第22話 もう一人の勇者
ユリアンは横たわるアリエッタとアンネの前に立ち、目の前にいる男を睨みつける。
ユリアンは考えていた。 戦闘が行われた様な後はない。
一対一であればアリエッタが負けるとも思えない事から、不意打ちの可能性が高い。
だが、アリエッタは勝つつもりでここへ来ていた。
慢心する様な性格でもないと思うので、簡単にふいを突かれるとも思えず、困惑していた。
「そっちの魔族の女の子は、アリエッタのお友達かなぁ? 一緒にここへ来たと言う事は君は魔族側についた人間って事でいいのかな?」
ユリアンに対し、魔族側の人間なのかと言う質問にユリアンは違和感を覚える。
人族が人族の事を人間と呼ぶのは稀であり、その理由は500年前には亜人種も人間に分類すると決まった事で、それ以来、人族は自らを人間では無く、人族と総称する様になったはずだった。
この男は見た目通りの年齢ではない事をユリアンは悟る。
そして、アリエッタの名前を知っている事から考えて、ユリアンの中で色々と辻褄が合い始める。
不意打ちであれば名乗りを上げる事もない。
真正面からの戦いならアリエッタが圧倒するとユリアンは考えている。
では、なぜアリエッタが倒れているのか?
それは、この男とアリエッタが顔見知りであり、
アリエッタと顔見知りの人族…… 見た目通りの年齢ではない男。
ユリアンの中で、この男こそがアリエッタの待ち人であり、楽園を作る事となった人物ではないのかと結論づけた。
「アリエッタを倒したのはお前だな?」
「うん、そうだよ」
「アリエッタがどんな思いでいたのか、お前は理解しているのか?」
「知ってるよ。 だから僕はここに立っている」
「なるほどな。 どうやらお前はアリエッタの言っていた通りの男らしい」
「へぇー、アリエッタは僕の事をなんて言ってたのかな?」
「ロクデナシの甲斐性なし。 とても女々しい奴だといっていた」
「アリエッタがそんな品性のかけらもない悪口を言うとは思えないけど、そう言っていたのなら、僕はそれで構わない。 だいたい当たってるしね」
「そう言う訳で、俺はお前を倒す」
「どういう訳かは分からないけど、無理だと思うなー。
だって僕強いよ?」
「どう言う訳か分からない? そうか、名乗って無かったな。 俺はユリアン。 アリエッタは俺の女だ! だから俺はお前をぶっ飛ばす!」
「嘘臭いなぁ。 でも、暑苦しい男は嫌いだし、僕も君をぶっ飛ばしてやりたくなった。 それじゃあ始めようか」
ユリアンは一気に距離を詰め、全力の一撃を叩き込む!
しかし、相手の男は平然とそれを受け止め、いともたやすく反撃をしてくる。
ユリアンは傷を負いながらも苛烈に攻めたてるが、相手の男はその倍の手数で反撃を繰り返し、余裕の笑みを浮かべていた。
ユリアンは一度距離を取って呼吸を整える。
自分より強い奴がいないとは思っていなかったが、ユリアンは分が悪い勝負なのだとはっきりと確信する。
相手の男は格上の相手どころでは無い。
なぜなら、アリエッタの待ち人であると言う考えが正しければ、相手は8000年以上生きている剣士と言う事になる。
それに比べ、ユリアンはたったの23年生きているだけの剣士。
8000年剣士をやっていた相手からすれば、始めたての剣士を相手にしているようなものなのだろう。
それでもユリアンは負ける事など考えず、男の前に立ちはだかる。
相手の男は急に何かを思い出したかのように、笑い始めた。
「ユリアンって何処かで聞いた事のある名前だと思ったんだけど、もしかして君、この時代の勇者だったりしない?」
「何がおかしいのかわからんが、俺は勇者と呼ばれていた事は事実だと言っておく」
「奇遇だね。 実は僕もそう呼ばれていた事があるんだ。 相手がこの時代の勇者だと言うのなら僕も名乗らないとね。 初めまして、僕の名はノア。 8000年前、アリエッタと共に魔王と戦った勇者だ」
ユリアンはアリエッタの他に魔王と呼ばれる存在が居た事、アリエッタと共に魔王と戦ったと言ったノアの発言に驚いたが、ノアと名乗る者が目の前にいる男なのだと知った事で、怒りが込み上げてきた。
この男は大切な仲間の記憶に割って入り、尊き死者を愚弄する愚か者なのだと思うと、我慢出来なくなり、ユリアンの怒りは頂点へと達する。
「ノアか…… クックック、会いたかったぞ! ノアアアアアアア!」
ユリアンは怒りのままに剣を振るい、反撃には目もくれずノアを攻撃する!
流石のノアもこれには参ったようで、ユリアンの攻撃を巧みに躱しつつ、後ろへ下がりながら着実にダメージを与える続ける。
ユリアンは衰えるどころか更に勢いをまして攻撃を重ね、ノアを壁際まで追い込んだ。
「これだから暑苦しい男は嫌いなんだ! そら、これで止め!」
ユリアンの攻撃の合間を縫って、いっきに前に飛び出したノアの剣がユリアンの体を貫く。
「流石は勇者だね。 結構強かったよ」
ノアが勝利を確信した時、ノアはありえない場所から痛烈な痛みを感じでその場から離れようとした。
「捕まえたぞ!」
ユリアンの剣はノアの足を貫いていた。
これで、足を使った回避でユリアンの攻撃は躱せなくなったノアは初めて笑みを浮かべるのを止め、全力でユリアンに対して攻撃を仕掛ける。
ユリアンの体から血しぶきが舞い、血の雨が降り注ぐ。
だが、ユリアンは倒れる事はなく、しっかりとノアを掴んで離さなかった。
ユリアンはもう一度距離を取られるのは流石に不味いと思い、剣をその場に放り投げ、ノアの顔や体、殴れるならどこでもいいと言わんばかりに、殴り倒した!
ノアは剣の間合いでは無いにも関わらず、巧みな技で倒されながらも攻撃を続けていたが、ユリアンの猛攻に耐え兼ね、剣を握る力が抜けて零れ落ちる。
互いに剣士では無くなり、この状況での戦いであればユリアンの方がはるかに分が良く、ノアが動かなくなるまでユリアンが圧倒した。
「こんな戦い方…… めちゃくちゃじゃないか」
「流石は勇者だな。 これだけ殴ってもまだしゃべる元気があるのか」
「助けてくれ……」
「8000年も生きたんだろ? 往生際が悪すぎるぞ」
「助けて、くれ、アリィィィス!」
ノアがアリスと叫ぶと、更に奥にあった部屋から女性の悲鳴が聞こえた。
更に、その方向からはシクシクと泣く声が聞こえる。
奥の部屋の扉が開くと、ドレスを着た可憐な少女が涙を流しながら、姿を現した。
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