第6話 暗黒騎士

 魔族の街でアンネと共に生活しているユリアンは、驚いてばかりいる。

 周辺に住む魔族達はなんの警戒もなく、ユリアンに近づいて来て挨拶を交わしてくれる。


 ユリアンは昨日アリエッタに聞かされた事を振り返って思い浮かべる……。

 そして、一つの心理に辿り着いた。


 “そりゃあ、こんな警戒心がなく無防備をさらけ出していたら都合よく利用されるわ!”


 自分はそう言う事をしない人族であろうと、ユリアンは強く自分に言い聞かせた。


 アンネと共に朝食を取った後、誰かが玄関の扉が叩く音がする。

 昨日もこの時間に尋ねてきたので、アリエッタだろうと思い、扉を開くとアリエッタがそこにいた。


 「そろそろ身籠った頃ではないか?」 と聞かれたので、ユリアンは「身籠ったかどうか、それがわかるのは数か月先の事だ」と伝えると「そうか」と残念そうな表情を浮かべた。 


 アリエッタを部屋へ招き、入って席に着くと、ユリアンの方を向いて、口を開く。

 

 「ユリアン、復讐など止めてここで静かに暮らせと言ったらどうする?」

 「悪くない話しだな。 けど、それだと契約違反だ。

 俺にも譲れないものがある。 戦友の為に王族を討つ」


 「そうか、復讐の為とは言わないのだな」

 「王族の連中…… たぶん、俺が思っていたよりもずっとつまらない奴等なんだろうなって思ったら、憎むのも馬鹿らしくなってな」


 「そうか、なら王家の奴等の首はお前に譲ろう。

 我が封じられたと思っている今、人族は勢いを増して我等魔族を潰しにかかってきている。

 そこでだ、拠点となる砦の一つが攻められ、今にも陥落かんらくしてしまいそうなのだ。

 援軍を向かわせているが、間に合いそうにない。 時間稼ぎをして貰えるか?」

 「時間稼ぎ? 殲滅しろとは言わないのか?」


 「お前は人族全てを相手にしたいわけではないのだろう?

 我に仕えると決めてはいても人族相手では戦い辛いだろう。

 それに、今から向う戦場には、お前の知っている奴もいるしな」

 「ああ、確かに知ってる奴とはやりづらい。

 時間稼ぎでいいんだな。 わかった、引き受けよう」


 「よし、それでは我の前に顔を持ってこい」

 「顔? これでいいか?」


 ユリアンが膝をつき、アリエッタの前に顔を差し出すと、アリエッタは黒い宝石の様な物を額に当てた。

 宝石はユリアンの額張り付き、一体化する。


 「これは我が魔力の結晶。 お前に一つ力授ける」

 「とんでもない魔力を感じる…… 俺は何が出来るようになったんだ?」


 「魔力を額に着けたそれに集中してみろ」

 「額に魔力を集中……」


 ユリアンが額に魔力を込めると、全身が漆黒の鎧に覆われ、腰にも同じく漆黒の刀身をした剣が装備されていた。

 更に、アリエッタに言われて外に出ると、大きくて黒い美しい毛並みの騎馬まで現れた。


 「素顔ではやりずらいだろう。

 その姿の時は暗黒騎士と名乗れ。 その馬も魔力で作り出した物だ。

 生きているわけではないから世話をする必要もない」

 「生きてるわけじゃないのか、凄いなアリエッタの魔法は!」


 アリエッタは、ユリアンに褒められて、別に凄くないと言わんばかりに無表情だったが、翼をパタパタと軽く羽ばたかせ、返事をしたみたいだった。

 そして、そのままアリエッタは二人に命令を下す。


 「アンネ、ユリアンを戦場まで送り届けてやれ」

 「畏まりました。 ユリアン、行きましょう」


 アンネの転移門が開き、ユリアンはアンネと共に門を越えると、魔王軍の砦の中へと転移した。

 砦の外では魔王軍と人族の兵士達が戦っている。


 「アンネ様! 魔王様より聞いております!」

 「なら話は早い、この者は暗黒騎士、元人族の勇者だが今は我等の味方だ。

 私は他に用がある。 後の事は任せた」


 「御意! 暗黒騎士殿、早速だが前線に出て貰えるか?」

 「分かった。 必ず食い止める」


 自らに対し、ここでもまるで警戒心の無い魔族に少しは驚いたユリアンだが、魔族とはそう言うものだという理解をしていたので、それ以上疑問には思わず、前線へと降り立った。


 前線へ降り立つ暗黒騎士。

 その様子を遠くから見ていた人族の伝令部隊の一人が将軍の元へと駆けつける。


 「ベリス将軍! 漆黒の鎧をまとう騎士が現れました!」

 「ほう、単身で現れたと言う事は幹部クラスの者かもしれん。

 だが遅かったな。 間も無くこの砦は我等の手によって落ちる! 全部隊に伝えろ、このまま魔王軍の砦を攻め落とせ、だが決して油断するなと」


 兵士達を鼓舞し、ベリス将軍は前線へと躍り出る。

 ここが正念場だと見据えた彼は、勝利を決する為に報告にあった暗黒騎士の前に立った。


 「我が名は将軍ベリス! 黒き鎧の騎士殿、一騎打ちと行こうでは無いか!」


 ユリアンは真っ先にベリス将軍が向かって来たので少し驚いた。

 そう言えばそう言う人柄だったと思い返し、目の前にいる戦友に向けて剣を構える。

 

 ユリアンは思う。 今の俺は暗黒騎士。

 せっかくアリエッタが俺の素性を分からなくしてくれたんだし、その意向に俺も応えよう。


 「我は名も無き暗黒騎士。 人族の将ベリスよ、その首、我が貰い受けよう」


 言葉にして、この感じは自分には合ってないとユリアンは思い、少し恥ずかしいと思ってしまったが、暗黒騎士の鎧のお陰で声も変わっていたので、すぐに落ち着きを取り戻した。


 両者が名乗りを上げた事で、一騎打ちが始まる。

 元々勇者であるユリアンと将軍ベリスの間には、圧倒的な実力差があり、万全な体となったユリアンの相手ではなかった。


 圧倒的な実力を持った暗黒騎士にベリル将軍は追い詰められていく。


 「ベリスよ、もう終わりか?」

 「何という事だ!? その剣技、魔王軍幹部どころか魔王軍屈しの実力ではないか!」


 「逃げるのかベリス。 往生際が悪いぞ?」


 一騎打ちが不利だと確信したベリスは自陣に向かい馬を走らせた。

 そして、ベリスを援護する様に魔法が飛んで来る。


 ユリアンはベリスがただ逃走した訳では無い事を知っていた。

 手合わせをした事で、暗黒騎士の情報を持ち帰られたのだろう。

 ユリアンにとっては隠すつもりもなかったので、大した事ではない。


 元人族の勇者であったユリアンは、情報を持ち帰った人族が必ず暗黒騎士への対策をしてくると言う事もわかっている。


 だが、今回、ユリアンは防衛をすればいいだけなので、手の内は見せず、実力の半分程度の力で戦っていた。

 なので、ベリスが逃走を初めてもあえて追うまでもないと判断して、放っておいた。


 

 戦線から離脱したベリスは振り返る事なく、自軍の方へと馬を走らせる。

 まるで攻撃される気配が無い事を不思議に思い、振り返って見るとやはり追手の姿はない。

 

 「暗黒騎士…… 追って来ないのか」


 並走していた騎士が馬を近くへ寄せ、ベリスに話しかけた。


 「ベリス将軍! 遠巻きに見ておりましたが、あの剣技……」


 「ああ、魔族が力押しでも魔法でも無く、剣術を使って来た。 あれは一流の妙技。 付け焼き刃ではない事は確かだ……」

 「魔王が勇者様の手で封じられたと言うのに、更なる力を身に着けたと言うのですか?」


 「ああ、だが一人の剣士に過ぎん。

 もう勝負は決しているのだ。 このまま砦を落とすぞ!

 ……だが、念の為だ。

 お前は帝国へと戻り、暗黒騎士と名乗る魔族が一流の剣術を使ったと報告せよ」

 「っは! それでは私は帰還致します! ベリス将軍、御武運を!」



 魔王軍は、一騎打ちに勝った暗黒騎士に鼓舞され、志気が高まっている。

 しかし、一騎打ちに勝利しても、魔族軍が劣勢な事には変わりない。


 その為、ユリアンは突撃を繰り替えし、なんとか前線を押し返す。

 だが、圧倒的な物量で人族の兵士達が、徐々に押し返せない程、前線を押し上げてくる。

 このままでは不味いと思った時、ようやく魔族側の増援がやって来たと言う情報がユリアンの耳に届いた。


 砦の外から駆け付けた魔族軍の数はそれ程多くは無い。

 しかし、今の拮抗した状態で横槍を入れれば、人族の陣形は崩れ、前線を押し返す事が出来る。


 魔王軍が志気を高め、いっきに前進を始める!

 更に、砦の上からは強力な魔法が放たれた!


 ユリアンはその魔法に心当たりがある。

 魔王軍との戦争で、何度もユリアン達が苦しめられた砲撃の魔法アーティラリーファイア

 その魔法は、魔王軍最強の魔法使い、シェイドの得意魔法であった。

 しかし、シェイドはユリアンの手で止めを刺したはずであり、ユリアンはその事を不思議に思った。


 魔王軍は攻めて来た人族の兵士達を押し返し、この戦いに勝利する。

 襲撃した拠点にはベリス将軍の亡骸もあった。

 ユリアンはかつて、共に戦った戦友に、人知れず祈りを捧げる。


 ユリアンが砦に戻ると、アンネと共に砦を守護していた魔族達にも歓迎される。

 気持ちの上では魔族側に立っているが、人族である彼は素直に受け入れて貰えている事に複雑な感情を抱いていた。


 「俺は人族なのに、いいのか?」


 何度もそう聞きたくなったが、ユリアンはそれを言葉にせず、気持ちを抑えて受け入れる事にした。


 「暗黒騎士! リンネの魔法はどうだった?」


 突然大きな声を掛けられた方を見ると、ユリアンの前に小さくて可愛らしい悪戯が好きそうな笑みを浮かべる魔術師の女の子が立っていた。

 記憶にあるシェイドと同じ、黒いローブと大きな杖、それにシェイドが顔に被っていた山羊やぎのドクロの面を、帽子のようにして被っている。


 「リンネって言うのか、凄い魔法だったよ、シェイドが来たのかと錯覚してしまったくらいだ」

 「本当に! 父上みたいだった?」


 ユリアンはその言葉に少し胸を痛める。

 陽気な彼女の雰囲気が、いっそうそれを引き立たせた。

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