第18話 戦友

 砦の前に集まった兵士達。

 ユリアンは彼等の事を知っていた。

 本来であれば、会えるはずのない。

 戦場で戦っていた姿のままの彼らを。


 だが、彼等を見ただけであれば、ユリアンは平静を保っていただろう。

 激高した理由は、ユリアンの視線先にある。

 

 暗黒騎士の鎧がユリアンの昂る感情に反応し、黒い霧が溢れ出てくる。

 そして、ユリアンの乗っている馬も、怒りに呼応するように速度を上げ、視線の先にいる人物の元へと、流れる星の如く疾走する。

 

 ユリアンの向かう先に待ち受けている人物とは、ユリアンにとって誰よりも尊き人と定めた者の一人。

 幼馴染であり、一緒に魔王と戦った、僧侶メリルの姿をした者の元へ。

 

 ユリアンはこの状況を未だに理解出来ないでいる。

 それでもユリアンは、馬を止めることなく走らせ、メリルの元へ敵を薙ぎ払いながら一直線に向い、馬を蹴って高く飛びあがり、メリルの目の前へと辿り着いた。


 「暗黒騎士! まさかここまで潜り込んで来るとは思いませんでした!

 ですが、私の目の前へ降り立った事を後悔させてあげましょう!」


 ユリアンは戸惑う。

 声も、仕草も、言葉までもが、ユリアンの記憶に眠るメリルと同じ。

 本当は生きていたのかと錯覚してしまう程に彼女はメリルだった。


 だが、ユリアンは理解している。

 アリエッタとの戦いで、メリルはユリアンの身代わりになり、塵となって消えた事を。


 こいつは偽物だ。

 ユリアンは自分の心の奥深くまで、そう言い聞かせた。

 溢れ出る怒りを抑え込み、ユリアンは彼女に問う。


 「お前は何者だ? なぜその姿をしている?

 憎しみが込み上げてくる。 憎々いまいましい…… 憎々いまいましいぞお前!」


 「私は僧侶メリル! 勇者様と共に魔王を倒す者! 僧侶の私の姿が気に入らない様ですね。 黒い霧をまとう暗黒騎士! あなたの正体がわかりました!

 暗黒騎士。 あなたは、アンデッドと成り果てた魔族の剣士! そうに違いありません! 安らかに眠りなさいホーリーグレイブ聖なる墓所!」


 「どこまでも…… どこまでも不快…… 極まりない!」


 ユリアンは偽物のメリルを許せない。

 偽物がメリルの名を名乗る事を許さない。

 そして、目の前の偽物をメリルを、本物のメリルと重ねている自分が許せない。


 暗黒騎士ユリアンは泣き叫ぶような悲痛な雄叫びを上げ、怒りのままに剣を振るう!


 偽物のはずのメリルは、暗黒騎士ユリアンを、まだ相当高位なアンデッドなのだと判断し、アンデット系モンスターなどを浄化する魔法などを使い続けている。


 暗黒騎士ユリアンが大上段に構えた剣を力の限りに振り下ろす!

 メリルは防御も回避行動すらとらずに、暗黒騎士ユリアンの方を真っ直ぐ見ていた。


 それは、ユリアンが何度も見た事のある光景。

 ユリアン達はメリルが危機に晒された時、いつもどの様な行動を取っていたのか……。


 振り下ろされた剣を止める事は出来ない。

 

 そして、ユリアンは警戒心を高めた。


 剣はメリルに当たる事無く、何者かの手により防がれる。

 そして、聞き覚えのある魔法の詠唱が聞こえ、次の瞬間にはユリアンの周囲に小規模な爆発が起こった。


 「まさかとは思っていたが、やはりいるのか! 賢者ハーベル、戦士バルトス!」

 「ほう、俺達と知って、たじろぐ姿一つ見せない。 良い戦士である!」

 「我が声に応じ、黒き鎧の騎士に裁きの光を! 捧げるは、我が魔力なり」


 どこからともなく現れた雷光が暗黒騎士ユリアンを貫く!

 しかし、暗黒騎士ユリアンは平然と彼等に立ち向かい、剣を振るう!


 賢者ハーベルはその時、すでに別の魔法詠唱に入ろうとしていた。


 アリエッタのくれた暗黒騎士の鎧は、アリエッタの魔法から出来ているなだけあって、防御性能が高い。

 特に、魔法に対してはめっぽう強く、どんな攻撃魔法であっても期待できる程の為―ジを与えられる事はない。


 賢者ハーベルが詠唱している魔法は、無数の硬い石の棘で相手を攻撃する魔法。

 雷の魔法が、あまり効果が無かったと見て、即座に物理的なダメージを与える魔法に切り替えた。


 ユリアンは思わず「流石だな」と小さな声で呟いた。

 賢者ハーベルが放った魔法を全て躱し、ユリアンは質問を投げつける。


 「お前達の言う勇者とは何者だ?」

 「今の魔法を交わしたのであれば、勝機は目と鼻の先。

 汝の下らない質問にも答えてやろう。 勇者とは、我等が光。

 そして、我等と共に戦う戦友であり、家族だ。

 その名を汝にも刻んでやろう。 心するがいい。

 我等が勇者の名はノア! 魔王を倒し、魔族どもを滅ぼす名だ!」


 その言葉を聞き、暗黒騎士ユリアンの鎧から黒い霧が溢れ出る。

 そして、あまりに深い悲しみと、怒りと、憎悪により暗黒騎士ユリアンは怒れる神の化身と化した。


 僧侶メリル、賢者ハーベル、戦士バルトス。

 偽物とは言っても、姿、形、声、仕草までもが本物そっくりの偽物。

 だが、それ故に本物と長い月日を共に過ごし、戦ってきたユリアンにとって、決してやりづらい相手では無かった。


 怒れる神の化身と化したユリアンは、近くにいた兵士達を皆殺しにし、三人の偽物にも手をかけた。


 偽物とはいえ、本物と見紛う程だった彼等を手に掛けてしまったのは、ユリアンにとって耐え難いものだった。

 

 あらゆる感情は怒りに収束し、その矛先は王族へと向けられた。


 「待っていろよ、グルターク三世! 己の手でべた薪は憎悪と怒りの炎となって、お前を焼き払いに行くぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る