第21話 勝者と敗者

 痛みに強いとはいえ、ユリアンでも剣で刺されれば耐え難い苦痛を味わう。

 それをカルティナ姫は、一度刺されたにも関わらず、予行練習と言って一から始める事を宣言した。


 大した奴だなとユリアンは感心を示し、復讐する空気ではなくなってきている事を憂いていた。


 「それじゃあ、もう一度最初から始める。 覚悟はいいか?」

 「いつでもどうぞ」


 カルティナ姫は、まるで勝ちを確信しているかのように笑みを浮かべている。

 ユリアンにはそれが痩せ我慢だと言う事は分かっているが、復讐相手に容赦はしない。

 

 カルティナ姫の太腿に剣を刺すと、少し俯いた後、顔を上げてユリアンに微笑みかける。

 カルティナ姫が微笑みかける事で、ユリアンはやりづらさを感じていた。

 死を受け入れてしまえば楽になれると言うのにと言う思いで、ユリアンはカルティナ姫に死んで欲しいと願っていた。


 アンネが回復魔法を使ってカルティナ姫の傷を癒す。

 刺された時よりも何倍もの痛みを感じているはずだが、カルティナ姫は変わらずに微笑んでいる。


 ユリアンはグルターク三世にした時の様に、何度も剣で突き刺すと、偽者の姫が間に割って入り「これ以上は止めて!」とユリアンに懇願した。


 本物の姫がかなり強めに偽物を手の平で顔を打つ。

 アンネの回復魔法を受けているので、動くのもやっとなはずだが、それでも声を漏らさずに堪えている。


 無言のまま本物の姫が偽物の姫を下がらせ、ユリアンに頭を下げる。

 

 「……俺の負けだ。 グルターク三世は今の時点で意識はなかった。 カルティナ姫、賭けはお前の勝ちだ」

 

 カルティナ姫はユリアンに、ジェスチャーで喋っていいかどうかを問う。

 それに対して、ユリアンは「もう賭けは終わったのだから、好きにしゃべっていい」と返事を返す。


 カルティナ姫は治ったばかりの傷をさすりながら、ユリアンの方を向き口を開く。


 「私の勝ちと言う事でいいんですね?」

 「ああ、それでいい」


 「わかりました。 それでは賭けに勝ったので報酬を頂きましょう」


 ユリアンは報酬を頂くと聞き、少しばかり引っ掛かりを覚える。

 明確に賭けに勝った場合の報酬を決めていなかった。

 ユリアンの中では、カルティナ姫が勝った場合、勝手にこの場から見逃す程度の事をすればいいと思っていた。


 面倒な事になったとユリアンは思う。

 こちらの飲めない条件を出された場合は交渉する事になるだろう。

 賭けに負けた以上、ユリアンは文句を言うつもりはないので、とりあえずカルティナ姫が何を望むのかを聞いてみる事にした。


 「報酬は何がいい?」

 「こちらが決めて宜しいのですか?」


 「賭けに勝ったのはカルティナ姫だ。 余程の事でなければ叶えてやる」

 「わかりました。 それでは遠慮なく言いますね。 私とエミリーをユリアン様の妹にして下さい。 実の妹というわけではなくて大丈夫ですので」


 「エミリーと言うのはそいつの事か。 まあ、それはいいとして、俺はグルターク三世をなぐり殺したんだぞ? それに、さっきまで俺はお前の事を甚振いたぶっていた。 正気とは思えない提案だ」

 「出来ませんか?」


 「俺はお前みたいな妹を欲しいとは思わん。 だからお前を妹だとは思えない」

 「兄妹って案外そう言うものですよ? 私も兄がいますが、大嫌いでしたし。

 アンネ様、ユリアン様がこう言ってるのですが、賭けに負けたのに意気地のないユリアン様をどう思いますか?」

 「ユリアンは意気地なしなどではない。 突拍子の無い提案に驚いただけだ。

 妹の一人や二人、受け止めてくれるに決まっている」


 「ああ…… そうだな。 わかった、お前等は今から俺の妹だ……」


 ユリアンはしてやられた事に感づいた。

 妹になれば安全にこの戦場を切り抜けられる上に、今後の生活まで面倒を見る事になる。

 一応、ユリアンが生きて帰ればと言う話しにはなるが、この戦況でユリアン達の敗北はない。


 ここでする事もないので、出来たばかりの妹二人をアンネに村まで届けて貰った。

 一応、村には戦闘出来る者がいないので、地底湖に連れていき、マーメイド達に見張らせる事にした。

 妙な事をした場合は攻撃する様にと許可を出している。


 再び、ユリアンとアンネは城の入り口へと戻って来た。

 アリエッタは戻って来ていない様子だったので、また城の中へと入り、アリエッタの向かった方へと進む。


 ユリアンにとってはあまり縁のなかった場所だが、こちらの道の先には場内に立てられた礼拝堂がある。

 ユリアンはあまり見慣れていない道を進み、礼拝堂の扉を開いた。


 中にアリエッタの姿はない。

 アンネと共に礼拝堂の中をくまなく探して見ると、祭壇に隠れて、地下へと繋がる階段があった。


 ユリアンとアンネは二人で地下へ下りると、綺麗に補装されている通路があり、その先には一つの扉があった。

 その扉を開き、中へはいるとユリアン達は二人の姿が目に入ってきた。


 一人は人族の剣士で、優男と言う印象のある男。

 筋肉質で、さわやかな笑みを浮かべながらユリアン達の方を眺めていた。


 そして、もう一人。

 ユリアンはその光景に、思わず疑ってしまいそうになるが、間違いなく血に染まり横たわったまま動かないアリエッタの姿があった。


 ユリアンが状況を把握するより早く、アンネが走り出し、アリエッタのかたわらに佇み、懸命に声を掛けていた。


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