第17話 戦いの幕開け

 ユリアンとアンネが村へ戻ると、突然アンネが鼻から流血し、膝をつく。


 「アンネ?」

 「魔王様…… ユリアンも見たでしょう? あの尊きお姿を」


 「なんだ、興奮して鼻血を出しただけなのか?」

 「ええ、あんな顔の魔王様は初めてみた」


 「俺もビックリして声に出てしまった。 あの感じからするとやっぱり、想い人とかいるんじゃないか? あの時、俺を見つめてたってより、俺を通して誰かの影を見てるみたいな気がしたし…… まあ、気のせいかもしれないが」

 「魔王様に想い人? そんな素振りも話も聞いた事はないけど……」


 「もしかしたら、今のアンネの立ち位置こそが、アリエッタの理想の姿だったりするのかもしれないな。 魔族ってのは一途なわけだし」

 「8000年間かけて? 大抵の種族は寿命で亡くなってると思うけど。

 単純に、ユリアンにときめいたんじゃない?」


 「それもそうか。 真相は魔王のみぞ知る。 だな」


 アンネの鼻血も止まったので、ユリアンは広場に村のみんなを集めた。

 そして、ユリアンはこれから戦場に行く事を伝えた。

 

 戦場へ行くのは、ユリアンと魔族のアンネ、リンネ、ジルペット、アンブリース、デライアの五人。

 そして、エルフ達……?


 「お前達、もしかしてスーパーエルフとかになってたりしないか?」

 「スーパーエルフと言うのは存じませんが、神話の時代にのみ存在した、ハイエルフとも違う上位種のセレスティアルエルフに進化致しました」


 「セレスティアルエルフ!? なんだそれは?」

 「エルフ族の言い伝えでは、大地と共に、大樹を浮かせ、天空を支配したとされるエルフです」


 ユリアンは空を見上げ、浮き上がった大地なんて見た事も聞いた事もなく、あまりよく分からないなと考えた。


 「いまいちパッとしないけど、大地を浮かせて何かメリットはあるのか?」

 「日光が遮られる事がないですね」


 「ああ…… そういえばエルフって森や大きな木が好きだったな。 割とありそうな話だ。 セレスティアルエルフになって何か変わったのか?」

 「上位種なので、それぞれの得意分野が強化されましたね。

 後は、三人共少しの距離なら空を飛べます」


 「少しの距離ならって…… 急に落ちたりしないよな?」

 「はい、ちゃんと限界は感覚で掴めてますので大丈夫です」


 「それならいいが、気を付けろよ」


 そして、最後の参加者。

 おそらくジュリアなのだが、かなり見た目が変わっている為、ユリアンは困惑する。


 どう変わったのかと言えば、人族の酒場や賭博場で見かけるバニーガールみたいになっていて、妖艶ようえんで美しい女性の見た目をしている。

体つきもつやっぽく、しっとりと艶のある黒髪が一層それを引き立たせている。 

 

 「アハー! ダーリン! ジュリアの事、見つけちゃったぁん?」

 「なんだその話し方は…… 少し前まで人間しゃん人間しゃん! なんとかでしゅ! って感じだったじゃないか。

 お前は何になったんだよ……?」


 「あはぁん! ダーリンに見初みそめられてぇ…… 人間の女の子にぃ、なっちゃったんだぞ!」

 「俺に見初められて? まあ、それは兎も角。 進化して人間になったって事か?」


 「種族的にわぁ、妖精のままだけどねぇん!」


 ジュリアの事はよく分からないまま、戦闘メンバーは揃ったという事でユリアンは手早く準備を済ませる様に伝える。

 そして、再び全員が揃い、アンネの転移門で魔族軍の集まっている所へと転移した。


 ユリアンが姿を見せたとたん、魔族達がワーワーと騒ぎ始める。

 ここに来た魔族は皆、戦闘をしに来た猛者達である。


 ユリアンは、勇者をやっていた頃に感じた帝国軍と魔族軍の空気の違いに少しだけ驚いた。

 人族の軍は、戦争を前にすると、独特の狂気に当てられた雰囲気をユリアンは感じ取っていた。

 それは、死と暴力に対する恐れからきており、聖戦を信仰する狂信じみた覚悟と妄想の果てに滲み出る狂気。

 ユリアンも初めて戦場に立った時は、吐き気を催す程、気分は滅入るが、心臓が戦えと強く脈打ち、指揮に従いながらも孤独でいる。 そんな感じだった。


 それと比べ、魔族軍は陰湿な空気など一切なく。

 腕試しに、祭りにでも来ている様な、陽気な雰囲気であった。


 戦場は慣れていると言っても、ユリアンは少し緊張していたのだが、魔族達の陽気な雰囲気に飲まれ、リラックスする事が出来た。

 

 ユリアンが暗黒騎士の姿になると、まさに戦闘に特化した魔族といったで立ちの、黒い蝙蝠のような翼が生えた魔族が話しかけて来た。


 「暗黒騎士! 待ってたぜー! 出陣か? 出陣かぁー? 出陣だよなぁ!」


 あまりに声が大きいため、思わず兜の上からユリアンは耳を抑える。

 魔族達はやる気に満ち溢れている。

 ここで待つという選択肢はない。

 ユリアンは、大声で叫んだ!


 「今ここに集いし、強者共よ! 我の言葉をよく聞け!

 貴様等はこの戦いに何を望む! 血を望むか!」


 ユリアンの言葉に魔族達は「ウオオオ!」っと雄叫びを上げる!


 「戦争を望むか!」

 「ウオオオ!」

 

 「それとも栄光を望むか!」

 「ウオオオ!」


 「乗ってるかああ!」

 「ウオオオ!」


 「そろそろいくぜー!」

 「ウオオオ!」


 「ウオオオ!」

 「ウオオオ!」


 「俺に続けぇー! クソ野郎共」

 「ウオオオアアアア!」


 ユリアンは確信する。

 アリエッタの言う通り、本当に魔族達はこの戦場にノリで参加しているのだと。

 

 暗黒騎士となったユリアンは馬に乗り、先陣を駆けていく。

 目標のベチルカ砦が視界に映ると、砦から毛多魂けたたましく警笛が鳴り響き、弓兵と魔法兵達が砦の牆壁しょうへきの上から魔族軍を狙いを定めている姿が飛び込んで来る。


 砦の門からは、歩兵に騎馬隊が一斉に飛び出し、あっという間に美しい陣形を形成させた。

 人族の軍も迎え撃つ形ではなく、前に出て交戦するつもりのようだ。


 両陣営はそのままの勢いで、激しくぶつかり合う!

 一瞬にして血の雨が降り注ぐ地獄の様な戦場。

 両者の魔法部隊による無慈悲な爆撃が敵味方諸共もろとも吹き飛ばす。



 未だかつてない激しいぶつかり合い。

 人族ならぬ戦いぶりに、ユリアンは内心驚いてはいるが、その素振りを表には出さず、手当たりしだいに敵を薙ぎ払っていく。

 

 砦からは、更に人族側の援軍がゾロゾロと出て来て、砦の前に集まっている。

 数では圧倒的に人族の方が多い。

 しかし、力も魔法も魔族の方が圧倒している。


 前線部隊は放っておいても押し切れると判断したユリアンは、一気に駆け抜け、後方に控える部隊へと馬を走らせた。

 

 そこでユリアンは信じられない様な光景を目にした。


 「ベリス将軍…… 生きていたのか? いや、そんなわけはない。 あの時、確実に死んでいたのを俺は見ている。 影武者と言う可能性もなくはないが…… あれは……」


 ユリアンの目に、更に信じられない様な光景が目に映った。

 それを見た瞬間。

 なにも理解出来ないまま、込み上げてきた感情に任せ、力のかぎりこう叫んだ!


 「ド畜生がああああああ!」

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