第23話 もう一人の魔王
可憐な少女は泣くのをやめて、悲し気な表情でユリアンを見つめる。
この少女がノアの呼んだアリスなのだとしたらと考え、ユリアンは直ぐにその場から飛びのいた。
少女は何もせず、ゆっくりとユリアンの後を目で追う。
「お外に出られないの」
「そうなのか? 何故外に出られない?」
ユリアンは警戒しつつ、少女の言葉に返事をする。
「誰かが私を閉じ込める結界を張ったの。 そこで寝てるのはアリエッタ? 死んでる?」
ユリアンは返答に迷う。
恐らく、この少女がアリスで間違いない。
そして、アリエッタがあいつと呼んでいたのはこのアリスと呼ばれた少女であると思われる。
アリエッタの敵であるアリスが、アリエッタが生きていると知れば止めを刺しにくるかもしれない。
なので、ユリアンは嘘を吐く事にした。
ユリアンはアリエッタの元へ行き、呼吸と脈を計る様な仕草をした後、首を横に振り「アリエッタはもうすでに、事切れている」と少女に伝えた。
「そうなの! それって素敵だね!」
さっきまで憂鬱そうな表情だったアリスの顔がパアっと明るくなる。
そして、クルクルと回って踊り始めた。
「アリエッタのいない世界。 夢にまで見たアリエッタのいなくなった世界! うふふふふ、お兄さんありがとう! 素敵な、とっても素敵な…… どうして嘘を吐くの?」
アリスの顔が無表情になり、視線の先にいたユリアンに戦慄が走る。
まるで、初めてアリエッタと対峙した時の様な、死を覚悟せずにはいられない程の強大なプレッシャーをユリアンは感じ取っていた。
アリスは恐らく、アリエッタの言っていた、死んだ者の記憶を保存するだけの神からアリエッタの記憶を抜き取る魔法を使おうとした所、アリエッタが死んでいない事が判明し、嘘がばれたのだとユリアンは感づいた。
こうなった以上、戦うしかない。
ユリアンはボロボロの体で、剣を構えてアリスの前に立つ。
「ノーア! あのお兄さんがアリスに剣を向けるよ。 あのお兄さんの事倒してきて!」
「ごめんねアリス、僕はそのお兄さんにボコボコに殴られて動けないんだ。 だから僕は、アリスに助けを求めたんだよ」
「アリス戦うのきらーい! だからみんなであのお兄さんやっつけて!」
アリスが魔法を使うと、次々に人族の魔法使いや戦士が召喚された。
ユリアンは驚く。
死者の記憶を引っ張り出し、魔法で作った体に宿らせるのが、こんなあっさり出来てしまうとは思わなかった。
そして、もう一つ。
召喚された中には、倒したはずの僧侶メリル、賢者ハーベル、戦士バルトスの姿もあった。
つまり、魔力が尽きない限りは、アリスは何度でも同じ人物を召喚出来ると言う事。
厄介な能力だが、ユリアンにとっては最悪の事態というわけではなかった。
アリスが直接戦わないと言うのであれば勝機はある。
ユリアンは召喚された戦士達を次々に破壊していく。
僧侶メリル、賢者ハーベル、戦士バルトスは真面に相手をすれば厄介だが、アリスが同じ記憶を使っているお陰で、何度でも同じ手が通じる。
攻略法が分かっているのであれば、ユリアンにとって敵ではない。
他に気になる事があるとすれば、召喚した戦士達は何故か皆、人族だと言う事くらいだった。
本物の記憶を持った偽者達を倒すと、ユリアンにも体力の限界が訪れ始めた。
時間は掛けていられない。
ユリアンは、アリスが死者達を召喚する前に、攻撃を仕掛けると、あっさりとアリスの体が二つに分かれた。
アリエッタ並みの相手を想定していたユリアンにとって、それはあまりにも衝撃的な事であり、自らの勝利を疑った。
ユリアンはノアの様子を窺う。
特に動じているようには見えない。
それどころか、消えていた微笑みを取り戻している。
警戒をしながらユリアンは部屋の様子に注意を向けると、奥の部屋から再びアリスが出て来た。
アリスは平然としていて、何食わぬ顔でユリアンの傍へと寄って来ると、ユリアンの横を通り過ぎようとしたので、捕まえて部屋の奥の方へ放り投げる。
放り投げられたアリスはキャッキャと楽し気に笑ってみせた。
「お兄さん、アリエッタ殺すから、そこをどいてくれる?」
「そう言われてどく奴がいるかよ」
アリスは「んもぅ!」と怒りを
そして、アリスはユリアンの目の前お行ったり来たりして、様子を
アンネは余程アリエッタの事が気になるのか、ずっと傍でアリエッタの手を握る続けている。
せめて回復魔法だけでもと思い、ユリアンは視線を送るが、アンネは茫然としているだけだった。
「ノーア! 回復魔法かけたらこのお兄さんを止めていられる?」
「アハハ、お安い御用さ。 動けるようになれば僕の方が強いからね」
「じゃあ何で寝てるの!」
「ごめんごめん、舐めてかかったら不意を突かれてやられちゃったんだ」
「馬鹿ね! 舐めてかかると痛い目みるんだよ!」
アリスがノアに回復魔法を掛ける。
ユリアンはまずいと思ったが、隙だらけのアリスを斬った所で、また奥の部屋から出て来るのは明白。
アンネも動く気配がない以上、自分の手でどうにかするしかないとユリアンは覚悟を決める…… とその時。
入り口の方にある扉が開き、村から連れて来た魔族とセレスティアルエルフ、そしてジュリアがやって来た。
ユリアンの胸に大きな希望が湧いて来る。
エルフのミレーユがユリアンの傷を見て、回復魔法を掛ける。
心地の良い風に包まれ、痛みを伴わない回復魔法。
体の底から力が沸き上がって来たユリアンは、ノアに向けて剣を真っ直ぐに構える。
「状況説明をしている暇はないから、指示だけ言う。 敵はあの少女と優男だ。
アリエッタの命を狙っているから、近づこうとしたらすぐに迎撃してくれ」
「ええー! みんなそっちの味方なのー? ずるいずるいずっるーい! ノア! あっちの人達の事全員倒せる?」
「流石にそれは無理だよ」
「んもぅ! 役立たず! でも、アリエッタは瀕死なのよね?」
「うん、そのはずだよ。 僕の持つこの剣で突き刺したからね」
「それじゃあ、アリエッタが動き出したとしても、禄に魔法は使えないし、かなりの魔力を消費しているはずね……」
「その通り。 僕のこの剣は突き刺した相手の魔力を硬化させ、物質化した魔力にどんどん体は蝕まれていく。 アリエッタが全く動かないのが何よりの証拠だろ」
「わかったわ。 それじゃあ、アリスも戦ってあげる」
アリスが宙に浮かび上がると、魔力によって生み出された衣を
その姿は、ユリアンが初めてアリエッタを見た時と同じような姿であり、同じような攻撃魔法を使って来る姿が容易に想像できる。
警戒した所で、ガードを固めていても当たれば即死。
ユリアンは暗黒騎士の鎧を脱ぎ捨て、身軽になった体でアリスの後ろへと周った。
――――――――――――――――――――
気に入って頂けたならフォロー&☆よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます