第20話 皇帝と姫

 振り向いた皇帝はひとり言のように「いつからいた」「なぜこんな事に」「これは夢だ現実であるはずがない」などと口にしては暗黒騎士ユリアンの顔を見つめた。

 動揺した皇帝の姿を見るのも飽きたユリアンは、剣を抜き、グルターク三世に近づく。


 「待ってくれ! 儂を…… 殺す気なのか!? 儂は皇帝なのだぞ!」

 「それがどうした? お前など俺にとっては敵の一人にすぎない」


 「ほ、欲しい物は無いか? 金ならいくらでも出そう! そうだ! 女も酒も用意するぞ!」

 「それなりに威厳のある人物だと思っていたのに、こうも小物だったとはな」


 ユリアンはグルターク三世の情けない姿に呆れ、兜を取って顔を見せる。


 「まさか! ユリアンだと言うのか!?」

 「その通り。 俺はユリアンだ」


 「何故、魔王軍にいるのだ? 勇者としての誇りを失ってしまったのか!」

 「俺を殺そうとしたのに、今更何をいってるんだ?」


 「な…… 何の事だ? 儂はその様な事はしていない!」

 「近衛騎士団と姫の影までいたんだぞ? お前が命令しなければ奴等は動かないだろう。 言っておくが、とぼけても無駄だぞ?」


 「むぅ……」


 グルターク三世はばつの悪い顔をして、ユリアンを恨めしそうに睨みつける。

 ユリアンが更に一歩前へ出ると、グルターク三世は後ずさりしながら言い訳を始めた。


 「あれは、儂の命令ではなかったんだ! 信じてくれ! それに、とっておきの情報もある! まずは、話し合おうじゃないか」

 「往生際の悪い奴だ。 とっておきの情報も大した事ないだろう」


 「き、聞いてくれ。 お前の両親に着いての話しだ!」

 「両親…… 興味ないな。 俺はもう自立してる大人なんだぜ?」


 「うぐぅ…… こ、この通りだ! 頼む! 命だけは取らないでくれ! 儂とお前は血縁関係なのだぞ!」


 グルターク三世は皇帝であるにも関わらず、敵であるユリアンに土下座をし、許しを請う。

 なんて情けない姿を晒すのだと、ユリアンは溜息を吐いた。


 「お前が俺の血縁者? なんの冗談だ?」

 「ほ、本当の事だ! 母親の方はもうこの国を出て行ってしまったが、父親ならこの国に残っている! 会って話をしてみるといい」


 「父親の方なら俺がこの手でさっき殺したよ」

 「なんだと…… ヴァイはこの城に戻ってきていたのか?」


 「お前を守ろうとして、最後まで一人で残っていたぞ」

 「なら、母親に会わせてやろう」


 グルターク三世は、ユリアンの機嫌を窺いながら、ニヤリと愛想笑い浮かべる。

 ユリアンは母親の事に然程興味はないので、グルターク三世の太ももに剣を刺した。


 グルターク三世は「ぎぃゃああああ!」と叫び、痛みのあまり、体を大きく震わせた。


 「痛い、痛いぃぃ…… 頼む、助けて、助けて下さい! お願いします!」


 ユリアンはグルターク三世に対して、どこまで自分を下げれば気がすむのだと思ったが、いい加減慣れてきた。


 そして、ユリアンはアンネに一言こういった。


 「アンネ、グルターク三世の傷を回復してやれ」

 「おお! 儂を許してくれるのか!」


 グルターク三世がそう言った直後、再びグルターク三世は痛みによって叫び声をあげる事となる。

 魔族の使う回復魔法は、その傷で味わうはずの苦痛を前倒しして治療すると言うもの。

 刺したばかりであれば、刺された時よりも数倍の苦痛を味わう事になる。


 「傷は治ったな。 気分はどうだ?」


 傷が治り、痛みも引いているはずだが、グルターク三世は言葉を失い悶絶している。

 

 ユリアンはグルターク三世を刺し、アンネが回復する。

 もっと時間を掛け、ゆっくりとなぶり殺す予定だったが、グルターク三世は精神が弱く、激痛に耐えきれずにショック死した。


 「くそっ! この程度の痛みで死ぬとは思わなかった!」

 「ユリアン? 死なないと思ってやってた?」


 「ああ、そうだが?」

 「あなたが痛みに強すぎるだけで、普通の人族なら戦闘用鞭だと三回目は耐えられないだろうな」


 「そうなのか…… ところで、アンネ」

 「ええ、気付いてるわ」


 二人は部屋の奥で息を潜めてる何者かの気配を感じていた。

 大方予想は出来ていたので、隠れている者に向かってユリアンは声を掛けた。


 「カルティナ姫、そこに隠れていたか」


 ユリアンに声を掛けられ、観念したのか、奥の部屋からカルティナ姫が姿を現した。

 ユリアンの身に起きた不幸の始まりは、思い返せば姫との約束を拒んだ所から始まった。

 彼女に対して、それ程強い恨みはないが、復讐の最後に相応しい相手だとユリアンは思った。


 カルティナ姫は、死んだグルターク三世の元で膝をつき「お父様ああああ!」と大きな声を出した後、シクシクと泣き始めた。

 ユリアンはその姿を見て、少しの罪悪感が芽生えたが、気持ちが揺るがないうちに殺してしまおうと思い、剣を持ち上げる。


 ユリアンが剣を振り下ろすとカルティナ姫は「ヒィ!」と小さく叫んで転がり、大きな傷を負ったが、生き長らえた。


 「躱さなければ一撃で楽にしてやれたものを」

 「お願いします! 私を殺さないで!」


 カルティナ姫は震えた声でそう叫んだ。

 ユリアンはもう一度剣を持ち上げ、追撃を行う。


 カルティナ姫はユリアンの攻撃をギリギリの所で避け、腕に傷を負う。

 ユリアンはカルティナ姫に疑念を抱いた。


 一度目がたまたま避けられたのは分からなくもない。 

 だが、二度目は剣を振る速度も上げたので、当たらない方がおかしい。


 アンネが回復魔法を使い、カルティナ姫の傷を回復させると、激痛に顔を歪ませてもだえ苦しむ。

 その時、奥の部屋から物音がした。


 そして、奥から出て来たのもう一人のカルティナ姫。

 ぐったりした様子で、調子が悪そうだ。

 

 「お願いします…… その方は王族とは関係のない方です。 甚振るのを止めていただけませんか?」

 「王族とは関係ない? 同じ顔をしてるのにか?」


 「同じ顔…… そうでした。 ですが…… 申し訳ありません、睡魔を解く魔法を……」


 アンネが魔法を唱えると、後から出て来たカルティナ姫の調子が良くなり、ユリアンの顔を見つめ、ユリアンの目の前までやってくる。


 「この方は私の影。 本物である私の首があれば十分でしょう。 彼女の事を見逃して頂けませんか?」

 「俺には本物かどうかの判断は出来ない。 両方殺す。 それに、偽者の方には俺を殺そうとした恨みがあるからな」


 「そうですか。 なら賭けをしませんか?」

 「賭け? 俺がその申し出を受ける利点が思い浮かばない。 無理な相談だな」


 「勇者ユリアン様ともあるお方が、怖気づいてしまったんですか?」

 「安い挑発だな。 それに俺はもう勇者じゃない」


 「勇者じゃない…… ですか。 そちらの女性の方は復讐の為に手をとり合った魔族の方ですね。 お初にお目に掛かります。

 グルターク帝国第六王女のカルティナ・グルタークと申します」

 「私は魔軍総司令官のアンネ。 ユリアンの妻だ」


 「そうですか。 アンネ様はいいのですか? 私のような小娘に夫であるユリアン様は怖気づいてしまっているみたいですよ?」

 「ユリアンがあなたにおくしていると思ってるのか?

 そんな事はありえない。 ユリアン、その娘のがどれ程馬鹿な事を口にしたのか思い知らせてあげて」


 「アンネ…… わかった。 賭けは何にするんだ?」


 安い挑発に乗ったアンネに対して思う所はあったが、ユリアンはアンネに格好悪い所もみせれないので、カルティナ姫との賭けに応じる姿勢を見せた。


 「私に父と同じ事をして下さい。 それに耐えられれば私の勝ちと言う事でどうでしょう?」

 「それだとあまりにこちらの分が悪い。 そうだな、一言も発しなければと言う条件も付けさせてもらおうか」


 「わかりました。 それでは、初めて下さい」


 ユリアンは加虐心かぎゃくしんがあるわけでも、嗜虐的しぎゃくてきな性格でもないので、あまり乗り気ではない。

 しかし、賭けをしたからには、グルターク三世にした事と同じ事をしなければならない。


 ユリアンが姫の太腿を剣で突き刺すと、カルティナ姫の顔が青ざめるが、平静を装い、壁にもたれながらも立っている。


 アンネが回復させると両手で口を押えて余程痛かったのか「ん゛ん゛ん゛ん゛ーー」っと声を漏らした。


 「賭けは俺の勝ちでいいな?」

 「何を言ってるんですか? 今のは予行練習です。 本番はこれからです。 アンネ様からもお伝えください」

 「ユリアン、そう言う事らしいけど、どうする?」


 「わかった。 じゃあ、次からが本番。 今みたいにやり直しは出来ないぞ?」

 「わかりました。 さっきは不意を突かれましたが、今度はそうはいきません」


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