第6話 暗黒騎士

 「ユリアンよ、復讐など止めてここで静かに暮らせと言ったらどうする?」

 「悪くない話しだな。 けど、それだと契約違反だ。

 俺にも譲れないものがある。 戦友の為に王家を討つ」


 「そうか、復讐の為とは言わないのだな」

 「王家の連中……たぶん、俺が思っていたよりもずっとつまらない奴等なんだろうなって思ったら、憎むのも馬鹿らしくなってな」


 「そうか、なら王家の奴等の首はお前に譲ろう。

 我が封じられたと思っている今、人族は勢いを増して我等魔族を潰しにかかってきている。

 そこでだ、拠点となる砦の一つが攻められ、今にも陥落してしまいそうなのだ。

 援軍を向かわせているが、間に合いそうにない。

 時間稼ぎをして貰えるか?」

 「時間稼ぎ? 殲滅したら駄目なのか?」


 「別に人族全てを相手にしたいわけではないのだろう?

 我に仕えると決めてはいても人族相手では戦い辛いだろう。

 お前の知っている奴もいるしな」

 「ああ、確かに知ってる奴とはやりづらい。

 時間稼ぎでいいんだな。 わかった、引き受けよう」


 「よし、それでは我の前に顔を持ってこい」

 「顔? これでいいか?」


 ユリアンが膝をつき、アリエッタの前に顔を差し出すと、アリエッタは黒い宝石の様な物を額に当てた。

 宝石はユリアンの額張り付き、一体化する。


 「これは我が魔力の結晶。 お前に一つ力授ける」

 「とんでもない魔力を感じる…… 俺は何が出来るようになったんだ?」


 「魔力を額に着けたそれに集中してみろ」

 「額に魔力を集中……」


 ユリアンが額に魔力を込めると、全身が真っ黒な鎧で覆われ、腰には真っ黒な刀身の剣を身に着けている。

 更に、大きくて黒い美しい毛並みの騎馬まで現れた。


 「素顔ではやりずらいだろう。

 その姿の時は暗黒騎士と名乗れ。 その馬も魔力で作り出した物だ。

 世話をする必要はない」

 「生きてるわけじゃないのか、凄いなアリエッタの魔法は!」


 「アンネ、ユリアンを戦場まで送り届けてやれ」

 「畏まりました。 ユリアン、行きましょう」


 アンネの転移門が開き、ユリアンはアンネと共に門を越えると、魔王軍の砦の中へと転移した。

 砦の外では沢山の魔王軍と人族の兵士達が戦っている。


 「アンネ様! 魔王様より聞いております」

 「なら話は早い、この者は暗黒騎士、元人族の勇者だけど今は私達の味方だ。

 私は他に用がある。 後の事は任せた」


 「御意! 暗黒騎士殿、早速だが前線に出て貰えるか?」

 「分かった。 必ず食い止める」


 自らに対し、まるで警戒心の無い魔族に少しは驚いたユリアンだが、魔族とはそう言うものだという理解をしていたので、それ以上疑問には思わず、前線へと降り立った。


 

 「ベリス将軍! 漆黒の鎧をまとう騎士が現れました!」

 「ほう、単身で現れたと言う事は幹部クラスの者かもしれん。

 だが遅かったな。 間も無くこの砦は我等の手によって落ちる! 油断するなよ」


 兵士達を鼓舞し、ベリスは前線へと躍り出る。

 ここが正念場だと見据えた彼は勝利を決する為に暗黒騎士の前に立つ。


 「我が名はベリス! 漆黒の騎士殿、一騎打ちと行こうでは無いか!」


 ユリアンは真っ先にベリス将軍が向かって来たので少し驚いた。

 そう言えばそう言う人柄だったと思い返し、身構える。

 

 ユリアンは思う。 今の俺は暗黒騎士。

 せっかくアリエッタが俺の素性を分からなくしてくれたんだし、その意向に俺も応えよう。


 「我は名も無き暗黒騎士。 ベリル、その首、貰い受けよう」


 名乗りを上げ、両者の一騎打ちが始まる。

 元々勇者であるユリアンとベリス将軍の間には圧倒的な実力差があり、万全な体となったユリアンの相手ではなかった。


 「ベリスよ、もう終わりか?」

 「何という事だ。

 その剣技、魔王軍幹部どころか魔王軍屈しの実力ではないか!」


 「逃げるのかベリス。 往生際が悪いぞ」


 一騎打ちが不利だと確信したベリスは自陣に向かい馬を走らせた。

 そして、ベリスを援護する様に魔法が飛んで来る。


 ユリアンはベリスがただ逃走した訳では無い事を知っていた。

 手合わせをして、暗黒騎士の情報を持ち帰られたのだろう。

 ユリアンにとっては隠すつもりもなかったので、大した事ではない。

 元人族の勇者であったユリアンは、情報を持ち帰った人族は必ず暗黒騎士への対策をしてくると言う事もわかっている。


 だが、今回、ユリアンは防衛をすればいいだけなので、手の内は見せず、実力の半分程度の力で戦っていた。

 なので、ベリスが逃走を初めてもあえて見逃していたのだ。


 

 「暗黒騎士……追って来ないのか」

 「ベリス将軍! 遠巻きに見ておりましたが、あの剣技……」


 「ああ、魔族が力押しでも魔法でも無く、剣術を使って来た。

 あれは一流の技だ」

 「魔王が勇者様の手で封じられたと言うのに、更なる力を身に着けたと言うのですか?」


 「ああ、だが一人の剣士に過ぎん。

 もう勝負は決しているのだ。 この砦を落とすぞ!

 ……だが、念の為だ。

 お前は帝国へと戻り、暗黒騎士と名乗る魔族が一流の剣術を使ったと報告せよ」

 「っは! それでは私は帰還致します!

 ベリス将軍、御武運を!」


 

 一騎打ちに勝利しても魔族軍が劣勢な事には変わりない。

 ユリアンが突撃し、一時的に押し返すが、圧倒的な物量で人族の兵士達は徐々に前線を押し上げてくる。

 このままでは不味いと思った時、ようやく魔族側の増援がやって来た。


 砦の外から駆け付けた魔族軍の数はそれ程多くは無い。

 しかし、今の拮抗した状態であれば、前線を押し返す事は出来る。


 魔族軍が志気を高め、いっきに前線を押し上げていく。

 更に、砦の上から強力な魔法が放たれる。

 ユリアンはその魔法に心当たりがあった。

 魔王軍最強の魔法使いシェイドを思い浮かべる。

 しかし、彼は既に自らの手で止めを刺したはずだと思い至り、不思議に思った。


 魔王軍は攻めて来た人族の兵士達を押し返し、この戦いに勝利する。

 襲撃した拠点にはベリス将軍の亡骸もあった。

 ユリアンはかつては共に戦った戦友に、人知れず祈りを捧げる。


 ユリアンが砦に戻ると、アンネと共に砦を守護していた魔族達にも歓迎される。

 気持ちの上では魔族側に立っているが、人族である彼は素直に受け入れて貰えている事に複雑な感情を抱いていた。


 「俺は人族なのに、いいのか?」


 何度もそう聞きたくなったが、ユリアンは気持ちを抑えて受け入れる事にした。


 「暗黒騎士! リンネの魔法はどうだった?」


 突然大きな声を掛けられた方を見ると、ユリアンの前に小さくて可愛らしい魔術師の女の子が立っていた。

 記憶にあるシェイドと同じ、黒いローブと大きな杖、それに山羊のドクロの面を帽子のように被っている。


 「凄い魔法だったよ、シェイドが来たのかと錯覚してしまったくらいだ」

 「本当に! 父上みたいだった?」


 ユリアンはその言葉に少し胸を痛める。

 陽気な彼女の雰囲気がいっそうそれを引き立たせた。

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