第5話 魔族の妻と、魔族の特性

 ユリアンはアリエッタに命じられ、アンネと共に屋敷の外へ出た。

 動揺し、戸惑うユリアンにアンネは「狼狽えるな」と一蹴した。


 「ええっと……アンネさん?」

 「さんを付けるな。 アンネでいい」


 「ア、アンネ。 お前は……いいのか?」

 「魔王様が子を作れと言ったのだ。

 私はそれに従うだけ」


 「俺は人族だぞ? 嫌じゃないのか?」

 「……もしかして、お前は嫌なのか?」


 ユリアンはアンネをまじまじと見つめる。

 そして、全身を見回し、鼓動が早くなるのを感じ取った。


 元々魔族とは、戦う相手なのだと認識していたユリアンは、魔族に対して人族に向ける感覚を持っていなかった。

 しかし、子を作れと命じられた今、認識する距離感が近くなり、アンネを一人の女性として見ている。


 アンネは黒髪に褐色肌のスラッとした体の魔族。

 吸い込まれる様な黒く大きな瞳をしていて、無表情だがじっと覗き込むように見つめて来る癖がある。

 ユリアンにとってアンネは魅力的な女性に映っていた。

 

 「嫌じゃないけど、ちょっと気が引けるな……」

 「別に、子を作るだけと言う事だ。 無理に意識しあう必要などない。

 生まれて来た子を互いに愛してやればいい」


 「そう言うものなのか……」


 恋愛経験の無いユリアンは、アンネの物言いを残念に思った。

 アンネに着いて行き、小さな家へとやってくる。

 ここはアンネが一人で暮らしている家。 

 ユリアンは緊張しながらも、キョロキョロと家の中を見渡した。


 「ここは、子供を作って暮らすには狭いな。

 魔王様に進言して、広い屋敷にでも移るとしよう。

 ユリアン、こっちへ来て」

 「はい……」


 「緊張しているのか? 気負う必要はない」


 そう言ってアンネは清潔にする魔法サニタリーブレッシングを使い、二人の身を清めた。


 アンネはユリアンの手をとり、ベッドの上に座らせ、自らもその隣に座る。

 そう言う雰囲気なのだろうと意識したユリアンの鼓動は高鳴り、胸の痛みを感じていた。


 「ユリアン、まずは治療からだ」

 「は、はい」


 ふいにユリアンの全身に激痛が走った。

 そう言えば自分が重症を負っていた事を今更思い出す。

 痛みに慣れているユリアンでさえ、思わずうめき声を吐き出す様な苦痛だった。

 

 治療が終わると、いっきに体が軽くなり楽になる。

 ユリアンの感じていた緊張も一緒に吹き飛んでしまった。


 「切り落とされた右腕も元に戻っている。

 魔族の回復魔法もなかなかのものだな」

 「実は痛みを共わない回復魔法も使える。

 魔王様の意向で禁じられているけどね」


 「禁じられている? どうしてそんな事を?」

 「痛みの無い治療は心を弱くすると言う事らしい。

 私も詳しくは知らないが、魔王様がそう言うのであれば間違いではない」


 「痛みに強いのは戦う者にとっては必須だからな、確かに一理ある」

 「……いつまで、待たせるつもりだ?」


 アンネはユリアンを覗き込む様に見つめる。

 ユリアンは再び胸の鼓動が早くなっているのを感じた。

 そして、彼女の肩を抱き、引き寄せる。


 「い……いいんだな?」

 「ん? 始めるつもりか?」


 「……ええ? 違うのか?」

 

 アンネはじっとユリアンを覗き込み、しばらくして耳元で囁いた。

 

 「何か言う事ない?」


 ユリアンは考える。

 男女が行為の前に伝える事を。


 「いただきます!」


 そう口にしたユリアンの額をアンネは優しくペチンと音を立てて叩いた。


 「私が言う」


 アンネの唇がユリアンの耳に振れ、小さく「愛して下さい」と呟いた。

 ユリアンはアンネがプロポーズされるのを待っていた事に気が付き、愛おしいと言う気持ちが芽生える。


 「お互いの事を知るには、短すぎる付き合いだけど……。

 アンネ、君を愛すると誓うよ」


 初めてアンネはユリアンに笑みを見せる。

 ユリアンは堪らなく愛おしくなり、唇を重ねた。

 一度行為に身を染めてしまえば、どうと言う事はない。

 その後、二人は飽きが来るまで体を重ね合わせた。


 

 朝になると良い匂いに誘われ、ユリアンが目覚める。

 丁度アンネは朝食をテーブルに並べている所だった。


 「おはよう」

 「おはよう、食事の用意は出来ている。

 一緒に食べよう」


 ユリアンは席につき、アンネの作ってくれた食事を眺める。

 魔族の食事は人族とあまり変わらないように見えて、不思議な気分になった。

 なぜ人族と魔族は争っているのだろう……そう言う疑念を思い浮かべる。


 「旨い! お世辞とかじゃなくて、本当に美味しいよ」

 「ただのパンとシチューだ。 こんなの誰だって簡単に作れる」


 「そうか? 俺は料理とかわからないけど、香辛料の香りとか舌に感じる刺激、それに具材も丁度良い大きさに切り分けられて食べやすい。

 アンネは料理上手だと思うぞ!」

 「そう言って貰えると、作り甲斐がある。

 赤ちゃんが出来るまでは、ユリアンの一番でいさせてね」


 恥じらうアンネの姿を見てユリアンは愛おしく思えた。

 それにしても……サバサバした感じで、恋愛に全く興味のなさそうだった彼女の変化にユリアンは驚いていた。


 「アンネってその……元々俺に興味があったのか?」

 「興味? ああ、恋愛感情の事?

 その辺りの事は魔王様がお話になってくれると思う」


 アリエッタも女の子だし、恋愛トークでもしていたのだろうか?

 人族と戦争中に?

 そんなわけないよなと思いながら、ユリアンは食事を終える。


 アンネが使い終えた食器を片付けていると、誰かが玄関のドアをノックした。

 ユリアンがドアを開けると、そこに居たのはアリエッタだった。


 「子供は出来たか?」


 扉が開くと同時にアリエッタがそう口にする。


 「魔王様、子供はそんなに早く出来ません。

 それに、まだ身籠ったかどうかも分かりませんよ」

 「そうか、名前は考えているのか?」


 「魔王様、気が早いですよ」

 「そうか? 我は考えて来たのだが……ユリアン、お前は考えていないのか?」

 「アンネの事ばかり考えているよ。

 アリエッタはどんな名前を考えてきたんだ?」


 「男の子ならハルト、女の子ならエミリアが良い」

 「本当に考えて来たんだな。

 二人は仲が良いんだな」


 「魔族はみんな仲が良い。

 人族との対立もそこに原因がある」

 「どういう事だ?」


 「我が生まれて間もない頃。

 と言っても人族の感覚では成人している年齢だが。

 実は人族と魔族は共存に向けて歩み寄っていた時期でもあった」

 「人族と魔族が……やっぱり上手くいかなかったのか?」


 「ああ、上手くいかなかった。

 魔族は仲間を疑ったりはしない。

 人族との共存で、魔族は奴隷となり、人族に利用され裏切られ、沢山の者達が涙を流した」

 「そうなのか……惨い話しだな」


 「そうでもない。 お陰で、人族は信用に値しないと教訓を得る事が出来た。

 我等にとってそれは利益に他ならない」

 「魔族が人族と戦う理由はそこから来ているのか……。

 アンネと俺は結ばれて良かったのか?」 


 「お前、泣いていただろう?

 魔族は泣いている子供を見過ごせない。

 お前を信頼するレベルにまで持って行く為にアンネと結ばれて貰った。

 アンネはお前を愛していると言う事を理解しているな?」

 「ああ……アンネは俺を愛してくれている」


 「魔族の特性の一つだ。

 夫婦になれば一途に相手の事を想い合う」

 「それじゃあ、アンネは元々俺に興味なんてなくて、結ばれたから愛する様になったって事か?」


 「恋愛感情はなかっただろうが、興味はあったぞ?

 魔族は戦う相手であっても、尊重する気持ちは持っている。

 人族の勇者であるお前の事を素晴らしい人物だと皆が認めている。

 アンネもお前の事を高く評価していた」

 「人族にもそういう気持ちがないわけじゃないけど、魔族って極端なんだな」


 「そう、魔族は単純で純粋なのだ。

 騙されやすいとも言うがな」

 「そうなんだな……魔族か……」

 

 ユリアンは人族から魔族側に寝返ったが、魔王に対してだけは心を許す事はないのだと思っていた。

 しかし、魔族に対して理解が高まる程、その気持ちは揺らいでいく。


 ユリアンは魔族が好きになっていた。

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