 そして、よく見ると見た目に変化があったので、ユリアンはテオドラにその事を聞いてみる事にした。


 「テオドラ、もしかして、スーパードワーフになったりしてないか?」

 「ユリアンの旦那、なんだよそのダサイ呼び方は? あたし等も良い酒のんで飯食ってたからな。 エルフ達と同じ様な進化はしたぜ? ディープネスアンダーグラウンド=ドワーフだ」


 そっちの名前の方がキツイとユリアンは思ったが、それを出さずに話を続ける。


 「そうか、実はな。 アリスが…… その周りでステップを踏みながらクルクル回ってる女の子だけど、そいつがドワーフに会いたいって言ったからお前に来て貰ったんだ」

 「アリスって…… 旦那達が城で戦ったヤバイ奴だろ?」


 「そうなんだが、色々と事情があってな。 多分、お前に抱っこして貰いたいって思ってるから抱っこしてやってくれ」

 「おいおい、そんなヤベー奴が抱っこをご所望なのかー? へっへっへー! お嬢ちゃん、抱っこして欲しいのかー?」


 テオドラがそう言うとアリスは目を輝かせ、両腕を上げて手のひらをニギニギさせていた。

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